第四話 ラケッティア、ヴォンモのかまし修行。
「ギャッ!」
股間を押さえて悶絶する手斧男を「この、外道、こらぁ!」と蹴りまくるその姿は仁王様もびっくりで、目はギン!ってなってて、こめかみに青筋。
「おどれはなにボーっと見とんのじゃ? チャカ持っとるんなら、はよ弾かんか、こらぁ!」
と、ピストル持ってポカンとしている強盗に往復ビンタ。
その後、武器を捨て、這いつくばって逃げようとするふたりの強盗の襟首をつかみ、
「おい、待て、こらぁ。踏んづけたお菓子、片づけんかい!」
「は、はい!」
半泣き状態でふたりは砕け散ったクッキーを集めて、袋のなかに入れる。
そして、全部入れて解放してもらえるかというと……。
「おい」
「ひっ!」
「謝らんか」
「す、すいませんでした」
「わしじゃなくて、おどれが踏んだお菓子とつくってくれたお菓子屋さんに謝るんじゃ、クソバカタレィ!」
「すいません、お菓子さま、すいません! お菓子屋さん、すいません! 勘弁してください」
謝罪がされたのを腕組みして見守っていたヴォンモは、
「おう、とっとと失せろ。これ以上やったら、弱いものいじめになるわい!」
「は、はいぃ!」
「おい、待て!」
「か、勘弁してください!」
そう言って、すかさず土下座するふたりのポケットにそれぞれ金貨一枚入れるヴォンモ。
「これでまともなもん食えば、ちったあ知恵もまわるようになるじゃろ。もう、こんな下らんタタキするんじゃないでぇ。こんど見つけたら、ぶち殺すから、そう思え!」
「わ、わかりました、親分!」
「誰が親分じゃ、バカタレ! とっとと失せい!」
さて、強盗が逃げると、ロンバルディアたちが、おー、とパチパチ拍手。
「いやあ。見事な啖呵だった。いいもの見させてもらったよ」
ヴォンモは顔を赤くして、照れている。
「えへへ。立派な組織犯罪者になれるよう、練習したんです。でも、ちょっと恥ずかしいからマスターには内緒にしてくださいね」
うん。ばっちり知ってしまった。
「こんなかわいいことになってたのを知らなかったのはおれらだけらしいな。おい、分かってるな?」
「もち。ヴォンモちゅわんが啖呵切ってること全部知ってるって言って、恥ずかしさで悶絶するヴォンモちゅわんを観賞する」
「バカ。黙っておくに決まってるだろうが」
「それにしても羨ましくてけしからん。わたしも〈モビィ・ディック〉を強盗したら、あんなふうに言ってもらえますかね?」
「やめとか、自販機。イスラントに氷漬けにされるぞ」
――†――†――†――
その後もヴォンモを尾行していると、カラヴァルヴァの北岸へ戻り、甲冑職人街から狭い路地へと入っていった。
日光は頭上に張り渡される洗濯物に全てかすめ取られ、薄暗い道の静寂は手風琴弾きのバフー、ブフーとやる気のない音に上書きされる。
他にも子どもの遊ぶ声や刃物研ぎの呼び声がきこえるが、きこえるだけで姿は見えない。
まだ着るシーズンではない毛織物の服を着た男たちがポケットの小銭を手に出して数えて、ポケットに戻し、また取り出して数えるといったことを繰り返す道だ。貧乏の埃っぽいにおいが濃く香る典型的な路地だ。
そのうち粗末な垣根に囲まれた古い家がいくつか立っている場所に出た。
まわりにあるのは廃材で作り足したバルコニーとアークビショップ・オニオンの痩せた菜園、そば粉のパンケーキを重ねた小さな露店。
ヴォンモはここの家のひとつに用があるらしく、平屋の扉をノックし入っていった。
こそこそ庭に入り、窓から覗き込むと、そこは学校のようだった。
机と椅子が三×五で並んでいて、ヴォンモと同年代の子どもたちがキャッキャしていて、ミミちゃんを抑え込むのが大変だった。
大きな黒板はこのあたりの路地で一番高価な物質で――ん? 子どもたちの笑顔が一番だろって? わかってないな。子どもたちの笑顔、それはプライスレスなんです。
小柄でキュートでおっとりした女性教師が学校のドアのそばにあらわれ、カンカンとかわいらしい鐘の音がした。
ファンタジー異世界ではよく鐘が鳴る。時刻を知らせる鐘。取引終了の鐘。少女暴行犯のリンチを開始する鐘。
だから、分かる。この鐘はほんわかまったりとしたかわいらしい子どもたちのための鐘だ。
教師が教壇につき、にっこり笑って、みなさんこんにちは、という。
「こんにちはーっ」
元気いっぱいの子どもたちの声。
のんびりとした学校風景。学級崩壊とはいっさい無縁の素晴らしい一時間目。
「では、みなさん。正しい組織犯罪の話し方のおさらいをしましょう」
ん?
「では、まず初級編です。先生の言葉を組織犯罪用語でみんな一緒にこたえてください。――なにかご用ですか?」
「なんじゃワレ!」
「あなたは何を見ているのですか?」
「なに見とんじゃワレ!」
「あなたをボコボコにしましょうか?」
「ぶちまわしたろかワレ!」
「あなたは前言を撤回されるのですか?」
「吐いたツバ飲むんかワレ!」
よくできました、と先生がパチパチと手を打つ。
十歳くらいの少年少女がかまし言葉をバリバリこたえる。
こっちはあんぐり口を開けて驚いているが、授業は続く。
「では、上級編です。『あなたが彼の手助けをするので、こちらは大変です』。これを訳してくれる人はいますか?」
はいはいはい!と子どもたちが元気よく手を上げる。
「はい。では、ヴォンモさん」
「はい。えーと、こたえは――」
そこでヴォンモの目がカッと見開き、額と首筋に青筋を立てて、
「おどれがあのボケのケツ掻きよるきぃ、そのしわよせがこっちに来とるんじゃ! クソバカタレぃ!」
「はい、正解でーす!」
ヴォンモは照れている。
このギャップ――尊い!




