第四十一話 ラケッティア、ドン・クルス暗殺指令。
カランサから〈うまい話〉とやらを持ちかけられたのは二日後のことだった。
おれはというと、玉投げ――いや、ボッチェに熱中していた。
このマフィアのボスたちが映画でよくやる遊びには以前から憧れがあったのだが、いかんせん日本では競技人口が少なく、無名で、まわりにできる人は皆無。
ルールを教えると、何が面白いんだ?と言われる始末。
涙を飲んで、夜の公園で一人ボッチェをしたほろ苦い思い出が――ん?
「ひとりぼっち……ひとりぼっちぇ……ぶはっ」
と、ボッチェができる喜びをくだらねえ駄洒落とともに噛みしめていたところにカランサが、話したいことがある、と言ってきた。
っしゃあ! きやがった。
そんなわけで、ボッチェしながら話す。
接待ボッチェ。
この場合、接待されるのはおれだが、ボッチェする機会はそうそう訪れないので、相手には本気でボッチェをしていただきたいものだ。
手玉を撫でながら、
「ムショに入ったら、何かひとつ成し遂げることだ」
「と、言いますと?」
「何も成し遂げず、シャバに出ると、ムショに入ってた年月を振り返り、ああ、わしはなんて無駄な時間を過ごしたんだろうと嘆くハメになる。ムショというのは男と男が顔をつなげる上で最高の環境が整っている。あちこち移動するやつ、官憲ともめて姿を隠すやつ、普段なら人を三十人くらい介さなければ会えないやつ、そして、お前さんの伯父みたいにどうやったら会えるのか想像もつかないやつ。そういう連中がムショにぶち込まれれば、嫌でも顔を合わせる。だから、わしらみたいな人間はムショにぶち込まれたら、むしろ好機と考えて、でかい仕事を成し遂げなければならない」
カランサは手玉を放り、白玉の左手前の位置まで転がした。
まだ、〈蜜〉の話は出ない。
わかったのはガルムディア帝国の監獄が監獄ではなくワルの中央取引所になっているってことだ。
「でかい仕事。どのくらいでかいかにも寄ると思いますがね」
「カネは儲かる。貴族や役人の上のところにも一枚噛ませている。そのなかには宮廷で寵臣を自称する連中も含まれている」
つまり、皇帝のお気に入りのなかにてめえの私腹を肥やすためにてめえの国にゲロ以下のヘロインもどきを流そうとしてるクソ野郎がいるってことだ。
こりゃ、解放軍が勝つわけだ。
おれはカランサの幹部が放った手玉を受け取る。
「そんな素晴らしい儲け話があるなら、ぜひとも乗りたいものですけど、伯父がいうんですよね、うまい話には気をつけろ、って」
「あの男にしてはひねりのない忠告だな」
おれは玉を放った。
白い玉に近いことは近いが、斜め後ろ。あまりいい位置ではない。
おれは肩をすくめた。
「伯父は本当に大切なことを話すときは飾りもまわりくどさも廃するべきだと思ってるんで」
だからね、カランサのおっさん、あんたも素直になって、単刀直入になれよ。
「商品は〈蜜〉だ」
ついにきた。
「それをおたくらの開拓した密輸ルートをつかって、リッジソン内海で売りたい。それにディルランド南部、リュデンゲルツのダンジョン、それに最近じゃ市外への運輸も傘下に入れているカトラスバークの道案内ギルドを通じて、アルデミルにも流通拠点をつくる」
「こっちの取り分は?」
カランサは手玉をもてあそびながら、
「許可を出すだけで、売り上げの三割。それでも月に金貨で一万二千枚になる」
これだ。
多くのマフィアたちが麻薬に転んだ理由。
クソ儲かるのだ、麻薬は。
カトラスバークの道案内ギルドのあがりが月に金貨で二百枚。ダンジョンは五百枚。
リッジソン内海ではカツラ船長がいつブチ切れるかハラハラしながら、商品を運び、強欲な役人とあれこれやりとりして、金貨二千枚を超えれば上出来。
ところが、〈蜜〉は、おれがただ一言、シマに流していい、というだけで金貨一万二千枚。
だから、みんな欲に目が眩んで麻薬に手を出す。
残念だよ、カランサ。
あんたのルックス、嫌いじゃない。
二十世紀初頭のシチリア・マフィアのドンみたいで、その顎髭も眼鏡も真似してみようかと思う代物だったのに、てめえはおれが苦心して築き上げたダンジョンやその他のシマにヘドロを流すと言いやがった。
金貨一万二千枚? そんなものヤクに頼らずともカノーリで稼げるわい!
