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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カラヴァルヴァ ヴォンモのパワーアップ編
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第五話 ラケッティア、マーダー・ブルー・インク。

「あのミミちゃんというのは何者ですか? 今夜だけでもわたしとあなたのチャンネルに五十回は割り込もうとしてきましたよ」


「ただの自販機だ。ロリコンの」


「ふむ。面白い。ここにいると退屈しませんね」


「みんなそう言う。で、今夜はパワーアップできるの?」


「もちろんです! たくさんのTポイントありがとうございます。闇魔法で召喚できるものがひとつ増えました。――入ってきたまえ!」


 ゴッホの寝室の青く塗ったドアにそう叫ぶとドアが開いた。


 誰もいない、と思ったが、モレッティが下を指差す。

 すると、すごい小柄で猫背の、『カリオストロの城』に出てくるカゲみたいなやつがいた。


 全身タイツみたいな顔以外の全てを黒い戦闘服で覆い、手には指一本一本に長い刃物の爪。子どもくらいの大きさしかないが、体と比較して腕がかなり長い。つまり、ブンと振ったとき、いい感じに勢いがつくし、相手の懐に潜り込んだら、そのまま相手の顎から脳天を突き刺せる。


 あと顔は真っ青、完全な青。人間がこの顔の色になったら死ぬ五秒前。

 それにすごい鷲鼻で顎も尖っている。あいだにリンゴとか挟めそう。


 うーん。とりあえず誉めとくか。


「いい靴だな」


「キキキ。ありがとうございやす」


「なんだかいかにも暗殺者ですって感じだけど」


「その通り、あっしらは暗殺部隊でやんす」


「これまで人を殺したことは?」


「ありやせん。なにぶん、いま生み出されたばかりなので。でも、一門全員、覚悟は決まってやすから、呼び出してもらえれば、この爪でミンチにしてやりやすよ」


「うん。期待しとくよ」


     ――†――†――†――


 さて、今日もヴォンモを尾行してTポイントを貯める。

 なんて建設的な朝だろう。まいったね。


 まずグラマンザ橋でセイキチと「せっせっせーの、よいよいよい」をする。

 自販機はなんてエロいんだ、ぐは!とか訳の分からんこと言っている。

 どうせ『せっ』を『セックス』の略語だと思ってんだろ、不純物め。


 そこからヴォンモは北岸に戻り、おれたちも慌てて戻る。ロデリク・デ・レオン街ではサアベドラが殺しそうになった売人の命を救った。


 ドラッグは売るほうもやるほうも再犯率が非常に高いが、この尊い笑顔でもう二度としませんよね、といわれれば、これは足を洗わざるを得ない。


 さて、カラヴァルヴァ名物、チンピラの戦い――ちんけな愚連隊が他の愚連隊を棒やガラス壜で殴りつけているのを見つつ、振り返る。


「そこで何をしとる?」


「もちろん、ヴォンモちゅわんウォッチングですよ」


「それは知ってる。その後ろの方だ」


 夢で見た暗殺部隊が鷲鼻をくっつけた青い顔をして、足元から喉を狙うように身を低くしていた。


「キキキ。あっしらはまだヴォンモさんを見たことがないんでやんす。せっかく悪魔が召喚してくれたもんで残りの時間でヴォンモさんを見ておこうと。女房子どもの土産話にするんでやす」


「お前、昨日生まれたばかりだって言ってなかった?」


「正確に言うと転生でやんす。悪魔の旦那が魔界からあっしらを転生させて――」


「待った、待った。魔界から転生? 魔界への入り口、いま、開いちゃってるの?」


「へい。バッチシ全開でやんす」


「いいか。おれは関係ない。この世界がデーモンまみれになって滅んでも、おれは責任とらないからな」


「魔界って言ったって。カルリエドの旦那みたいな魔族ばかりでやんす」


「カルリエド知ってるの?」


「そりゃあ、もう。全魔界まじサタン大会優勝十二回、準優勝五回の殿堂入りでやす」


「なんか、いろいろどうでもよくなってきたよ。で、あんたはこっちに出稼ぎに来てるってこと?」


「へい。単身赴任はつらいでやんす。でも、これもヴォンモさんと闇魔法の発展のためと思えば、家族も明るく見送るってもんでやんす。それに、まあ、仲間はたくさんいやすんで、交代で魔界に帰って、家族に会いにもいけるんでやす」


