第六話 ラケッティア、嵐の前の。
その夜のアズマ街はカジノからもふもふたちがたくさんやってきていたので、体感五割増しのもふもふだった。
もふもふも一応、古代文明の魔法生物らしいのだが、もふもふは魔法生物クルーには入らない。
おれの考える魔法生物はもっと、こう、無機物な外観をしているものだ。
もふもふ文明の学者たちは血肉のある魔法生物にこだわったらしい。
たとえば、もふもふたちのイージス、ロムノスはケモ耳剣士だが、そのケモ耳はちゃんと耳の位置から生えている。
つまり、よくあるケモ耳みたいに頭のてっぺんについているから、人の耳とケモ耳で合計四つのヨツメウオみたいなことにはなっていない。
生物設計がきちんとしているのだ。
それに比べると、アレサンドロは人間として生まれついたはずなのだが、生物設計がきちんとされていない。
今だって、天ぷら屋にターコイズブルー・パンケーキを揚げてくれと言っていて、そのそばではゲテモノマスターのクレオが実験体もとい初のパンケーキ天ぷら食者になろうとしている。
明治時代、カレーライスを最初に食べたとされる人物はライスだけ食べて、カレーは残した。
カレーライスを頼んだのは他の洋食と比べて、白米が食えるのがカレーライスだけだったかららしい。
このように人類には異文化の食について、よく言えば用心深い、悪く言えば偏狭な反応が存在する。
ちなみに異文化の食――要するにムカデのフライとかかえりかけた卵のヒナだとかを食えるのはIQが高い証なのだそうだ。異文化を積極的に吸収するその姿勢がIQ的にイケてるらしい。
なら、おれ、IQ3で結構です。
さて、天ぷら屋のオヤジも異文化の食について低IQな態度をとってくれるだろうと思ったのだが、ためらうことなく、ターコイズブルー・パンケーキに衣をつけ、油にぶち込んだ。
そういやこのオヤジ、以前、ミミちゃんに店を任せていたことがあったのを思い出した。
すると、まず桶の衣がターコイズブルーになり、揚げた油がターコイズブルーになり、一緒に揚げていたチクワ天やキス天がターコイズブルーになった。
ほーら、言わんこっちゃない。
ターコイズブルー・パンケーキ天はふたつに切られ、アレサンドロとクレオが頂いた。
アレサンドロは慣れているだけあって平気だったが、クレオはひっくり返って生死の境をさまよった。
まあ、こいつがヤバいもん食って生死の境をさまようのはこれが初めてじゃないし、ベリー畑を穢されたおかんに遭遇するよりは本人的にはずっと安心できるのだ。
さて、アレサンドロとロムノスとそれにもふもふのうち興行を司っているぷろもーたー・もふもふが揃ったところで、おれは天ぷら屋の奥を借りて、三人に知らせた。
「遊んでいるときに仕事の話で申し訳ないが、盗賊ギルドとケレルマン商会が手打ちになった」
「それはよかったでち。これでぼくらも安心して、交渉ができるでち」
ドン・ガエタノがパクられる前、ケレルマン商会の芸能部門を司る幹部から〈ハンギング・ガーデン〉十階のもふもふ秘密のナイトクラブのもふもふオーケストラともふもふダンサーズを借りたいという話があった。
相手はサルヴァトーレ・カステロという名で現在はフランキスタになっているのだが、アレサンドロもついていき、何度か交渉して値段でようやく折り合いがついたと思ったら、ドン・ガエタノがパクられ、商会内部もきな臭い雰囲気になって話を凍結していた。
だが、とりあえず手打ちになったので、今度、またカステロと会い、契約をするところまで行くことになったのだ。
アレサンドロはカステロがやり手だと言った。
「うまいことを考えたものです。カラヴァルヴァの夜にはどこにもそぞろ歩きをする娼婦や酌婦、あるいはただ危険なアバンチュールを求める上流階級の婦人がいますが、もふもふたちを使って、そうした美女たちを寄せつけ、その女性たちを使って、男たちを呼び寄せるらしいです」
アレサンドロがそう言うのだからカステロはかなりのやり手なのだろう。
食生活には大きな問題があるが、興行師としてのアレサンドロは最高なのだ。
「でも、なんだか、それじゃ、もふもふたちが餌みたいじゃんか?」
「でも、王さま。この話はビジネスとしては非常においしい話でち」
「ターコイズブルー・パンケーキ並みにおいしい」
「まあ、きみらがいいって言うならいいけど。それとターコイズブルー・パンケーキはおいしくない。魔族たちの大当たり亭のメニューに載るんだからな」
「つまり非常においしいことの証明ですね」
「頭痛くなってきた。……ロムノス的には大丈夫なの?」
「やや心配だから、最初に何度か付き合って、警備を見る。知っての通り、女たちのなかにはフィフィを強奪してペットにしようとするやつがいる」
それで仕事の話を終わりにして、夜歩きに戻る。
クルス・ファミリーの面々は好き放題過ごしていた。
マリスとイスラントが刀屋にいて、レイピアはないか氷の魔剣はないかと七助を困らせ、鉄砲屋で火縄銃の試し撃ちをするシャンガレオンが肩に背負ったミニエ式ライフル銃のシャーリーンに言い訳をして、一番はお前だよ、シャーリーンとささやいている。こいつ、ファミリー入りたてのころは常識人ポジションだったが、いまはいろいろヤバくなってる。髪も伸びてきているし。ロン毛のイケメン枠確定か?
