第九話 ラケッティア、サン・ラザール駅にて。
鋳鉄とガラスの緑屋根。機関車が吐く煙が入道雲のごとくもくもくもくもく。
外には麗しのパリィ。
ゴッホの寝室からクロード・モネの鉄道駅へ。
「今度こそ、あなたの所有していた絵ですよ」
「だから、こんな億クラスの絵、持ってたことなんてないって。そりゃあ、おれに知られないように親がこっそり持ってた確率はミジンコレベルで存在しているかもしれないけど」
ココナッツ・マンが機関車の前で自己紹介をしていて、暗殺部隊の暗殺者はパリィ観光に行きたいのに見えない壁に弾かれるとぼやいている。
「で、今度は何が来るの? ウォーターメロン・マン?」
モレッティはいえいえと首をふる。
「もっとすごいものが来ますよ」
「ココナッツ・マンより凄い? 想像もできないな」
「もうすぐです。ほら、きこえるでしょう?」
確かにきこえた。チャリーンチャリーンと。
お金の音みたいだ。
だが、そのうち他にもいろいろ音が混じってきた。
鉄のこすれる音やピストンのような音。機関車かなと思ったが、次にきこえたのはパイプオルガンの音。それに聖歌隊っぽいものも。あれ、教会かなと思ったら、シュポッポーっ!ともう間違えようのない音がした。
その瞬間、その背の高い魔列車は鋳鉄とガラスの天井をバリバリとぶち壊しながら、サン・ラザール駅にやってきた。
落ちてくる鉄骨やガラスのなかでヒイヒイ逃げ回るおれたちに傘を差したモレッティがにっこり笑って説明した。
「これが新しい闇魔法『堕ちた大聖堂』です。見てください。あのカウキャッチャー。見ているだけでうっとりしそうです。あれに邪魔者がぶつかったらどうなるか、考えただけでも楽しいでしょう? 今回はTポイントがとてもたくさん貯まりましたので出すことができました」
ゴシック様式の魔列車。
魔界の空気に染まった巨大な大聖堂がそのまま機関車になったという凄まじい代物だ。
だが、これは機関車トーマスの遠い親戚と言えないことはない。
ふたつの尖塔のあいだにある大きな丸いステンドグラスがカチャカチャとガラスを組み替えて、表情にしているのだ。
他にも名だたる悪魔像を載せた柱やアーチのかかった側廊、ステンドグラスには名実ともに腐敗した悪徳聖職者が地獄の責め苦を受ける姿の影が映ってきて、チャリーンチャリーンは教区の住民を地獄で脅しあげて集めたお布施の音で機関車のやかましい音を通り越して脳みそに直接響いてくる。
「こんなのどうしろっていうんだよ? まだココナッツ・マンのほうが使いやすい」
「来栖さん。彼女はとても感じやすいんです」
見れば、ステンドグラスがちょっとしょんぼりした顔になっている。
「わ、悪かったよ。そんなにしょげないでくれよ。つまり、使いにくいってのは部屋とか狭い道であんたを出したら、メチャクチャになるってこと。強すぎるってことなんだ。長所が大きすぎて困ってるってことなんだ」
すると、ステンドグラスがニコちゃんマークになった。感情の発露なのか煙突が地獄の業火みたいなやつを吐き出した。おれたちは降りかかる火の玉を必死で避けた。
何とか生き延びたおれはモレッティをちょっと引っぱって、
「なあ、これまでのことを帰納的に考えるとだな、この超巨大教会機関車が明日、おれの後をついてまわることになる」
「そうですね」
「そうしたら、街がぐちゃぐちゃになる」
「ええ。それが何か?」
「お前、人の心はないのか?」
「悪魔なもので」
「ああ、そうか」
「大丈夫です。もし、彼女がついてきたがったら、擬人化すればいいのでしょう?」
「なあんだ。そういう裏技があるなら、もっと早く言ってくれよ。ああ、それと今度のパワーアップはヴォンモが堕天使的なものになるので頼む。パプリカ・マンも地獄ブルドーザーもなし」
「分かりました。四つ目のパワーアップではご希望に沿えるように準備しましょう」