「手当はつくの?」


「もちろんでやんす」


 ヴォンモの闇魔法暗殺部隊――仮にマーダー・ブルー・インクとしておこう――はなかなかどうしてホワイト企業だった。

 基本給に単身赴任手当や住宅手当があり、業務手当も隠密手当、惨殺手当、斬首手当と業務内容が細かく分析されているので不公平感がない。

 福利厚生もしっかりしている。健康保険組合があって、社員と家族が使えるリゾート施設があって、長期病休でも給与の六十パーセントが支払われるのだ。


「いいなあ。そこ、ラケッティア募集してない?」


「自動販売機の設置考えてないですか? あと職場に幼女はいますか?」


「いやあ、それは人事にきいてくれないと分からないでやんす」


「そうか。ところで、付けヒゲ買わない?」


 さて、ヴォンモはあちこち歩いている。

 だいたいはナンバーズの集金役やスロットマシンの設置業者、それに傘下に置いている雑貨店などで何か困ったことはないかとたずねてまわる。


 少しでもマスターの助けになれば、おれはマスターに返しきれない恩があるんです、って。


「尊いっ。カードがTポイントではち切れそう」


 そのうちヴォンモは下町らしい裏路地に入り、塀で曲がっていった。

 塀に穴が開いていたので、そこから覗くと、長屋に続く階段に座った老婆にヴォンモが、


「こんにちは、お元気ですか?」


「ああ、ヴォンモちゃん。そうねえ。元気かもしれないけど」


「けど?」


「アルマン・コディスって胴元をきいたことあるかい?」


「ナンバーズの胴元ですよね。うちとは関係はないんですけど」


「わたしね、番号を当てたの」


「わあ、すごいじゃないですか。払い戻しは?」


「金貨二枚。でも、払ってくれないんだよ」


「えっ。どうして?」


「わたしが無力なおばあちゃんだからだろうねえ」


「そんなのひどいです。おれ、ちょっと行ってきます」


「すまないねえ」


 マーダー・ブルー・インクはこりゃあ出番かもしれないと鉄の爪をシャッシャと研ぐ。


 アルマン・コディスはカラヴァルヴァにたくさんいる独立系賭博業者で小さな賭場をサンタ・カタリナ大通り沿いの倉庫に持っている。


 客筋はよくないともっぱらの噂だ。

 そりゃあ、ナンバーズの当たりの払いをしない連中だから、集まるのはイカサマ師だろう。

 一年前だが、アルマンの従兄弟のモリスがレリャ=レイエス商会の賭場でイカサマしたのがバレて腕をへし折られてる。


「クズだが死んで当然ってほどのやつではない。たぶんヴォンモは闇魔法は使わないぞ」


「そりゃあ残念」


「よーし、ここは愛に生きる小売王がひと肌脱ぎましょう」


「その必要はなさそうだぞ。ほら」


 ヴォンモはジンパチ、シップ、セイキチを連れて、アルマンの賭場にやってきた。

 おれはというと鼻眼鏡をつけて倉庫のなかに入っている。


 食べ物と飲み物をつくるテーブルがひとつ、他はみなカードのテーブルで胴元と客が争う系のゲームに特化していた。


 肝心のアルマンはというと、少し離れたテーブルでカネ勘定をしている。


 倉庫はしょぼくて、木箱だらけで視界が悪いが、おれはヴォンモたちがやってきたブラックジャックのテーブルを見張れる位置につけられた。


 お子さまたちが集まって、何をする気なんだろうと訝しんでいる。

 どうしようかディーラーがアルマンにききに行き、アルマンは構わないとこたえた。


 こいつら、ヴォンモたちがクルス・ファミリーの身内だって知らないのかな。

 まあ、あんまりどこの誰がどこのファミリーで、ってことを詳しく調べたりすると密告者と疑われるからな。

 かといって、ファミリーの人間と知らずに無礼を働くと非常に面倒なことになるので、まったく知らないのもマズい。


