第十四話 司法、九月十三日。
「僕らは当たりを引いたんですよ」
「何を当たりと呼ぶかによるんじゃないか、ルイゾン」
「お前の女房に比べれば、山賊なんて聖歌隊のガキんちょみたいなもんだ」
「やめてくれないかな、トレゼリ。それがアルマの耳に入って、どえらい目に遭わされるのは僕なんだ」
「正直、今回の手入れは楽勝ですよ」
「そうだな。だって、ポルフィリオ・ケレルマンは獲物街にいるんだろうし、フランキスタの隠れ家も大物ぞろいなんだろう? こっちにいるのは雑魚ばかりだ」
「正直、暴れ足りないですね」
「ほんと、ほんと」
「僕は絶対何か起こると思うね。うなじのあたりがひんやりしてる。剣とピストルが言っているんだ。『相棒、出番だぞ』って」
「医者に耳見てもらえよ」
「それか心の医者」
「隊長は万が一のことがあると思っている。だから、それを持たせたんだよ」
「このクソ重い荷物な」
「わっ、振り回さないでくださいよ。それが爆発したら、手入れも何も、僕らは皆殺しですよ」
「なんで、こんな重いもの持たなきゃいけないんだよ。クアッロス、お前が持てよ」
「トレゼリ、カードで決めたんだから、ペナルティは最後まで引き受けなきゃダメってもんだ」
「その通りです」
夜中も干しっぱなしにされた洗濯物が〈聖アンジュリンの子ら〉三羽烏のトレゼリ、ルイゾン、クアッロスの頭上ではためいている。
サンタ・カタリナ大通りの南、スカリーゼ橋とグラマンザ橋のあいだにある倉庫街は半分近くが貧民窟になっていた。
倉庫の持ち主たちは穀物や金属を保管するより、倉庫に廃材を持ち込んで小部屋をつくり、人間を詰め込んだほうが儲かると思ったのだ。
三羽烏は煉瓦の塀と建物に挟まれた路地を――垂れ下がった鎖や地下水道への入り口らしい白墨で×を書いたドアのそばを通り過ぎ、カンテラの灯に浮かび上がる虹色の油が浮いた水たまりを避け、焼ける獣脂と排泄物のにおいを避けるために首に巻いたマフラーを顔いっぱいに引き上げ、これは全て業務手当と夜勤手当のためなのだと自分に言いきかせた。
恐妻家のクアッロスだけはこの手入れに一波乱あると言い続けたが、ルイゾンとトレゼリは肩透かしに終わると思っていた。過去にもそうしたことが何度もあり、ロジスラスの人員配置に対する考え方が反映された結果、三羽烏はいつも肩透かしを食らう手入れをさせられたのだった。
今ごろ、三つの合同した司法機関が獲物街とフランキスタを挙げている。トレゼリとルイゾンは今回の手入れではせいぜい密造酒の壜が一本か二本が見つかるだけだと思っていた。
「まあ、悪いことばかりじゃありません。盗賊たちとドンパチしてもしなくても手当は同じですし」
「だな。頭に弾丸か山刀でも食らわない限り、負傷手当は出ない。もちろん、この重い馬鹿なブツのせいで肩が外れても負傷手当は出ない。くそったれてるぜ」
「僕らより情報屋のほうが金持ちだ。隊に支給される予算のうち、対情報屋予算は金貨千枚以上だって。アルマはいっそ情報屋に転職しろって言ってくるし」
「奥さんの言う通り、それも悪くありません」
「だな。やつらがいい加減なタレコミでもらったカネで豪勢に遊んでいるとき、おれはこの臭い裏路地を、こんなデカい荷物持たされて歩いてる。本当に賢いのはどっちだって話だ」
その大きな荷物は油を引いた防水布に隠れている。
トレゼリのぜいぜいという息遣いからするとかなり重いらしく、他のふたりはここぞというときに引いたエースの札に感謝した。
細かく打たれる太鼓の音と食べるために飼われているアナグマの鳴き声がそれぞれ別々の場所からきこえてきて、平屋の小さな店を通り過ぎるために角を曲がる。
誰もおらず、傷んだ野菜とパエリヤ用の米が入った箱が積み重なり、その奥は赤く光っている。
そこには異端の聖なるポテト教団の祭壇があった。天板の狭いテーブルに赤い蝋燭を二本立て、ポテトの薄切りフライをブリキの皿に乗せてポテトの聖性に捧げてある。
いったいいつになったら木賃宿に着くんだとぶつぶつ言いながら、何軒かの小さな中庭を通り過ぎ、倉庫が民族をふたつに分ける巨大な壁のように立つ一角へとやってきた。
問題の木賃宿は四階建てで外付けの木造の通路に梯子と階段がつけてある。
あちこちに赤い光――張り渡したロープに並ぶランタンの列や金物の籠で燃えるリンゴの薪。
それでも煉瓦を敷いた中庭の暗闇を払えるほどの灯にはならず、火縄は手で用心深く隠されていたから、木賃宿の木造通路や右手に並ぶゴミや廃材の陰に潜む賊たちに気づかなかった。
鉛の弾丸がクアッロスの足元で跳ねると、さらに飛んでくる弾丸の火花から逃れるように近くにあった小さな倉庫へと逃げ込んだ。
