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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
常夜の島 クリストフ旅情編
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第二話 怪盗、三羽烏二羽と白鳥。

「あんた、測量できるの?」


「できるわけがないですよ」


 きけば、ルイゾンも似たような事態にぶつかり、あの酒場の亭主に測量士かたずねられ、そうだとこたえてしまったらしい。

 しかも、測量士の助手はまだか?とたずねられ、自分でも分からないのだが「あとで来る」とウソをついたのだ。


 本物の測量士の助手がきたらアウトだと思っていたので、豆商人が助手が来たと呼んだときは狂えるパブリック・ジャスティスという名のリンチを覚悟したという。


 クリストフは窓べりによりかかったまま、なんだかなあ、とため息をついた。


「で、そっちは任務かなにか?」


 隣の客室の窓べりに同じようによりかかったルイゾンがこたえる。


「いえ。違います。まあ、このあいだの騒動で、僕としてもちょっといろいろ思うところがあったので、休暇をもらって、旅をしていました。そっちは?」


「似たようなもんかな。怪盗クリスの餌食にふさわしい悪党を探していたら、ここに行きついた」


「魔法使いですか?」


「そんなとこ」


「まあ、僕も〈聖アンジュリンの子ら〉の隊員としては見過ごせないですけど。ちょっと勝算が薄いですね。まず城に入れません」


「勝算ならある。魔法使いの力の源を知っている。骨の小瓶。それを盗み出せれば、全てが丸く収まる」


「じゃあ、あとは城に忍び込む方法ですね」


「結界か何か知らないけど、忍び込むどころか門に近づくこともできない」


「ひょっとしたら、突破口が開けるかも。もう一度、見に行ってみます」


 窓がパタンとしまって、足音が遠ざかる。


 クリストフは、ふー、と長く息をふき、窓べりに深くよりかかった。


 客がまったくいないときいたときは蜘蛛の巣まみれを覚悟したが、ドアを開けて入ってみると、きちんと掃除されている。

 漆喰もしっかり固まっていて、手をついたら、手の形にごっそり壁が抜けるなどということはない。

 家具はベッドと小さな書き物机しかないが、そもそもこんな島に暮らすものはいないのだから、これで十分に間に合いそうだった。

 書き物机の一番大きな引き出しの鍵をこじ開けてみると、透明の蒸留酒を入れた瓶が出てきたので、それをもとの場所に戻して、引き出しを閉じる。


 一方、窓の外、下を見れば、小さな庭がある。

 さすがにこれは手入れがされていなかったが、明るい色の花や木の実が目につくので野性っぽい趣味のある庭に見えないこともなかった。


 隣の家とは庭を挟んでいて、ひし形の穴がひとつ開いた戸板が二階の窓を閉じていた。


 その戸板が開いたのは、クリストフが庭の果物を食べられるものと食べられないものに分類し終えたときのことだった。


「庭は金物屋さんが手を入れてくれているんです」


 開いた窓の奥、暗い部屋から女性の声がした。


「わたしは実際に見たことがないのですが、見える人からすると、ひどく荒れているように見えるのですが、金物屋さんが言うには、そういう趣向なのだそうです。金物屋さんは植木を真四角に刈ったりするのがとてもお嫌いで、庭はできるだけ自然の繁茂に近い状態にしておくのがいいのだそうです。だから、もし金物屋さんにお会いすることがあったら、庭のことを誉めてあげるといいですよ」


 少女の姿があらわれる。

 庭を実際に見たことがない、と言ったが、どうやら目が見えないようだ。

 だから、部屋に灯は必要なく、少女は全ての配置を歩数で把握していた。ブラウスは白いが、スカートは黒に近い紺色のせいで、上半身だけで浮いてみる。


「あなたは測量士さんの助手さんですね。この島に外の人が来るのは本当に久しぶりです。いままで、この島には測量士さんがいなかったので、どんな仕事をするのか、とても興味があります」


