第十話 マフィア、九月九日。
ロベルト・ポラッチャについてたずねると、たいていの人間は彼が古書屋であり、古書業者組合から何度も表彰された立派な人物であるとこたえた。
もし、大量の古書を残して肉親が死んで、その処分を任せるならポラッチャに連絡を取るのが一番だ。
この丸顔の、同じくらい丸い眼鏡をかけた正直者の古書商は他の本屋のように価値のある稀覯本をまるで無価値なように偽って、二束三文で手に入れるようなことはしないからだ。
そうした実直な商売のおかげで白ワイン通りにささやかだがきれいな一軒家を手に入れ、四人目の子どもを身ごもった妻と三人の娘たちと幸せに暮らしていた。
今年で四十歳になるポラッチャは出かけるとき、妻の頬にキスをするのだが、彼の最近の悩みは長女の彼に対する態度がつれないことだ。長女は十三歳である。
「そんなもんだろ、十三歳の娘っ子なんてよ」
「そんなもんかい?」
「そのくらいになると、女はとにかくオヤジに逆らいたくて仕方なくなるんだ。そういうビョーキだと思って、耐えるんだな」
「朝にいってらっしゃいのキスもしてもらえないのに?」
「そんなことより四人目を妊娠してるほうがまずいんじゃないか?」
「家族が増えるからなあ。もっと稼がないといけない」
「結婚は人生の墓場、子どもは女が男に窮屈な思いをさせるためにひり出された足かせだぜ」
そう言ったのはアウレリアノ・カラ=ラルガという男だった。
カラ=ラルガ、とは長い顔を意味する言葉で、確かにこの男は面長で濃い口ひげをたくわえていた。
ポラッチャとは正反対の評判を持つ男で、酒も女も賭博もみな相当やった。
昔は結婚していたこともあったが、妻に飽きると、「この女はおれが初めてじゃなかった」と言って、一方的に別れた。捨てられた妻は自分に着せられた不名誉な屈辱を拭う方法もなく、修道院に入れられた。
カラ=ラルガはそれを三回繰り返した。
あるものは疫病神、あるものはクズ人間と言い、そして彼のせいで一生修道院暮らしが決まった三人の女性はカラ=ラルガの名をきいただけで罪に穢れると言って卒倒した。
そんな評判の悪い男がなぜ正直者の本屋と一緒に赤ワイン通りから伸びる路地を歩いているのか。
こたえは彼らがノックした半地下のドアの先にある。
小さな覗き窓が開き、その窓いっぱいに見開かれた大きな目がふたりを確かめると、覗き窓が閉じ、錠前がいくつも外される音がしてから、ドアが開いた。
そのドアは外から見る限り、粗末な板製のドアだが、実際はその裏に分厚い鉄板があり、大砲でも持ってこないとぶち破られない代物だった。
なかは細長い部屋になっていた。フランキスタの無法者や剣士が十人ほど、床に敷いた布団の上で眠っていて、さらに十人が起きてテーブルに集まり、刃物を研いだり、鉄砲に弾を詰め込んだりしていた。
次の部屋は集金所になっていて、煙草の紫煙がただよう窓のない狭い部屋で銀貨が積み上げられ、計算盤の千の位の穴にオレンジの玉がカチリとはまる。五人の男たちが今週の儲けを計算し、費用を引き、売上総利益を弾き出す。
この部屋の主は組織の帳簿係であるアーヴィング・サロス。
部屋の隅にあるテーブルにつき、五人の男が読み上げる数字を帳簿に書き込んでいる。
「よお、サロス。相変わらず胃痛をかかえてるのか?」
カラ=ラルガが声をかけると、サロスはちらりと目を上げた。
「何か用か?」
「おれたちが必死に稼いだカネはどのくらいになったかと思ってね」
「収益は五割減だ。抗争はいつだってカネにならんよ」
「それは向こうも同じだ」
「バジーリオは?」
「奥の部屋だ」
事務机がひとつあるだけの部屋で隙のない身なりのバジーリオ・コルベックが賭博師と麻薬の売人相手に商売を続けるように説得しているところだった。
「でも、バジーリオ。ポルフィリスタが当たり番号をバラして商売を台無しにするんです。集金係も襲われて、いまじゃ誰もわたしらのために集金をしてくれません」
「ポルフィリスタは安いが質の悪いヤクを流して、客を全部潰しちまうんです。今週に入って、おれが囲い込んでいた客が四人も死にました。ポルフィリスタのクズみたいなヤクのせいで。こうなったら、高品質のヤクを抱えて、戦争が終わるまで隠れるしかありませんよ」