二段ベッドをいくつも投げ込んだ、粗末な宿屋らしく、人はいない。
相手はよほどの人数で撃ってきているのか銃声が途切れることがない。
「良かったな。ふたりとも。危険で骨のある手入れじゃないか」
ザクッと音がして、弾が屋根に穴を開け、トレゼリの目の前を通り過ぎる。
「うるせえぞ、クアッロス。おい、ルイゾン! どこか裏口はないか?」
「ないですね。まさに袋のネズミです」
ルイゾンが扉のそばに体を寄せると、暗闇のなかで一瞬見えた発火装置の火花を狙って、ピストルを発砲した。殺し屋が悲鳴を上げ、バリっと木造の手すりを破って、真下に落ち、頭蓋がぐしゃりと潰れる。
「いまこそ、あれを使うときじゃないか?」
「そうだな。おい、ルイゾン。お前、行ってこいよ」
「運んだのはきみでしょう、トレゼリ。きみがやるべきですよ」
はあ、とため息をつくと、クアッロスが大きな荷物の油布をはぐ。
ホイールロック式発火装置をはめ込み、三十本の銃身をつけた巨大な銃があらわれる。
肩吊りベルトに体を通すと、小屋から飛び出し、木賃宿の壁目がけて、銃を乱射した。
悲鳴。跳弾。裂音。反動。火花。粉砕。硝煙。
カンテラが落ちて、通路が燃え出す。
窓に男があらわれる――手にクロスボウ――銃身を振り上げると、男が窓枠ごと吹き飛んだ。
掃射が終わると、トレゼリとルイゾンがのそのそあらわれる。
「わお。すげえな」
「さすが、クアッロスですね。もし、僕に孫ができたら、妻を死よりも恐れる男がいて、その男にとっては銃を構えた数十人の山賊よりも妻のほうが怖かったからどんな無謀なことも平気で行えたのだと語って伝えます」
クアッロスは銃を捨てると、レイピアを抜き、短剣を左手で抜いた。
「くだらないこと言ってないで、捜索するぞ。この抵抗だと、ポルフィリオ・ケレルマンはなかにいる」
――†――†――†――
下の階からドアを蹴り破ったが、ポルフィリオ・ケレルマンもパスクアル・ミラベッラもいなかった。捕らえた山賊のひとりを尋問した結果、ふたりは既に逃げたという。
酒壜、銃床が裂けたマスケット銃、水がポタポタ垂れる洗濯物。
ひと晩銀貨一枚の寝床にはシミがつくった世界地図。
最後のドアの前までやってくる。
火と空の印が白墨で殴り書きされた薄い扉で鍵はかかっていなかった。
「開けてみるか?」
「どうぞ、ご自由に」
トレゼリが手をかけ、少し扉をなかへと押す。
バン!
木が裂けて、木片が飛び散り、トレゼリは慌てて扉の横の壁に逃げる。
それから立て続けに四発が発砲され、ちょうど人間の心臓があるあたりのドア板がごっそり持っていかれる。
「さすがにもう銃はないんじゃないかな」
トレゼリがそっと扉に触れると、
バン! バン!
「うわっ! ――くそ。こいつ、何丁持ってるんだ?」
トレゼリは小さなガラス壜を取り出した。
壜にはまったコルク栓には小さな鉄の輪がついていて、それを引っぱって外すと、壜がシュウシュウと煙を上げる。
扉の穴にそれを放り込むと、きっかり三秒後に爆発音とともに扉が吹き飛んだ。
部屋に入ってみると、大きな樽がひとつ、割れて崩れかけている。
発砲済みの銃が床に何丁も転がっていて、ここはポルフィリスタの武器庫だったのか、弾が装填された銃も三十丁以上見つかった。
肝心の賊はいなかったが、吹き飛んだ窓から下を覗くと、バラバラになりかけた武器係と思しき男が赤いたいまつの光のなかで大の字になって死んでいた。
「まったく、すごい数の銃だな。これ、業務手当が上乗せされるかな?」
「どうでしょう? それより、この樽は、塩樽でしょうか?」
爆発の衝撃で割れた樽から塩が流れ落ちる。
よく見ると、その塩のなかから人間の腕が見える。
三羽烏はお互いを見やり、嫌な仕事だと言いつつ、塩を掘った。
樽のなかから見つかったのは、フランキスタの帳簿係のアーヴィング・サロスの耳を切り落とされた頭だった。
ポルフィリオ・ケレルマン派(ポルフィリスタ)
ポルフィリオ・ケレルマン
†ミゲル・ディ・ニコロ 9/9 殺害
パスクアル・ミラベッラ
ディエゴ・ナルバエス
†ルドルフ・エスポジト 9/8 殺害
ガスパル・トリンチアーニ
†アニエロ・スカッコ 9/12 殺害
ピノ・スカッコ
フランシスコ・ディ・シラクーザ派(フランキスタ)
フランシスコ・ディ・シラクーザ
バジーリオ・コルベック
バティスタ・ランフランコ
†サルヴァトーレ・カステロ 9/7 殺害
†アーヴィング・サロス 9/13 殺害 【New!!】
アウレリアノ・カラ=ラルガ
ロベルト・ポラッチャ
〈鍵〉の盗賊ギルド
〈砂男〉カルロス・ザルコーネ
†〈キツネ〉ナサーリオ・ザッロ 9/3 殺害