「あはは……それは、その、測量士のほうから教えてもらったほうがいいかもしれないかな」


「そう、ですか。すいません。無理なお願いをして」


 少女が、しゅん、とする。

 目の見えない人にとって、何かを知るにはそれに触れるか、話をきくしかない。

 測量士の経験には触れることはできないので、となると話すしかない。


 後は勇気の問題だ。


 クリストフはトランクから怪盗のマスクをつけた。


「測量士っていうのは、測るんだ。土地を」


「まあ」


「それに池も測る」


「どうやってですか?」


「どこの池にも測量士に憧れる人魚がいるから、これに綱を持たせて泳がせる。池の大きさも深さも分かるし、人魚は魚や貝も持ち帰る。もちろん、魚や貝の大きさも測る。知っての通り、生き物はみな池の土や水草が変化して出来上がったものだからね」


「きいていると、とてもワクワクするお仕事のようですね」


「ああ。とてもワクワクするさ。でも、一番測るとワクワクするのはなんだと思う?」


「うーん。星と星との距離ですか?」


「それは占星術師の領域だね。もし、おれたち測量士が星と星との距離を勝手に測ったりしたら、占星術師たちがあの水盤を持ち上げて殴りかかってくる。実際、一度あったんだ。マリエンブルクで。そこは騎士たちの町で大きな城壁があったのだけど、そこの騎士団長が城壁のぐるりをカリウスIとカリウスⅡの距離と同じ長さにしてくれと言われたんで、言われた通り、そうした。すると、どこでききつけたのか髪もひげも逆立った怒りで逆立った占星術師たちが、水盤をふりまわしながら、おれたちの泊まる宿を包囲して、おれたちを水盤で叩き殺そうとした。おれたちが彼らの職域を侵したのがその理由だってわけさ」


「まあ。それでどうやって脱出しましたの?」


「二百人の水盤を持った占星術師に対して、こっちは巻き尺が一本。勝負にならない。壁に遺言を削らないかと思ったそのとき、マリエンブルクの上空を巨大な鷲が飛んできたんだ。赤い羽根が頭で逆立ち、翼の長さはまさにカリウスIとカリウスⅡの長さと同じ。おれと測量士はその鷲の足に巻き尺を巻きつけて、なんとかその場を脱出できた」


「それで? その先は?」


「今度はもうひとつ厄介なことが持ち上がったんだ。というもの、この巨大な鷲はヒナに餌をやるために飛びまわっていたんだ。そして、この場合、その餌っていうのは」


「測量士さんと測量士の助手さん?」


「その通り。このままじゃ食べられる! そう思ったおれと測量士は巻き尺を切って、空から落ちることにした。鷲のヒナの餌にはならないけど、このままじゃ死んでしまう。そう覚悟した、そのとき――」


 そのときルイゾンが帰ってきて、窓を開けた。

 慌てて、クリストフがマスクを外すと、想像力がしぼんで、話もお預けということになった。


「ああ、測量士さん! たったいま、助手さんからお話をきいてましたの。大変な冒険をされたのですね?」


「え? ぼぼぼ冒険ですか? あ、あ、あ。でも、おお、お、お、オノリーヌさん――」


「とてもハラハラしました。でも、一度に全部きいてしまうのはもったいない気がしますから、また今度――あら、鈴が鳴ってる。失礼しますね」


 少女が窓から離れて、一階へ降りるゆっくりした足音がきこえるころにはルイゾンも平常心を取り戻したらしく、


「なんですか? 冒険って?」


「あんた、あの子に惚れてるのか?」


「う。いえ、別にそんなことありませんよ」


「じゃあ、今度、おれがあの子に会ったとき、測って一番ドキドキするものは何ですか?って質問に『きみとおれとの心の距離さ』ってこたえても問題ないってことだな?」


「……」


「ん?」


「そのマスクをつけたら、人間性が変わるの、なんとかなりませんか?」


「で、こたえは? 言っていい?」


「だめです。それと、その殺し文句、使わせてください」


 クリストフは手を伸ばした。


「銀貨一枚」

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