第七話 ラケッティア、五回に三回当たる殺人予想。
朝、目が覚めて、左手に金貨が三枚、右手に『ココナッツみたいに叩き割れる頭を見つけたら、すぐに教えろ! おれはココナッツ・マンだ』と書きなぐられた鼠皮紙のきれっぱしを握っていた。
プロレスの技でココナッツ・クラッシュという技があったような気がするが、どんな技だっただろうか。
ともあれ、ヴォンモの闇魔法は確実に危険な方向へと前進している。暗殺部隊といいココナッツ・マンといい、実の母親ですら見分けがつかないやり方で人を殺せる。まあ、まだ実際に見たわけじゃないが、目が五つあって牙の生えたカラスの群れに全身ついばまれる以上の惨い殺し方ができるはずだ。
さて、ヴォンモの尾行を開始する。
そして、予想はできていたが、
「おれはココナッツ・マンだ」
ココナッツ・マンもついてくる。
こうして、おれ、ミミちゃん、暗殺部隊、ココナッツ・マンの四人……四人って言い方も変だな。おれ以外人間じゃないし。
実は今日はヴォンモに無茶ぶりをした。
例の付けヒゲを売ってほしいと泣きついたのだ。
まだ四十七個も残ってて、さっぱり売れてないのだ。
〈ラ・シウダデーリャ〉に販売委託しようにも、ウィリアムはヒゲがないほうがいいの!とか、うちは錬金術の材料しか売ってないとか言われて、すげなく断られ、全然捌けない。
そこでおれはヴォンモに人殺した直後のやつに売ってみてくれと十個ほどもたせた。
本当はヴォンモがこの付けヒゲを手に持ち、「売れなかったら、お父さんにぶたれるんです」って涙目で言うのが一番いいんだけど、そういうのが通るのは雪がふる冬の寒い日で、あったかい秋ではどうも成功率が下がる。
何より、ヴォンモにそんな姑息なウソをつかせることへの罪悪感が許さない。
だから、人殺しどもを頼る。マフィアのボス的地位に三年以上いると、不思議なことにどこでいつごろ殺人が起こるか、なんとなく分かるようになる。
いろいろな揉め事の噂が耳に入り、キレやすい組員やトラブルメーカーのポン引きなんかを知っているから、話をきいて、なんとなく「あ、これは殺るな」と思い、やっぱり殺られるわけだ。
まあ、百発百中ってわけじゃないけど、六十パーセント弱くらいの確率はある。
だから、カラヴァルヴァ市街の地図に赤い炭で丸を書いた。ここに行けば、殺人事件に出くわせると。
「任せてください。おれ、いっぱい売ってきますね!」
で、それを尾行しているわけです。
散歩日和の心地よい涼しさ、ヴォンモは鼻歌をふんふんと歌いながら歩いている。
シップも一緒で内臓したアコーディオンで軽快なワルツをヴォンモに合わせて奏でていた。
異種族である魔法生物の少年と友情を育み、健気に生きる少女の物語。まるで『ハウス名作劇場』のようだ。
おれが生まれる前に存在したという伝説的な番組についてはいろいろきいているが、とりあえず思うのは昔のハウスってめっちゃ景気良かったんだな、ってとこ。
まあ、これが名作劇場と違うのは、ヴォンモは殺人犯に付けヒゲを売りに行っているということだ。
まず、最初はリーロ通りで詐欺男が殺される。
どうも、五人の女をだましていたのだが、それがふたりにバレたらしい。
そして、そのふたりはふたりとも、詐欺男が愛してくれているのは自分だけだと思っていて、相手を刺し殺すための包丁も購入済み、あとは恋敵の腹にヤッパをぶち込むだけだった。
そして、いま、まさにリーロ通りを女たちに貢がせた高価な服を見せびらかしながら歩いている。ところが、通りの南と北からはまさに騙された娘たちが包丁を構えて、じりじりと近づいていた。
「あいつの頭はココナッツだ!」
「しーっ、黙ってろよ! ヴォンモにきこえるだろ!」
「ポン引き百人殺すと、優秀賞がもらえるんでやんす」
「なんだあ。痴情のもつれかあ。幼女じゃないなら、どうでもいいやあ」
今まさに、ふたりの女が愛する男の目の前に躍り出て、殺す殺すと騒いでいる。
どちらかが腹を刺されて、エビみたいに体を曲げながら倒れるな。
どえらいことになったが、さらにどえらいことに三人目の女が出てきた。
すると、情勢が一変する。
ふたりなら相手の女がたぶらかしたってことになるけど、三人目が出てくると、これは男が悪いってことになる。
三本の包丁の切っ先が男のほうに向く。
さあ、男をメッタ刺しにするぞと思ったそのとき、四人目、五人目の女があらわれる。
すると、事態は新しい段階に入る。
つまり『バッカみたい。やーめた!』だ。
