表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
ディルランド王国 ラケッティア戦記編
103/1369

第三十八話 ラケッティア、順位の妙。

 洗濯獄舎の前で腕を組み、考える。


 この年寄りの体ではジャンピング土下座はできない。

 腰がグキッていうから。


 刑務所で不便をしたからという言い訳はグッドフェローズ風トマト・ソースを暢気に作っていた手前、通用しない。


 いよいよまずい。

 ツィーヌを変態野郎の生贄にしそうになったのを帳消しにする方法がまったく浮かばない。


 グッドフェローズに出てきた死体の数々が脳裏によぎる。

 ゴミ箱に入れられたやつ。車のトランクに入れられたやつ。冷凍庫のなかで肉と一緒に吊るされてカチンコチンになったやつ(この役の人はゴッドファーザー・パート2にも出てた)。


「ウーム」


 考え込んでいると、清教徒革命で斬首されたチャールズ一世に似た、クセのある髪を伸ばし、山羊髭をたくわえた監獄士官がやってきた。


「何かお困りですか? もし、よろしければ――」


 そう言って、人差し指と親指をすり合わせる。

 その指のあいだに金貨を握らせる。


「洗濯娘たちを見たい。個室を手配してくれ」


「かしこまりました」


     ――†――†――†――


〈特別洗濯室〉とかいうスケベ部屋に連れてこられて、少々お待ちください、と一人にされた。


『冒険野郎マクガイバー』なら部屋のなかにあるクッションの中身とか戸棚の酒とかでトラブルをクールに解決するための道具をつくる場面だ。


 ツィーヌがやってくる。


 すっげえ、ツーン、としている。


 いや、ツィーヌは確かにツンデレ系だけど、このツーンはヤバい。


 だって、口調が他人行儀!


 今だって、二人きりだけど、ですます口調だし、目はそむけるし、背中を向けて、黙々と洗濯してるし――。


 しかし、この洗濯システム、考えたもんだな。

 汗を吸った生地の向こうで肌が薄く見えるのとか、なかなかエロい。


 カラヴァルヴァに無事着いたら、この商売ラケッティアリング、受けるかも。


 受けるかも、じゃねえよ! このバカ!

 ツィーヌに勘弁してもらう方法考えろ!


「あのー、ツィーヌさん?」


 じゃぶ、じゃぶ。

 木べらが鍋のなかの洗濯物をぐるぐるかきまわしている。


「怒ってる?」


 じゃぶ、じゃぶ。


 うわー、めっちゃ怒ってるーっ!


 ぴたり、とツィーヌの動きが止まる。


 ごくり、と唾を飲み、次の何かに備える。


 ツィーヌが懐から――その懐も汗で服がぴったり肌について、エロくなってる――小瓶を取り出す。


 それは元の姿に戻る薬だ。


 つまり、これは来栖ミツルの姿に戻って、ジャンピング土下座をしろということだ。


 で、言われた通り、元に戻って、ジャンピング土下座。


 前にも言ったように、この技はいつか学校がテロリストに占拠されたときに備えた土下座の奥義。

 この躍動感あふれる謝罪行為を前に許さんなんて言うやつは――。


 あ、まだ怒ってる。


 ダメかー、ジャンピング土下座。


 となると、土下座トルネードをいよいよ使うしかない。


 だが、あの技はまだ一度も成功させたことのない究極の奥義。

 仮に成功したとしても、体にダメージが――。


「手を出して」


「へ?」


「手よ。出して」


「あのね、ツィーヌ。おれ、向こうの世界にいたころ、イコライザーって映画があって、そのなかでデンゼル・ワシントンが淫乱サラリーマンを成敗するんだけど、そのときも、こんなふうに手を出せって言って、出させて、それを握って、指の股をベキベキって――」


「四の五の言わず出しなさい」


「はい……」


 おればベキベキを覚悟して、右手を差し出した。


 あ、やっぱ利き手じゃないほう、と思ったころには手はしっかりツィーヌに握られてしまった。そして――、


 ぽんっ。


 ツィーヌはおれの手を自分の頭に乗せた。


「ふぁっ!?」


「うるさい、黙れ」


「はい……」


「……」


「……」


「ちょっと、撫でなさいよ」


「ふぁっ!」


「いちいち驚かない」


「え? でも、ベキベキは?」


「いいから撫でなさい」


「はい……」


 なでなで。


 ツィーヌの頭、ポカポカしてる。


「ツィーヌが一番だよ、って言いなさい」


「へ?」


「ほら」


「――ツィーヌが一番だよ」


 おれはツーンがデレーンになる瞬間を見た。


 すぐツーンに戻ったが、もう遅い。

 空気がデレーンになってる。


「満足?」


「まあまあ。いろいろ悩んでたことも馬鹿らしくなったし」


「悩んでたことって?」


「みんなで一番でも悪くないってこと。わたしを変態ジジイのもとに潜入させたことはこれでチャラにしてあげる」


「え、じゃあ、指の股ベキベキはなし?」


「なし」


「いやっほう!」


「じゃ、わたしは帰るから。こう見えても、洗い物がたまってるんだから」


「うん、分かった。じゃあねー。引き続き、潜入を頼むよ」


 ツィーヌは扉の向こうへ見えなくなった後、手だけを扉の向こうから突き出して、ひらひらとバイバイをしてみせた。


 なんだか分からんが、とりあえず半殺しにされなかったし、指もベキベキされなかった。

 ツィーヌも上機嫌だし、終わりよければ全てよしだよねえ。


 ん?


 あれ。おれ、どうやってゴッドファーザー・モードになったらいいんだ?


「ヤバい! ツィーヌ、いつもの薬!」


 外に駆け出すと、ツィーヌは回廊のはるか向こうにいて、こっちを振り向くと、アカンベエをした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