第三話 ラケッティア、あなたは最後すげえもんを見る。
「尊いと思ったけど、何か変わった?」
「うーん。まだ、足りないですね」
その夜、寝ると、またゴッホの寝室に連れてこられた。
付けヒゲは相変わらず、ひとつも売れていない。
「泥んこ遊びなら泥んこ遊びをしている瞬間を目撃して、そして尊いと思わないとダメですね」
「じゃあ、ヴォンモをつけてみるか」
「でも、ヴォンモさんはアサシン。尾行してもバレるかもしれません。そこでいい道具があります。ご活用ください」
そう言って、おれの手に何かを握らせると、おれは夢から覚めた。
手に握られたものを見る、それは目の部分がぐるぐる巻きになったパーティーの主役、鼻眼鏡だった。
――†――†――†――
「いってきまーす!」
「はい。いってらっしゃい」
小さな背嚢を背負ったヴォンモが出かけてからきっかり六十秒後に鼻眼鏡付きで後を追う。
北河岸通りに出て、グラマンザ橋に入ったので、セイキチに会うのかなと思ったが、今はいないようだ。
そして、そのまま南へ行き、モンキシー通りを東へ。草の生えたでこぼこした道を南東に進み、〈鍵〉の盗賊ギルドとグラン・バザールのあいだを通り抜ける。
「羊の放牧地に行くのかなあ。以前、一度デートしたことがあるけど」
「ぐぎいいい、羨ましい!」
「うおわ!」
「どうわ!」
「あー、びっくりした! てーか、自販機! 何してるんだよ、こんなところで!」
「幼女ウォッチングに決まってるじゃないですか。そっちこそ何してるんですか」
「おれはTポイントを貯めに来たんだよ」
「つまり、ヴォンモちゅわんを尊いと思うことでヴォンモちゅわんの闇魔法を強化しようとしてるんでしょ?」
「なんで、そのこと知ってるんだ?」
「幼女のことでわたしに隠し事ができるなんて思わないことです。それより、ヴォンモちゅわんを見失いました。これだから素人は」
しばらくあちこち歩き回り、ヴォンモを見つけた。
そこは船の解体場だった。
廃材でつくられた塀のなかからキャラック船がバリバリと木材を剥がされる音がきこえてくる。この剥がされた板はどこかのバラック建築か肉を焼くのに使われる。
しけた泥棒がこっそり夜中に入って、剥いだ板を盗むって話をきいたことがある。
盗んだ板をバラバラに刻んで、料理屋街で売り飛ばせば証拠は残らず、シャバに出たけど組と縁がないとか、よそから来たばかりでカネもコネもない連中がよく、この板泥棒をするそうだ。
ヴォンモはここの用心棒を引き受けているのだろうか?
作業員たちは斧を手にキャラック船の竜骨と戦っていて、ヴォンモのことはちらりと見ない。
鼻眼鏡をつけたおれとミミちゃんのことも見なかった。
ヴォンモは廃材ではなく、そのそばに建てられた貧相な二階建てへと階段を上る。
裏口にも階段があるので、そっちから二階に行き、窓から覗くと、合点がいった。
賭博師のロンバルディアがいた。他にロンバルディアが同じような賭博師たち三人とセブンカード・スタッドをやっている。
ロンバルディアはこのカラヴァルヴァでもトップレベルのギャンブラーで、他の三人も同じ。
なんで、そのトップレベルがこんなボロボロのスクラップ場にあるバラックの二階のきったねえ部屋でカードなんかしてるのかというと、ずばりトップレベルだからだ。
トップレベルだから、市内のカジノや賭場から締め出しを食らう。
イカサマ師だって、見つかればさんざん殴られるが、出入り禁止は三か月くらいしたら解けるが、このトップ・ギャンブラーたちは違う。負けるってことがない。イカサマなしで。
だから、店としては損をするだけなので、あらゆる賭博場から締め出しを食らい、こうして貧乏学生たちが住む寮の屋根裏部屋とかカラベラス街の倉庫とか、そういう貧乏が目に見えて、じりじり食い込んできそうな場所でカードをやる。
