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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
ディルランド王国 ラケッティア戦記編
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第四十四話 ラケッティア、騒音の禍。

 洗濯獄舎でアレンカを見つけて、監獄士官に〈特別洗濯室〉を用意してもらうと、スケベな監獄士官がいい趣味をしていますね、と気色悪いおべんちゃらを言ってきた。


 ナウドだ。その昔、おれがリッツ地方でこの男を敗北に追い込み、そのせいでここに左遷され、おまけにトキマルに鼻の骨を折られて、自慢の顔を台無しにされたにもかかわらず、こいつはおれとアレンカが二人きりで話す場所を喜んでお膳立てする。


 ほんの金貨三十枚で、誇りも何も捨てられるという例だ。

 これが初めてじゃないし、最後でもないし、たぶんもっと安く捨てるやつに出食わすこともあるだろう。


 ま、それでも腹のなかでは何を考えてることやら。

 監獄で囚人が暴動を起こしたら、どさくさに紛れて、おれのことをぶち殺すことくらいのことは考えてるに違いないとゲスの勘繰り、ラケッティアのため息をついているところへアレンカがやってきた。


「マスター。ちゃんと、ご飯が食べれているのですか? 監獄でいじめられたりしてないのですか?」


 アレンカはおれがあげた青いリボンを今も変わらず、おれが結んだ位置につけている。

 うわー、尊い! 何か分からないけど、叫ばなきゃ、わーっ!


「ありがとう、アレンカ。ロリッ子キャラにプリズン・ライフの心配されるなんて、おれも幸せ者だよ。ところでききたいことがあるんだけど」


「なんでもきいてほしいのです。あ、でも、株とか脱税とか、そーゆう難しいことはアレンカには分からないのです」


「いやいや。簡単なことだよ。……なんで、スヴァリスはこっちに来てるの?」


「あう。難しいのです」


「ですよねー」


「アレンカたちにもさっぱりなのです」


「きっと何かの策だと思うんだけど、いよいよホントにキレちまった可能性も否定できないし。じいさん、何してるの?」


「ガールズ・オーケストラを指揮してるのです」


「いやいや、あのじいさんは軍を指揮しなきゃダメだろー」


「あう。アレンカに言われても困るのです」


「ですよねー」


「でも、あの音はうるさすぎるのです」


「演奏してる本人でもそう思う?」


「思うのです。アレンカたちは楽器ができるのに――」


「え、アレンカ、楽器できるの?」


 アレンカは穴が三つしか空いていない小さな白鑞しろめの笛を取り出すと、教会のパイプオルガン音楽をビール屋敷の民謡風にアレンジしたものを吹き出した。


「すげーっ! みんな、楽器できるの?」


「えっへん。そのとーりなのです。女の子がアサシンであることを隠して、あちこち旅するときには旅の楽士に化けるのが一番怪しまれないのです」


「なるほどー。でも、それだとジルヴァは吹く楽器は駄目だよね。口隠してるし」


「マスターはジルヴァのカスタネットさばきを知らないのです。あれは一度はきいてみるべきなのです」


「じゃあ、このゴタゴタが終わったら、四人に演奏会してもらおうかな」


「おまかせなのです! マスターのためだけの音楽会なのです! うー、楽しみなのです!」


 ああ、ええ子やなあ。健気な顔して喜んでる。

 この子がおれの敵を馬車ごと吹き飛ばしてバラバラにしたなんて信じられないよね。


「でも、そんなに楽器ができるなら、あのひでえ演奏も何とかなるんじゃないのか?」


「それがスヴァリスのおじいさんがメロディを捨てて、力いっぱいめちゃくちゃに吹けって指揮をするのです」


「つまり、あのじいさん、おれたちに嫌がらせするためだけにここに来たの?」


「あうー、そうかもしれません」


「……まさか奇行が祟って、解放軍を追放されたんじゃねえだろうな」


 それから数日後。


 刑務所はとんでもないことになった。

 どこにいても、騒音がきこえてくるのだ。


 どいつもこいつもピリピリして、運動場は殺意の坩堝、しょっちゅう殺し合い一歩手前の喧嘩が起き、ギャンブル狂いたちのあいだで煙草がカートン単位で賭けられて、オッズの魔法のなかに消えていった。


 おれとトキマルは少しでも音をしのごうと牢屋にこもって布団をかぶったが、このクソうるせえ騒音を追い出すことはできなかった。


「くそーっ、あのじいさん、何考えてやがる! なあ、トキマル……」


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前っ! ……駄目だ。気息が乱れを払えない」


「うわー、すげー、忍者が印を切るの初めて見た。かっけーっ」


「でも、効果はないけど」


「じいさんはきっと世の中をきれいにするつもりなんだろうな」


「はぁ? このうるさい音と世の中がどう関係があるの?」


「囚人たちはこの音で常に激おこぷんぷん丸状態だ」


「げきおこぷんぷんまる? なに、それ?」


「おれがいた世界の印。とにかく囚人同士で肩がぶつかったとか、煙草を盗まれたとかささいなことで殺し合いが起きている。このペースでいけば、一週間で囚人全員が同士討ちで倒れるんじゃないか?」


「おっかねー……それと、頭領、そのげき・おこ・ぷん・ぷん・まるの印の切り方教えてもらえる? ひょっとしたら、騒音に効くかもしれないでしょ?」


 おれはトキマルに激おこぷんぷん丸の印の切り方を教えた。

 

 1.【パン】と手を打つ。

 2.指を二本【ツー】立てる。

 3.人差し指と親指で、〇【まる】、をつくる。

 4.遠くが【見え】るように両目の上に右手をやる。


 意味はパンツ丸見え。

 さらにパチンコしてるおっさんの手つきや卑猥なこと考えているおっさんの手つきを盛り込み、激おこぷんぷん丸は印による護身法として新たな段階へと上昇した。


 脱力忍者がこんなふうにおれのでたらめ印を必死こいて切るのは脱力忍者が脱力忍者であることの証――お昼寝タイムをスヴァリス&ヒズ・ガールス・オーケストラに邪魔されているからだ。


 忍者に卑怯は褒め言葉と言われるくらいだが、それでもやってはいけない一線はある。

 里を抜けるとか、秘伝を他人に話すとか、いろいろあるだろうが、トキマルの場合は昼寝だった。


 人間、一番やってはいけないことは他人の昼寝の邪魔だというのだ。殺意すら覚えるという。


 そんなわけでトキマルはパンツ丸見えのジェスチャーを繰り返している。

 罪悪感を覚え始め、種明かしをしようかと思った瞬間だった。


 音が止まった。

 キーンと耳鳴りがするくらいの静寂がやってきたのだ。


「へー。まさかとは思ったけど、効果あるじゃん。激おこプンプン丸」


 そんなまさか。

 何かの間違いだろうと思い、廊下へ出て、外を見下ろすと、スヴァリスはオーケストラを解散し、洗濯娘たちを家に帰していた。


 おかしい。

 なんで急に? この数日、休むことなくまき散らしていた騒音なのに。


 飽きたのか。それもありうる。

 策なのか。それもありうる――と思いたいが、どうだろう?


 そのとき、狼の遠吠えのような叫び声――全ての破壊と虐殺を求める憎悪の咆哮が地獄の底から響いてきた。


 地をふるわす怒りの呪詛。

 間違いない。それは地中深くから響いてくる。


「そうか。〈蜜〉の製造所だ」


「それがどうしたって?」


「つまり、スヴァリスはやっぱりスヴァリスだってことだ。あのじいさん、奴隷たちに火をつけやがった!」

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