確か『フルメタル・ジャケット』の微笑みデブが自分の銃にシャーリーンって名前を付けていなかったっけ?と記憶の糸を手繰りつつ歩く。
ヴォンモとセイキチが玩具屋でスイカ食い人形のコミカルな動きに笑い、トキマルとシズクはどちらも喫煙者ではないはずだが、なぜか煙草屋にいて、どうやらキセルの偽装吹き矢としての持つ暗具の可能性について難しい顔で論じ合っているようだった。
そして、そのふたつを腕組みして保護者然としてジンパチが見守る。
「トキ兄ぃもヴォンモもおれがちゃんと見てやらないとね」
そういやミミちゃんはどこだろうと思ったら、道端でポーション自動販売機になっていた。
何やってんだと思ったら、その近くの水飴屋でアレンカがせっせと水飴をこねている。
どうやら射程範囲内にアレンカがやってきたら、擬人化して襲いかかりペロペロするつもりらしいが、そのとき「アステティコ・カラヴァルヴァ、優勝おめでとう!」と叫びながら男たちの一団があらわれて、あっという間にミミちゃんを持ち上げて走り去ってしまった。
しばらくして、何か大きなものを川に放り込むドボンという音がきこえてきた。
アスレティコ・カラヴァルヴァとはサッカーのチーム名でさっきの連中はフーリガンだ。
この世界、実はサッカーがある。
主に大きな街の広場で行うのだが、だいたい聖堂前の広場で行う。
普通のサッカーとの違いはまずゴールがテントの形をしていること、一チーム二十七名、手でボールを触ってもいい、それどころか相手を殴ったり蹴ったりしてもいい。キンタマを蹴り上げてもいい。もちろん、プロテクターをつけてもいい。ラインアウトなし。
つまり、それはボールを巡る終わりのない殴り合い蹴飛ばし合いであり、そんなわけで一度の試合で死者も出るほど激しい試合になるのだが、これが各都市ごとに代表チームを持っていて、かなりのカネが賭けられる。
いわゆるノミ屋だが、うちでは〈ハンギング・ガーデン〉でスポーツ賭博コーナーとして導入している。
最速の伝書鳩と水盤から試合経過を見ることのできる占星術師を大枚はたいて雇っているので、うちのハンギング・ガーデンが一番情報が速いし、いろんな場所の試合をカバーしている。
さらに、その情報を独立系ノミ屋に売っている。
これはマフィアもやったことだ。1940年代、ニューヨークから派遣されたユダヤ系マフィアのバグジー・シーゲルは西海岸の電信会社を買い取って、アメリカじゅうの野球と大学生バスケットボールの勝敗がいち早く知れるようにした。
ちなみに電信会社を買いにロサンゼルスへ行く途中、立ち寄った砂漠で突然天啓に見舞われて、ここにカジノをつくると言い出す。のちのラスベガスである。
うちの場合はラスベガスをつくってから、伝書鳩ギルドを牛耳ったので順序は逆だが、まあ、いいだろう。
で、ミミちゃんは犠牲になったわけだ。めでたし、めでたし。
さて、それからジルヴァの代理でスイカ食い人形を買ったり、ツィーヌの毒を入れるのに使う切子細工のギヤマン壜をねだられたり、浴衣屋で見かけた〈インターホン〉とサアベドラを冷かしたりしているうちに気がついた。
クリストフがいない。
あいつも一緒に来ていたはずだが……。
「ひょっとすると、聖院騎士団の子を誘いに行ってるのかもしれない」
それは楽観的観測だ。やつは不安で動いた。
それを思い知ったのは帰ってきたクリストフから〈キツネ〉がポルフィリオたちに殺されたことを知らされたときのことだった。
ポルフィリオ・ケレルマン派(ポルフィリスタ)
ポルフィリオ・ケレルマン
ミゲル・ディ・ニコロ
パスクアル・ミラベッラ
ディエゴ・ナルバエス
ルドルフ・エスポジト
ガスパル・トリンチアーニ
アニエロ・スカッコ
ピノ・スカッコ
フランシスコ・ディ・シラクーザ派(フランキスタ)
フランシスコ・ディ・シラクーザ
バジーリオ・コルベック
バティスタ・ランフランコ
サルヴァトーレ・カステロ
アーヴィング・サロス
アウレリアノ・カラ=ラルガ
ロベルト・ポラッチャ
〈鍵〉の盗賊ギルド
〈砂男〉カルロス・ザルコーネ
†〈キツネ〉ナサーリオ・ザッロ 9/3 殺害 【New!!】