おれのラケッティアリングをなめるんじゃねえ!
あー、むかつく。
『グッドフェローズ』のポーリーはこんな気分だったんだな。
でも、ここは興味のあるフリをしないといけない。
ん? 待てよ。すげえいいこと思いついた。
「ドン・カランサ。夢のような話ですし、興味もあるんですが、それについて手を組む前に、一つ、条件があるんですがね」
「条件?」
カランサの眼元がぴくっとひくつく。
野良犬にステーキ肉を放ってやったのに、ミディアム・レアで焼いてこいと言われたら、こんなふうに激怒の兆候が表れるのだろう。
「伯父さんですよ」
「ドン・クルスがなんだ?」
「麻薬を嫌ってる。おれが〈蜜〉に手を出したと知ったら、間違いなく怒る」
「それをなだめるためにお前と組むんだ」
「それよりも片づけたほうがずっと確実に儲かる」
カランサの手元が狂って、手玉は白玉にぶつかった。
カランサはおれのほうを振り向くと、こいつ何言ってるんだ?と戸惑うような顔を見せた。
ボスたる人間が見せるのにあまりふさわしくない顔だが、すぐ取り繕って、不機嫌そうに、
「片づけるってのはどういう意味だ」
「そのままの意味です」
「散らかしたおもちゃ片づけるのとは違うんだぞ。はっきり言え」
少し、間を置く。
その場にいる全員に不安とも何とも取れない感情がテーブルクロスにこぼした麦茶みたいにじんわり広がるのを。
「伯父を殺してください」
これにはカランサの雇ったクマワカですら、睫毛一本分くらいの動揺を見せた。
トキマルはもうちょっと驚いただろう(事前打ち合わせはしなかった)。
〈商会〉の皆さんは放射性廃棄物を見るような目でおれを見る。
利権はあるけど危険物。
「自分の伯父を殺すのか、ん?」
「ええ」
「お前にとっては師匠みたいなものだろうが」
「ドン・カランサ。おれがここにいる理由は? 伯父の身代わりですよ。伯父は素晴らしい人物だし、敬意をもってますが、ときどき目下の人間に対して、ひどく無神経なことを行うことがある。それに伯父は頭はいいのですが、柔軟性に欠けています。〈蜜〉を我々のファミリーが扱わなければ、別の連中が売るだけです。ライバルが強大化し、こっちには一銭も入らず、得たものは伯父の倫理が満たされたというそれだけ。伯父はヤクを遠ざけることでファミリーを守れると言っていますが、実際にはファミリーを危機にさらしているんです。これは昨日今日考えた話ではありません。四人のアサシンはおれの援護をするという名目で洗濯娘たちの村に呼んであります。伯父のまわりには今、誰もいないも同然です。だから、あなたが手のものを送って、伯父を殺してくれたら、おれは伯父のシマと権利を引き継いで、あなたが〈蜜〉を流す手伝いをしようというわけです。ただ、ディルランド解放軍と帝国軍との戦闘が近々ありそうですから、あまり待ってもいられません。一週間。一週間以内に伯父を片づけてください」
「なぜ自分でやらない? 後ろの忍者でも使えばいいだろうし、あの四人のアサシンだって、どうせ手なずけてあるんだろう?」
「そこは人の情ですよ、ドン・カランサ。伯父には育ててもらいましたからね。おれもそこまで人でなしじゃないんですよ」




