第十六話 スナイパー、九月十五日。
まあ、ミツルもボスなんだから、いろいろ気苦労が多い。
自分で好きでやってるし、ソプラノズ?ってやつを見て予習してたから、ボスが至極面倒な仕事であることはちゃんと覚悟してるけど、それにまあ、やりがいもあるけど、でも「こんな目に遭うならごまだれドレッシングの二十五メートルプールを泳いだほうがマシ」って思うときもあるらしい。
彼女の一丁でも見つけりゃ、もうちょっと楽になんじゃねえの?ってのが僕の意見だ。
いまだって〈モビィ・ディック〉で「あいつら、話にならねー!」ってジジイの姿で絶叫してる。
今日は朝から金塊市場に行って、フェリペ・デル・ロゴスにもうやんなよ、って釘を刺したんだと。
あのやんちゃなボス、この街の全犯罪者がやろうと思ってできないこと、〈聖アンジュリンの子ら〉に火炎瓶投げつけたんだと。しかも、自分で。
そりゃ〈聖アンジュリンの子ら〉はカラヴァルヴァ、いや世界の罪人にとって最大の厄ダネだし、それにあいつらにはシャーリーンを没収されかけて嫌な思いもしたけどさ、自分で火炎瓶ぶち込むかねえ。
パクられたらどうするつもりだったんだろ?って思わずにゃあいられねえね。
だって、あいつらときたら、マジでひでーんだぜ?
ポルフィリスタとフランキスタの殺し合いが始まってから、ひとりで外に出られねえわけで、こないだトキマルと一緒に妹にやるって、きれいなガラス玉を買いに行ってよ、ガラス玉なら銀取引所で交易用のもんがあるからって、南に行かにゃならんところ、僕はシャーリーンのことを、トキマルは妹のことを考えてたら、頭がいっぱいになっちゃってよ、ふたりして北に歩いて白ワイン通りに出ちまったわけよ。しかも西に行かなきゃいけないとこなのに僕らふたりのクソッタレは東に行き、〈聖アンジュリンの子ら〉の隊舎前を通りかかったわけよ。クソッタレてるだろ?
そんな僕らの洗脳状態が解けたのは、連中の隊舎からギエーッ、ギョエーッ、って声がきこえてきたせいだ。
やつらの仕事場に合唱サークルでも存在しない限り、あの声は拷問の叫び声だぜ。
たぶんチンピラを拷問してんだろうな。
あいつら、やれると決めたら、拷問にためらいがねえ。
パクられた日にゃ、それこそイスラント卒倒ものの拷問が待ってるってわけよ。
賄賂なんて通じねえ。脅迫なんて通じねえ。泣いて謝っても通じねえ。
通じねえのジャックポット、クソ詰まりのサツの集合体。それが〈聖アンジュリンの子ら〉よ。
あいつらがシャーリーンを欲しがる理由は分かる。
七十口径、角付き旋条が五本、真鍮製四倍の照準スコープ、着火は雷管式で雷系の魔物から抽出したエキスを煮詰めてつくった雷酸は引き金を引いたと同時に弾丸を発射する。
火縄銃だの火打石式みたいな、引き金引いてから、火種が炸薬に着火するまでのジジイとババアのセックスみたいにもたついたタイムラグが存在しない。
分かるだろ? 絶頂に達した瞬間に死のうとしても、死神のクソ野郎がもたついたせいで、やった直後の賢者みたいに醒めた瞬間に死んじまう、不幸なセックスみたいな着火方式。
そんなわけだからよ、やるとなれば暗殺もやるパニッシュメント根性の権化からすれば、僕のシャーリーンはさぞ魅力的に映るってことよ。
きいたところじゃ、あいつらヴィンドラス・ボウに照準スコープ付けてるって話だ。
まさにお笑いだね。だって、そうだろ? 弓矢にスコープなんかつけて、どうやって人が殺せるか?って話。まあ、笑い死にくらいはできるかもな。
まあ、それよりミツルの話だ。