「それは分かるが、一度商売を止めると、そこにポルフィリスタや他の商会が入り込んでくる。規模は小さくてもいいから続けてもらわないと困る。護衛を送るからシマは維持してくれ」
ふたりの客が帰ると、バジーリオは肩をすくめながら、カラ=ラルガとポラッチャに席を勧めた。
「ガスパル・トリンチアーニとディエゴ・ナルバエスのふたりがこっちの商売を襲いまくっている。ディ・シラクーザの密造酒を積んだ荷馬車も襲われた。頭に来るよ。あのクソッタレども」
「そいつらを殺るんですか?」
「いや、もっとデカいやつだ。ミゲル・ディ・ニコロの居場所が分かった」
ひゅう、とカラ=ラルガが口笛を吹く。
「シデーリャス通りの二十二番地だ。服地商ギルド館の裏手にある製粉屋、風車付きの塔だ」
――†――†――†――
それは二階建ての円塔の上にひとまわり小さな風車塔が乗っている建物だった。
一階の玄関扉の裏には印刷所軍団が刷ったエロ絵を見ている男がひとり。
塔のてっぺんに通じる螺旋階段からはミゲル・ディ・ニコロの怒鳴り声がきこえてくる。
集金に失敗した配下の高利貸しを相手に怒鳴り散らしているのだ。
官憲や敵対組織から隠れているという立場を忘れているのか、外にまできこえそうだ。どこかで自分は絶対に死なないという根拠のない自信があるのだ。
「まったく」
そう言いながら、エロ絵をめくると、人の気配を感じて目を上げた。
そこにはカラ=ラルガが立っていた。背の高い男が無表情で口をとがらせ、「ちーちーちー」と声を出している。
「なんだ、てめえ。どこから入った?」
「ちーちーちー」
「なめてんのか、こら」
護衛はピストルを取り出して、立ち上がった。
「ちーちーちー」
「どうやってここに入ったか、きいてんだよ……うげ!――か、は……」
背後に潜んでいたポラッチャがワイヤーを首にまわし絞めた。
護衛は目を充血させて、声らしいものもあげられないまま、しばらく暴れたが、そのうち白目を剥いて動かなくなった。
その場にあったピストルを集め、螺旋階段を昇る。
塔を囲む丸いテラスにひとり護衛がいたが、カラ=ラルガが投げナイフで仕留める。
小さな風車塔からはディ・ニコロの怒鳴り声が相変わらずきこえてくる。
風車のなかに入ると、巨大な石臼から小麦粉がこぼれ落ちている。
塔の内壁に沿って階段があり、それを昇っていくと階段の尽きたところに開きっぱなしのドアがあった。
そのまま扉を押して静かに開けると、山賊風の身なりのディ・ニコロが巨大な体の大男を相手に罵り言葉を次々と放っている。
カラ=ラルガは扉に背を向けて立つディ・ニコロに声を立てた。
「おい、ミゲル」
「なんだ!?」
振り返ったところで、カラ=ラルガとポラッチャは両手に持ったピストルを発射した。
四発の弾が肋骨をぶち割り、心臓をズタズタにし、死体は窓から飛び出すと、風車の白い羽を鮮血で汚したのち、テラスに頭からぶつかった。
「おい、太っちょ」
カラ=ラルガが気まぐれな狂気を秘めつつ呼びかける。
「どっちか選べ。死人の側につくか、生きてるやつの側につくか?」
――†――†――†――
その夜、ポラッチャが白ワイン通りの自宅に帰ると、妻がチーズたっぷりのカボチャ・パイを作って待っていた。
ポラッチャは好物のパイを頂き、家族と団らんし、今日、人ひとりを絞め殺した手で三女を抱き、もし今度生まれる子どもが男の子だったら、グリエルモとつけてやろうと思いながら、幸福を抱き、眠りについた。
ポルフィリオ・ケレルマン派(ポルフィリスタ)
ポルフィリオ・ケレルマン
†ミゲル・ディ・ニコロ 9/9 殺害 【New!!】
パスクアル・ミラベッラ
ディエゴ・ナルバエス
†ルドルフ・エスポジト 9/8 殺害
ガスパル・トリンチアーニ
アニエロ・スカッコ
ピノ・スカッコ
フランシスコ・ディ・シラクーザ派(フランキスタ)
フランシスコ・ディ・シラクーザ
バジーリオ・コルベック
バティスタ・ランフランコ
†サルヴァトーレ・カステロ 9/7 殺害
アーヴィング・サロス
アウレリアノ・カラ=ラルガ
ロベルト・ポラッチャ
〈鍵〉の盗賊ギルド
〈砂男〉カルロス・ザルコーネ
†〈キツネ〉ナサーリオ・ザッロ 9/3 殺害




