第二十七話 マフィア、十月三日。
裁判を待つ身となったアウレリアノ・カラ=ラルガはオルディアーレス要塞の未決囚を拘置する棟にいて、同じ牢屋にいる武装強盗で十三年食らいそうな男相手に不満をぶちまけていた。
「ったく。うちの御大はしみったれてるぜ。昨日、おれの女房、って言っても、本当に女房なわけじゃないんだけど、これが面会に来て、さんざん泣きやがってよ。というのも、お金がない、ってんだ。ドン・フランシスコからもらってるんじゃないのか? っておれがきいたら、もらってないと来る。それもこれもあいつがおれの法律上の女房じゃないからだ。そんな話あるか? 子分が親分の命令でムショにぶち込まれたら、面倒見るのが仁義だろう? それにドン・フランシスコはよ、ポラッチャの家族にだって払ってないんだ。ポラッチャにもだぜ? おかしいじゃねえか。ドン・フランシスコはおれの女が女房じゃないから払わねえって言うのにポラッチャの女房にも払ってない。まさか、ポラッチャの女房が法律上の女房じゃねえとは言わねえよな。結局、ポルフィリオ・ケレルマンの言ってたことは正しかった。フランシスコ・ディ・シラクーザはカネしか頭にねえ。仁義がねえのよ」
強盗犯はどこで誰がきいているか分からないんだから、そんなことを大っぴらに言うのはまずいと言ったが、アウレリアノ・カラ=ラルガはやめず、話しているうちに『ドン・フランシスコ』からどんどん呼び方を落としていって、最終的には『あのケチなデブ』まで落とした。
そのうち、沐浴の時間が来たので、カラ=ラルガは出ていき、三十分後にナイフでズタズタに切り裂かれたカラ=ラルガが担架に乗せられて医務室へと運ばれるのを見た。
「口は災いの元だ」
強盗犯は頭をふり、藁を敷いた寝台に寝転ぶと自分の裁判のことを考えた。
――†――†――†――
やはりオルディア―レス要塞に拘置されていたロベルト・ポラッチャは看守に連れて出され、教戒室に入るよううながされた。
ここで殺されるかと思ったが、いたのは治安裁判所のイヴェス判事、聖院騎士団のアストリット騎士判事補、〈聖アンジュリンの子ら〉のロジスラス・キセリク特務隊長の三人――つまり、この街で数少ない犯罪を本気で撲滅する意欲のある司法官たちが集まっていた。
三人がついたテーブルの対面に座らされると、まずロジスラスが紙ばさみから出した書類に目をやってから、
「カラ=ラルガが殺されたぞ。入浴室で刺された」
ポラッチャは肩をすくめた。
「ディ・シラクーザはあなたの家族に対する援助は一切していない。ポルフィリスタの縄張りを全て吸収して、カネに余裕があるのにもかかわらずだ」
驚いた、とポラッチャ。
「治安裁判所はいつから家庭の金銭問題にまで口を出すようになった」
「ポラッチャ。ディ・シラクーザはお前を切り捨てる気だ。事実、カラ=ラルガが殺されている」
「おれがきいた話では、アウレリアノは殺される前にドン・フランシスコをさんざんなじったそうだ」
「それが原因で殺されたと?」
「知らないな。ただ、そういう噂が流れているというだけだ。だいたい、アウレリアノとドン・フランシスコが何らかの関係にあったかどうかも知らない」
アストリットが首をふる。
「わたしには理解できないぞ。ポラッチャ。ディ・シラクーザはお前に汚れ仕事をさせて、他のファミリーからも狙われかねない立場に追い込み、逮捕されてからも一切の支援も連絡もせず、それどころか口封じに殺そうとしている。なぜ、かばう?」
「知らないことは言えないからだ」
