第四十二話 アサシン、音楽隊≠合唱団。
洗濯娘たちの村はセント・アルバート監獄のふもとにある。
シャボン草の茂みと松の生える砂地に囲まれた静かな集落で――となるべきなのだろうが、これがひどく騒がしい集落だった。
下は八歳から上は二十四歳までの洗濯娘たちが、洗濯娘のガールズ・オーケストラをつくると言って、監獄の起床ラッパと魚の浮袋を張った太鼓、そして音楽史上最もうるさい楽器である洗濯板を使って、潮騒も海鳥の鳴き声も負けるほどの騒音を鳴らす。
ガールズ・オーケストラ結成の理由は彼女たちご都合主義的空想と結びついている。
つまり、こうやって音を鳴らしていたら、素敵な王子さまが音楽に誘われて現れて、お妃にしてくれるという空想である。
素敵な王子さまがなぜ監獄を訪れるのかは誰もこだわらない。
船が難破して流れ着くか、監獄の視察か、やかましい洗濯娘たちを討つべく差し向けられた討伐軍の総大将としてか、まあ、どれでもよいのだ。
二十歳以上の、自分たちは婚期を逃がしているという思いに苛められる娘たちにとって、王子さまとの出会いは願い以上のものだった。
なにも一生ここで洗濯しようというつもりはないのだ。
すると、この際、バターフィールドでもいいから結婚しようかという気になってくる。
「そのバターフィールドって人は何者なのですか?」
「行商人よ。週に一度、お菓子や小間物をあれこれ持ってくる。でも、すごい年寄りでね」
ツィーヌはアリンカたちとともに村から歩いて十五分ほどのところにある干からびた池にいた。
「ツィーヌ、教えてくれないか? ボクらは囚人じゃないし、懲役を科されたわけでもないのに、どうしてこんな仕事をしなければいけない?」
マリスの言うこんな仕事とは、干からびた池の底土を削り取り、ポタポタと音を鳴らす濾し桶に放り込むことだ。
「その灰汁が洗剤の材料になるの。文句言わないで、土を削る!」
「なんと。ツィーヌは骨の髄まで洗濯娘になりつつある」
「あうー」
「ジルヴァを見習いなさい。黙々と仕事に打ち込んでるでしょ――って、いない」
「あれはジルヴァが影魔法でつくった分身だよ」
「トキマルみたいな真似をして。もうっ」
「そういえば、ツィーヌ。あの忍者とはその後?」
「別に」
「その、別に、って言葉がとてもツィーヌらしいのです」
「余裕だね」
「まあね。これは秘密にしておこうと思ったけど、言っちゃおう。マスターがね、わたしの頭を撫でて、ツィーヌが一番だって言ったの。べ、別にうれしいわけじゃないし、わたしのためじゃなくて、マスターのためなんだからね」
「かわいそうなマスター。きっとツィーヌに幻覚剤を飲まされて、ワケが分からなくなっていたんだ。相手がメスのワニでも、きみが一番だって言っていたに違いないと踏むね」
「マスターがかわいそうなのです」
「あんたたちーっ!」
マリスとアレンカがさっと逃げ出すと、ツィーヌがソーダ灰を掘るためのスコップを上段に構えて追ってくる。
村に差し掛かる最後のカーブで三人は危なくジルヴァにぶつかりそうになった。
「ジルヴァ! 逃げるぞ! ツィーヌのやつ、ボクらを濾し桶にぶち込むつもりだ」
「そこまでよ、洗濯神の名のもとに三人まとめて成敗してくれる!」
「ほらっ! 怪しい宗教にもハマっているのです!」
だが、ジルヴァは何も言わず、指で海のほうを差した。
手漕ぎボートが浜辺についていて、洗濯娘たちが集まっている。
「なによ。バターフィールドが着いただけじゃないの」
「……違う」
村のほうへ入っていくと、洗濯娘たちがぴかぴかのトランペットやクラリネット、ドラム、アコーディオンをでたらめに鳴らし、大きいものはいいことだと信条とする娘たちはチューバや人間の胴まわりを一周する巨大なホルンを体全体を使って持ち上げ、その姿勢を必死に維持しながら、よろよろ歩いていた。
シンバルを手に入れた知り合いのコロンにたずねると、
「ツィーヌ! なにしてたの!」
「ソーダ灰の掻き出し」
「そんなのほっといて、はやく海岸に行きなさいよ! そこで無料で楽器を配ってるから。本物の楽器よ!」
行商人のバターフィールドはそこまで気前のいい商人だったろうか?
むしろ、その逆で両替商に手数料を支払うのが嫌で小銭を大量に持ち歩き、腰を痛めるような商人だ。
金管楽器の無償配布など考えただけで卒中を起こす。
村の中心を通る道を下っていく。
洗濯娘たちに十重二十重と囲まれた手漕ぎボートからきこえたのは、
「さあ、持っていきなさい! みんな無料だ! 音楽隊をつくるのだ! だが、きみたちは合唱団には入れない。きみたちはカエルではないからな!」