フェリペ・デル・ロゴスはすんなりうまくいったらしい。
やつは山賊支持だったが、その山賊どもが金塊市場に襲撃をかけた不義理をした以上〈聖アンジュリンの子ら〉を攻撃する義理はねえ。
ただ、あいつらが原因をつくったんだから、それにふさわしいペナルティをくれてやったってだけの話だ。
問題はポルフィリスタとフランキスタのほうだ。
もう十分殺し合いもしただろうってことで、やつらの仲介をすることになったのだが、とにかくサツがつけてくるから、何度も馬車を変えて、変えて、変えまくって、最後なんか荷馬車の藁の山に入って、ようやく尾行をまいて、甲冑職人街の鎖帷子屋の二階で、ポルフィリスタとフランキスタが派遣した代表と話し合って、もうこうなったら縄張りを分割して、それで手打ちにしろって言ったが、ポルフィリスタは山賊の大量入荷で頭数が増えたので自分たちが有利なのに戦争をやめる意味がねえといい、フランキスタはこっちは幹部を殺した数が多いと言って戦争をやめる意味がねえとのたまう。
もううんざりだ、とミツルがぶうたれるのも無理はねえ。
馬鹿どもってのはいつだって自分以外の人間は発狂してるって思うもんさ。
世界発狂家族ってもんよ。父ちゃんも母ちゃんも姉ちゃんもみんなそろってお手々つないで仲良く発狂。
それでも発狂したくねえ、でも安らぎが欲しいぜ、そう抜かすんなら、僕が提示できる解決法はただひとつ、狙撃銃ってなわけ。
銃ってのはいいぜ。可愛がったら可愛がった分だけ、ちゃんと返してくれるからな。精密射撃って形で。
あ? 恋愛? 人間と?
んなもんくそくらえだよ。マジで。
僕のことを美少女か何かと勘違いした酔っ払い貴族に危うくケツを掘られそうになったことがある。しかも複数の貴族にな。そのうちひとりはどこかの侯爵夫人で、張型つけて犯そうとしやがった。
あれが人間の愛のカタチだってんなら、僕はそんなもん、欲しくもねえよ。それこそ、てめえのケツの穴にでも突っ込んどけって話。
だから、ミツルは銃を可愛がるべきなんだよ。
そりゃもちろん、僕のシャーリーン以上にマブい銃は存在しないけど、まあ、二番手くらいなら何とかなるだろ。フレイに頼めば何とかしてくれるって。
「そういや、面白いものを見た」
ミツルはミツル・バージョンに戻ってから言ってきた。
「クリストフが窃盗でパクられたとか?」
「まあ、それもそこそこ面白いかもしれないが、そうじゃない。〈聖アンジュリンの子ら〉だよ。いや、やつらの火炎瓶事件で犯人に二度とやるなと釘刺したから、犯人捜しはするなって念押しに行ったら、ギャーッ、ギャー、って声がきこえてきて、また拷問でもしてんのか、今日は特にひでえなと思って、見に行ったら、なんだったと思う? なんと合唱サークルだよ!」
ポルフィリオ・ケレルマン派(ポルフィリスタ)
ポルフィリオ・ケレルマン
†ミゲル・ディ・ニコロ 9/9 殺害
パスクアル・ミラベッラ
ディエゴ・ナルバエス
†ルドルフ・エスポジト 9/8 殺害
ガスパル・トリンチアーニ
†アニエロ・スカッコ 9/12 殺害
ピノ・スカッコ
フランシスコ・ディ・シラクーザ派(フランキスタ)
フランシスコ・ディ・シラクーザ
バジーリオ・コルベック
バティスタ・ランフランコ
†サルヴァトーレ・カステロ 9/7 殺害
†アーヴィング・サロス 9/13 殺害
アウレリアノ・カラ=ラルガ
ロベルト・ポラッチャ
〈鍵〉の盗賊ギルド
〈砂男〉カルロス・ザルコーネ
†〈キツネ〉ナサーリオ・ザッロ 9/3 殺害