じゃあ、おれはどうかというと、定期的に、こうしたギャンブラーたちに金貨百枚か三百枚くれてやり、〈ハンギング・ガーデン〉二十五階から出っ張った噴水のある果樹園に呼び、勝負させる。
で、おれはというと、誰が勝つかで他の客たちに賭けをさせる。
トップレベルのポーカーは見ていて、白熱するから、結果的におれは金貨二千枚以上は得をする。
でも、普通に入ってくるのは勘弁してもらっている。
まあ、向こうもカネもらって定期的にいい場所で自分の腕を見せる場を提供してくれるということで協定ができているわけだ。
「こんにちはーっ」
ヴォンモがやってくると、平均年齢五十歳の海千山千のギャンブラーたちが、やあ、ヴォンモ!って挨拶する。
「取り返してきましたよ、はいっ」
ヴォンモは背嚢から金貨をザクザク取り出した。
どうやら、このこいつら、先週、強盗れたらしい。
ヴォンモがその盗人を見つけて、盗んだカネを取り返したのだ。
「おお、ありがとよ。ほら、これ。みかじめ」
ロンバルディアは農園時代のヴォンモの十年分の給料に匹敵する金貨をひとつかみ、ヴォンモの小さな手のひらに落とそうとするが、ヴォンモは両手を上げて、まばゆい笑みで首をふりながら、
「いいですよ。困ったときはお互いさまだって、マスターも言ってました」
「来栖ミツルはよき教育者だな。では、ヴォンモ、これはひとつ我々に借りができたと思ってくれ。何か賭博関連で厄介なことになったら、わしらを頼ってほしい。ああ、それと、ほら。これ」
ロンバルディアはクッキーが入った袋を渡した。
「さすがにこれは受け取ってくれるだろう?」
「わあっ。ありがとうございます。ロンバルディアさん!」
尊い! 尊すぎる!
だが、本当の尊さはこの後、すぐやってくる。
――†――†――†――
バカがふたり、このカードルームをまた強盗にやってきた。
二本の足でしっかり歩いているところを見ると、前にヴォンモが潰したやつらとは別らしい。
ピストルをロンバルディアに向けながら、テーブルに袋を投げ、
「全員、動くんじゃねえ! テーブルのカネを全部その袋に入れろ!」
お決まりの文句。
叫んだだけじゃ足りないと思ったのか、ピストル男がロンバルディアの頭を思いきりはたいた。
ロンバルディアは本物の紳士だ。紳士の掟ではこれを決闘の申し込みととってもよかったが、このバカたちがどれほどバカなのか、見極めてからでも遅くないと思い、黙ってカネを袋に入れ始めた。
「じいさんどものしけたゲームだぞ?」
「うるせえ! カネを入れろ!」
もうひとりが叫んだ。手斧を両手で持っていた。
素人っぽい。なんだか、こいつら板泥棒じゃねえのかな?
それがたまたまじいさんたちのゲームを見つけて、行き掛けの駄賃にしたっていう……こりゃよそものかな。
ヴォンモはというと、先ほど受けとったクッキーの袋――青いリボンがしてあった――を胸に寄せて持ち、突然のことでちょっとびっくりしているようだが、このまま見ているわけにもいかないと思ったらしく、
「あの~」
と、斧男に提案。
「おれ、見なかったことにするので、お金を返して帰ってもらっていいですか? あ、よかったら、クッキー、あげますから。ほら、ここのクッキーすごくおいしいんです」
「なんだあ、このガキ?」
「おい、その子はやめておけ」
ロンバルディアが止めたが、遅かった。
手斧男がバシッとヴォンモの手からクッキーの袋を叩き落して、それを踏みつけた。
「ああっ!」
「すっこんでろ、ガキ! 怪我してえのか! あ?」
あーあ。やっちまったな。
「お~ど~れ~」
え? いま、ヴォンモ、お前、って言った?
「なにしてくれとんのじゃ、ボケこらあ!」
そう叫びながら、ヴォンモは思いきり足を蹴り上げ、手斧男の股間を撃滅した。