 まあ、人付き合いがややこしいのだ。

 それにしても身内じゃないセイキチと最近来たばかりのシップはともかくヴォンモとジンパチは知ってもよさそうなもんだけどなあ。


 最初のほうはディーラーが四人に勝たせた。

 そして、いよいよ回収に切り替えるタイミングでヴォンモがトイレを借りたいと言った。すると、他の三人も連れションすると言い出した。


「おい、全員いなくなったら、ゲームはどうなるんだ?」


 と、至極真っ当な質問をディーラーが投げ、


「えーと。代わりの人を呼ぶ形でいいですか?」


 と、これも至極真っ当な返事。

 勝負の流れを途切れさせないため、ゲームを抜けるとき、誰か知り合いを代わりに座らせるのはよくある。


「わかった、わかった。さっさと呼んでこい」


 ディーラーは恐らくヴォンモたちが連れてくるのは同じお子さま仲間だろうと思ったらしい。


 だが、違った。


「そうか。代わりに遊んでいいわけだ」


 と、やってきたのはロンバルディアをはじめとするプロのギャンブラー軍団。


 早速、椅子に座り、カードを手に取り、さあ、続きを始めようとディーラーをせかす。


「冗談じゃない。あんたたちはとっくの昔に出入り禁止にしたはずだ」


「おい。賭場の掟くらいは知ってるだろ? 出入り禁止ってのは入り口でやるもんだ。席についた客は追い出しちゃいけない。わしらはこの通り、席についた。仁義に反して、わしらを追い出したら、お前ら、もうここで賭場は開けないぞ? それに安心しろ。わしらだって不調な日はある。こりゃ店側にとって大儲けのチャンスかもしれんぞ」


 もちろん、そんなわけはなかった。

 この日、一日で店はひとりにつき金貨百枚負けて、合計四百枚の損。


 この程度の賭場なら潰れて二度と浮かび上がらない額だ。


     ――†――†――†――


 アルマン・コディスはロンバルディアたちに四百枚払うか、おばちゃんに当たり金の払い戻し二枚を支払うかを迫られ、まあ、普通に算数ができるやつなら選ぶであろう選択をした。


 かくしてナンバーズ業界は不名誉をかぶらずに済んだ。


「ごめんなさい。儲かったのになかったことにしてしまって」


 ヴォンモはロンバルディアたちに頭を下げるが、賭博師たちは久しぶりにまともな賭場で勝負ができて楽しかったし、ちゃんと借りを返せてよかったと笑っている。


 で、おれはというと、


「ヴォンモもちゃんと組織犯罪のなかで物事を考えられるようになったんだな。それを見てると、おっちゃん涙が止まらないよ」


「いやあ、いいものが見れたでやんす。故郷に伝える土産話に持ち帰らせていただくでやんす」


「今日もTポイントががっつり貯まったし、モレッティも喜んでくれることだろうな」


「ところで、ミミさんはどこでやんす?」


 ほんとだ、どこ行ったんだろ?とキョロキョロすると、何やら紙切れを振り回して、こっちに走ってくる。


「はい。これ、ナンバーズの当たり券です。これ、来栖さんのですよね?」


「ああ。うちのだな。払い戻しは金貨十枚か」


「別に払い戻ししたくないならいいんですよ? いいんですからね?」


「待ってろ。いま払ってやる」


 きっかり金貨十枚、投入口に入れる。


「あのー」


「さあてと、今夜はどんな夢が見られるかなあ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ミミちゃんはブレないなぁ ケチな商売してんじゃないから払われないってことがないし、ヴォンモ・アレンカの幼女ツートップが取立てする可能性も低いのによくやるなぁ
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