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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カラヴァルヴァ ケッレルマンネーゼ戦争編
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第十七話 ラケッティア、九月十六日から二十二日の日常。

 この一週間を振り返ると、人の死体を見つけることは全く新鮮味に欠けたごく当然の日常に格上げされた。


 殺戮週間と言ってもいい。


 もともとカラヴァルヴァは治安が悪いし、殺人事件などしょっちゅうあったのだが、それでもここまで死体がごろごろしていることはなかった。


 夜中に悲鳴や発砲音がきこえても、みなふり返らない。

 どうせケレルマンの身内が死んだんだと興味も湧かない。


 そして、実際その通りだ。


 道で、路地で、家で、橋で、酒場で、市場でポルフィリスタとフランキスタは殺されまくった。


 カラヴァルヴァの残暑は十月まで伸びるから、この時期でも三十五度の猛暑になることがままある。


 そういう状態で斧や山刀で切り刻まれた死体が放置されたらどうなるかというと、街のどこにいても腐臭がする。

 おかげで香水屋が大繁盛だ。


 それに道の角。

 これがとんでもない曲者であり、住民はみな角を遠回りして、曲がる。

 マヌケな待ち伏せ野郎が相手を間違えて斬りかかることがあるからだ。


 こんな不便はまだまだある。


 ロデリク・デ・レオン街を渡るときは白い布を結んだ棒を手に持ってないと危なくて渡れないし、料理屋でメシを食うときはならず者風の男がいる店は避けるし、ピストルに見間違えるものを急に取り出したりしないし、追剥横町には絶対に足を運ばない。


 追剥横町は九月十七日から二十一日までのあいだに三十人が殺されている。

 銃で、山刀で、あるいは素手で。

 染みついた死臭にうんざりするし、何より巻き添えを食いたくない。


 山賊やフランキスタのごろつきも怖いが、治安裁判所に連れていかれて「誰がやったか見ていただろう! 吐け!」なんてのはもっと怖い。


 死んだ三十人のうち、ふたりはダミアン・ローデウェイクの針槐の警棒によるものなのだ。


 そんなわけで、リーロ通りからデ・ラ・フエンサ通りに行くには白ワイン通りへ曲がり、匕首横丁へ迂回しないといけない。


 頭の皮を切り裂かれて耳と皮がべろんと剥がれた男が怒鳴りまくりながら返り討ちにした殺し屋をメッタ刺しにしたり、二台の敵対勢力の馬車がお互いを撃ちながらサンタ・カタリナ大通りを疾走したり、聖院騎士団と捕吏たちがドアをぶち破るのなんかに使うトンカチでポーカーテーブルをぶっ壊しまくったりといかれた時代だが、ここでカラヴァルヴァの住人の平々凡々とした一日を描写してみよう。


 まず、その平凡な住民、それはイリウスという鏡屋で銅や銀を打ち延ばして磨いたものやガラスの裏に鉛を引いて木の枠にはめ込むものを売るごく普通の鏡屋だ。

 結婚しているが子どもはなく、店は道に向けて小さな樫材のカウンターで開いていて、その狭い通りには彼と同じように小さな、だが正直な商いをしているものたちの店が集まっている。


