第八話 スケッチ、抗争の予感。
その夜、ドン・ヴィンチェンゾは馬車で街じゅうを走りまわり、フリーの犯罪者を叩き起こし、〈ラ・シウダデーリャ〉に集めた。
彼らは一体何だろうと考えた。こんなことはいままでなかったが、ドン・ヴィンチェンゾの切羽詰まった感じからすると(誰もがこの老人が切羽詰まったのを見るのは初めてだった)、これはケレルマンネーゼ戦争よりもひどい抗争があるのではないかと気が気でなくなった。
みながドン・ヴィンチェンゾの第一声を待った。
たいまつをつけた市場で老人が放った言葉は――、
「付けヒゲを買え。ひとつ金貨一枚だ」
もちろん、誰もドン・ヴィンチェンゾがそんなことのためだけに自分たちを夜中に呼び出したとは思わない。
それに付けヒゲはドン・ヴィンチェンゾの口ヒゲと非常に形が似ていた。
やはり凄まじい抗争が起こる。
それは〈鍵〉の連中がやられたみたいに、自分たちみたいなフリーランスも無理やり巻き込まれる。
だから、自分たちはフリーランスだが、ドン・ヴィンチェンゾの保護下にあることを示す目印として、この付けヒゲを買えというわけだ。
付けヒゲとしては高価だが、身の安全としてなら、とてつもなく安いお買い得品である。
これが無償で配られるとなると、フリーランスとしての彼らの立場が難しくなるが、カネを払えば、商取引の一環であり、フリーである立場が守られる。
それでいて、抗争に巻き込まれずに済む。
となれば、これはもう買うしかない!
集まった面々合計四十七名は我先にと付けヒゲを求め、付けヒゲは見事完売した。
この販売の真相に来栖ミツルがヴォンモについた嘘「もう全部売約済みになった」があるとは誰ひとり思わなかった。