「やくざの掟か? 仲間は売らない? だが、やつらはお前を売った。ポラッチャ、お前は罪のない女とふたりの子どもを吹き飛ばした。このままいけば、ディ・シラクーザに殺されるか、他のファミリーに殺されるか、裁判の後、縛り首になるかだ。それなら、お前がディ・シラクーザを売ったところで誰もとがめはしない。裁判の後は全く別の土地でやり直せるよう手配する」
「申し訳ないが、隊長。知らないものは知らないし、教えられない。偽証でもしろというのか?」
「違う。これが最後のチャンスだ。考えろ。やつらはディエゴ・ナルバエスを家族と一緒に殺した」
「家族のことに口出しするな」
そう言いながら、ポラッチャは左へ目を向けた――歴代の監獄長官の肖像画がかかっている――のぞき穴。
ポラッチャは立ち上がると、ロジスラスの顔を平手打ちにした。
「この野郎!」
ロジスラスも飛びかかり、つかみ合いになったふたりをアストリットとイヴェスを引き離そうとする。
「馬鹿な真似はよせ!」
「落ち着けふたりとも!」
引き離すとアストリットがポラッチャを外の部屋に追い出して、看守に引き渡す。
だが、きくべきささやきはきいた。
――妻と子どもたちの身の安全が条件だ。
――†――†――†――
ピノ・スカッコはモンキシー通りからエスプレ川へと伸びる三番埠頭で妻とともに船を待っていた。
主だったポルフィリスタは殺害され、粛清の手が彼にも伸びようとしていたのだ。
船で河口まで行き、そこからアルデミル行きのキャラック船に乗ることになっていたが、桟橋につけている平底船が、まだライ麦袋の積み下ろしを終えておらず、そのせいで客船が桟橋につけられないでいた。
桟橋は袋を倉庫に運び込もうとする人夫と客船を待つ人でごった返していてので、ピノ・スカッコも彼の妻も『4 90』と左右の扉に書いてある倉庫のそばでピストルを隠し持つふたりの少年に気がつかなかった。どちらも十歳か十一歳で『11 2』と書かれた倉庫のそばに停まる馬車の男から渡されたものだ。
これでピノ・スカッコを撃てば、金貨十枚がもらえる。
暗黒街で手っ取り早くのし上がるには殺しをやるのがいい、という来栖ミツルなら絶対否定するであろう安直なことを吹き込まれたふたりの少年は人込みに紛れて、上着で銃を隠しながらピノ・スカッコとその妻に近づいた。
銃声がして、ピノ・スカッコと妻が倒れると、ふたりの少年はまた銃を上着に隠して人混みに紛れて逃げようと駆けだした。
人びとは半ばパニックを起こしながら、桟橋の外へと逃げていった。
混乱の後、警吏たちがやってきたときに見つけたのはピノ・スカッコとその妻の死体、そして、喉を搔き切られたふたりの少年の死体だった。
ポルフィリオ・ケレルマン派(ポルフィリスタ)
†ポルフィリオ・ケレルマン 10/1 殺害
†ミゲル・ディ・ニコロ 9/9 殺害
†パスクアル・ミラベッラ 10/1 殺害
†ディエゴ・ナルバエス 9/25 殺害
†ガスパル・トリンチアーニ 10/2 殺害
†ルドルフ・エスポジト 9/8 殺害
†アニエロ・スカッコ 9/12 殺害
†ピノ・スカッコ 10/3 殺害 【New!!】
フランシスコ・ディ・シラクーザ派(フランキスタ)
フランシスコ・ディ・シラクーザ
バジーリオ・コルベック
バティスタ・ランフランコ
†サルヴァトーレ・カステロ 9/7 殺害
†アーヴィング・サロス 9/13 殺害
†アウレリアノ・カラ=ラルガ 10/3 殺害 【New!!】
ロベルト・ポラッチャ 10/3 転向 【New!!】
〈鍵〉の盗賊ギルド
〈砂男〉カルロス・ザルコーネ
†〈キツネ〉ナサーリオ・ザッロ 9/3 殺害