こんな男のために監獄にいく価値などないというわけだ。
娘たちはとりあえず、自分たちが貢いだ服や指輪をはぎ取って、男を下着一枚にして、その場を去った。
第一の予想は外れたが、まあ、こんなもんだ。
次、いってみよう。
二番目は家禽市場裏の路地で、チンピラ同士の殴り合い。
マクシモ団という、まあ、いわゆる半グレですな、そいつら、質の悪い〈石鹸〉をさばいて小銭を稼いでいたのだが、そこにアマウス団という別の半グレがあらわれて、やっぱり質の悪い〈石鹸〉を扱い始めた。
で、こいつらが戦うわけなのだが、ここで死人が出るとおれは見たわけです。
二年前くらいまで、この手の争いはあくまで殴り合いが主だったのだが、ヴァイスロイス団という命名者の中二具合が分かりやすい半グレが喧嘩にナイフを持ち込むと戦いは陰惨なものになり、もぐりの床屋外科医が大儲けするようになった。
今回の戦いも最初は棒きれでぶっ叩きあうだろうが、そのうち手加減を分からんバカチンが相手を刺すのは目に見えている。
ちなみにマクシモ団のバックにはレリャ=レイエス商会が、アマウス団のバックにはオルギン商会がいるのだが、バックの連中は何もしない。どうも、やつらは半グレを闘鶏の一種ととらえているらしく、好きに殺し合いさせて、勝ち負けを手帳につけているようだ。
案の定、どけよテメーテメーこそどけよの由緒正しい開戦の儀式が執り行われたら大乱闘スマッシュブラザーズ。そして、案の定、両者がナイフを握った。
今度こそ、死人が出るぞと思ったその瞬間――、
「ダミアン・ローデウェイクだ!」
恐怖とともに叫ばれたのは身長二メートルの巨体にして、胸が隠れるほどの顎ヒゲの持ち主、そしてカラヴァルヴァで唯一賄賂を受け取らない警吏ダミアン・ローデウェイクその人だった。
チンピラは両者合わせて三十人以上いたが、みな武器を捨てて逃げようとした。
賄賂を取らないということは犯罪者に逃げ道がないということだ。逃げ道はただひとつ――善良な市民として、つつましく生活することだが。
凶器等準備集合罪を犯したチンピラたちは善良な市民とは言えない。
つまり、それは死ねってことだ。
握りをメリケンサックにした愛用の警棒で半グレたちを丁寧にひとりづつ潰した後、ダミアン・ローデウェイクはラストマン・スタンディングとして、ゆっくり自分の芸術作品を眺めた。
退廃した都市文明においては警官に殴り潰されたチンピラの散らばりがモダンアートとなる可能性を秘めているのだ。
「あのー」
と、ヴォンモ。
「付けヒゲいりませんか? あ、すいません。いりませんよね」
――†――†――†――
赤ワイン通りの不倫教師、ギルド総会屋、妹の顔に刃傷をつけた男を探す騎士、グタルト通りの追い剥ぎ、一見温和な小男だが暴力的な衝動を抑えられないヤバい男を美人局にかけようとしている夫婦……。
全部ハズレた。
こんな日もあるんだなあ。
今日一日、カラヴァルヴァでは殺人事件は起こりませんでした。
めでたし、めでたし。
いや、めでたくない。
付けヒゲは一個も売れなかった。
「おれ、へそくりがあるんです。確か、金貨六枚……」
「僕も金貨四枚、いま、持ってますよ」
「大丈夫です。おれだけで行って、マスターにごめんなさいします。おれ、役に立たなかったから、マスターをがっかりさせるかもしれませんけど、いらないって言われるかもしれないけど、でも……うう」
あーっ、どうしよう!いらないなんていうわけないじゃん!絶対言うわけないじゃん!農園で働かされてたころのことがまだ心の奥に傷を負わせてるんだな!言わないよおれいらないなんて言わないよ!絶対言わないよ!そんなこと言うくらいなら舌嚙み切るよ!ああああ!どうしよー!どうしよー!どうしよー!
「ミツルさんはそんなこと絶対に言わないですよ。だから、僕と一緒に帰りましょう?」
――†――†――†――
〈ちびのニコラス〉に飛んで帰ると、その場にいた老若男女に『いらない』とか『がっかり』とか絶対言うなと厳命し、おれはというと柱の鏡で表情をつくる練習をして、そして、扉の前でヴォンモが帰ってくるのを待った。
そして、ヴォンモが入るや否や、
「あー! ヴォンモよかった! 実はあの後、付けヒゲを四十七個全部買いたいってやつが来てさあ。で、そいつ四十七個じゃないと絶対に買わないっていうんだよ。あっ、さすがヴォンモ。十個きちんと持って帰ってきてくれたんだな。ありがと、ヴォンモ!」