 そして、鏡屋は妻と朝食をとった後、店を開けるべく、鎧戸を開けるのだが、そこで全裸の男の首なし死体を発見する。

 通りの真ん中に、そいつはうつ伏せに倒れている。

 鏡屋は驚くわけでもなく、首のなくなったザクロ色の切断面とそのまわりにできた血だまりの大きさから、ここで首を切られたわけではないと察して、ホッと胸をなでおろす。


 ここで殺したのではなく、殺したのは別の場所だから、犯人は誰か?と司法にしつこくつきまとわれることはない。知らぬ存ぜぬを通せるのだ。


 もちろん、死体を捨てたのは誰か?ときかれることになるが、犯人は誰か?に比べると質問はしつこくない。少なくとも仕事に支障が出るほどではないのだ。


 すると、左隣で鞍をつくっているゴメスという男がやはり店を開け、おはようとあいさつしてくる。


「やあ、おはよう。イリウス」


「やあ、ゴメスさん。今日も暑いね」


「そうだねえ。うちの女房も花瓶の花があっという間に枯れちまうって文句を言ってるよ」


「うちも似たようなもんさ。なにせしょっちゅう水を吹いてやらないといけない蔓がある」


「そうだ。例の鏡。あれ、いいよ。すごく使いやすいし、キレイだ」


「うちもあんたの鞍はいいよ、と言える身分ならよかったんだがな。市内で馬に乗れるのは一部の金持ちとおまわりだけさ」


「ちがいない。ところで、その死体。どっちのだい?」


「さあ、分からんねえ。首がない。まあ、よそで殺したやつをここに捨てたみたいだ」


「治安裁判所か聖院騎士団に通報したほうがよくないか?」


「誰かもう通報してるさ。たぶん」


「そうだな。たぶん。でも、はやく来て、持って帰ってくれればいいのにな。じきに臭ってくるぞ」


「仕方ない。やつら、カネにならない仕事はとくに遅いから」


「ひとつ焚いておくか。しかし、どうして首を持ってったのかなあ」


 そう言って、ふたりは自分の店に戻ると、薬草商から買った臭い消しのグディス草に火をつけて金属の籠で軒先に吊るす。


 そのうち他の店もカウンターを開け、同じようにグディス草を燃やして金属の籠をかける。


 薄く伸びた煙が短い通りを包み込む。


 客たちがあらわれるのが午前八時以降。


 みな死体を見て、避けて歩くが、死ぬほど驚き一生もののトラウマを食らうやつはいない。

 道路工事の穴みたいな扱いだ。


 さて、鏡屋にも小さな馴染みのお客がひとり、小さなかわいらしい金属鏡を買いにやってくる。


「おじさん。あの鏡がほしいのです」


「おや、アレンカちゃん。おめかしするのかい?」


「マスターはもっとアレンカを大人の女性とみるべきなのです」


「そうかい、そうかい。じゃあ、一枚、包んでおくね。ところで、アレンカちゃん……そこのあれ、アレンカちゃんがやったわけじゃないよね?」


「むー、アレンカはもっと腕がいいのです」


「ごめん、ごめん。ほら、鏡磨きの灰。売れ残りだけど、おまけしとくから」


「かたじけないのです!」


「じゃあ、ミツルくんとドン・ヴィンチェンゾによろしく」


「わかったのです!」


 治安裁判所がやってきたのは昼頃(昼まで誰も通報しなかったのだ!)、よりにもよってイヴェスである。


 鏡屋も鞍屋も指物師もみな、心のなかで「あちゃあ」と額を打つ。


 そう、イヴェスはしつこい。治安裁判所で唯一、真剣に事件を解決しようとする判事だ。


 もちろん、誰かここに死体を捨てたものは見ていないかときいてまわる。


 特に真ん前に捨てられた鏡屋に。


「では、何も見ていないと?」


「はい、判事閣下」


「判事でいい。それより、あんな死体を持ち歩くのはいくら夜のカラヴァルヴァでも難しい。おそらく荷馬車で運んだはずだ。そうした音もきかなかったと?」


 きいてはいた。夜、ベッドに入ったとき。

 ガラガラと敷石の上をまわる車輪の音と何かをどさっと捨てる音が。


 ひょっとすると、死体かもしれないと思い、気にせず寝ることにしたのだ。


「判事閣下。何もきいていないのであります」


「判事で結構だし、そんなにかしこまらないでもいい。何か犯人につながる手がかり、どんなつまらないことでもいい。何かないか?」


「何もないです。判事閣下殿」


 イヴェスを収穫ゼロで帰すのに三時間を費やし、商売を再開する。

 ところが死体は置いていったままだ。

 取りに来るのは別の人間なのだ。


 すると、商人の奥方らしい女性がやってくる。


「いらっしゃいませ、奥さま。鏡はいろいろ取り揃えてます。銀の鏡にガラス鏡。黒紅樹の木枠などいかがでしょう?」


「そこにある青銅の鏡を見せてもらえるかしら」


「はい。奥さま。こちらでございますか?」


「ええ。まあ、きれい。これをいただけるかしら」


「はい、奥さま。お買い上げありがとうございます」


「ところで、あれは死体?」


「はい。左様です」


「どちらの死体でしょうねえ?」


「手前どもには何とも分かりません。あんなふうに裸だったもので」


「おまけに首までなくなって」


「手前どもにはああいうことができる人びとの考えることはさっぱりです」


 そして、一日の終わりで店を閉めるころになってようやく死体係らしい若い男ふたりが死体を持ち帰る。


 すると、そこに固まり始めた血だまりに商店街のみなが燃やしたグディス草の灰をぶちまけて、死体がそこにあったのだという臭いの証を消し去る。


「やれやれ。これでひとつ面倒事が片づいた」


 と、みなで話していると、担架を持ったふたりの男がやってくる。


「治安裁判所のものだ。死体はどこだ?」


「死体なら、あんたのお仲間がもう持ってったよ」


「今日の死体係はおれたちしかいない。他のやつが休暇で」


「へえ」


「誰が死体を持っていった?」


「知らないよ」


「困るよ。死体はきちんと残しておいてくれないと」


「もっとはやく取りに来てくれればよかったんだ」


「そうだ、そうだ。あんたら役人はいつだって仕事が遅い」


「ちぇっ、相棒。もう行こうぜ」


 そう言って治安裁判所の死体係が帰っていくと、鏡屋は頭を傾げた。


「しかし、最初のふたりは死体なんか持ち帰って、どうするつもりだ?」


「内臓を魔法使いに売るか、それとも全部合わせて医学校に売るか。学生たちの解剖実習用で」


「人間の商売じゃないな」


「悪鬼の商売だ。せめて肉屋に売らないことを祈るだけだ」


 その日の夜、鏡屋は今日は鏡が五枚も売れたとほくほくしながら、妻と一緒に魚のオーブン焼きを食べ、その日、妻と同じベッドに入り、さあチョメチョメが始まるかというとき、車輪がガラガラいう音とどさっと何かを投げ捨てる音をきき、やれやれ、またかと萎えてしまう。


 ――ごく一般的なカラヴァルヴァ市民の一日を誇張なく、いや描写からギデオンを抹殺しておいたのでむしろ抑制して描いたものだ。


 こうして、くそったれな殺戮週間が過ぎていき、新しいくそったれな殺戮週間がやってくる……。

ポルフィリオ・ケレルマン派(ポルフィリスタ)

ポルフィリオ・ケレルマン

†ミゲル・ディ・ニコロ 9/9 殺害

パスクアル・ミラベッラ

ディエゴ・ナルバエス

†ルドルフ・エスポジト 9/8 殺害

ガスパル・トリンチアーニ

†アニエロ・スカッコ 9/12 殺害

ピノ・スカッコ



フランシスコ・ディ・シラクーザ派(フランキスタ)

フランシスコ・ディ・シラクーザ

バジーリオ・コルベック

バティスタ・ランフランコ

†サルヴァトーレ・カステロ 9/7 殺害

†アーヴィング・サロス 9/13 殺害

アウレリアノ・カラ=ラルガ

ロベルト・ポラッチャ



〈鍵〉の盗賊ギルド

〈砂男〉カルロス・ザルコーネ

†〈キツネ〉ナサーリオ・ザッロ 9/3 殺害

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