第七十五話 ラケッティア、マフィアやめようかな。
この二日間、物事は目まぐるしく変わっていった。
皇帝がげちょげちょの化け物となってくたばり、皇帝が強力な独裁体制の手先として使っていた四天魔将とかいう四天王もどきは主教を除いて全員死亡。
この四天王に押さえつけられていた様々な政治勢力があらわれて、仲間割れを始めたが、どの勢力もレジスタンスを自分たちの陣営に取り込もうとして、いろんな飴玉を投げてきた。
帝都の軍事総督にするとか、星ひとつやるとか、親衛隊の長官にしてやるとか、まあ、物の見事に魅力のない申し出の数々で、レジスタンスのリーダーのリギッタも副リーダーのヴィクターも自分のことしか考えていない諸勢力にはうんざりしていた。
ヴォンモと死なないメガンテ姉妹、それにヨシュアとリサークは今回のクーデターのMVPだからと意見をきかれ、そして、ヴォンモたちはボスであるおれにそれを投げた。
どの勢力を支持するかって言っても、連中の申し出にはさっきも言った通り、魅力がない。
「じゃあ、マスターにとって魅力のある条件って何なんですか?」
「そりゃあ、ニュージャージーのノミ屋利権とか、アトランティック・シティのカジノ従業員組合とか、ブロンクスの密造ビール工場とか、ニューヨークの窓施工の独占請負とか」
すると、ヨシュアが「っしゃあ!」と大声上げてガッツポーズした。
これにはよい子のパンダのみんなもびっくり。
ヨシュアはサアベドラ同様、半分魔族の血が入っている。
魔族のあの超絶端麗な容姿に、暗殺者の冷たさが入っていて、まさに見た目と中身が合致しているのだが、そのヨシュアがガッツポーズして「っしゃあ!」と大声をあげた。
一方で、リサークは歯を食いしばっている。
なんだ、なんだ?と思ったら、ヨシュアはこの帝都の窓取り付け利権を独占し、窓にかかる税金をごまかして一銭も払わなかったという。
「ミツルにプレゼントしようと思って、このラケッティアリングを用意したんだ」
……。
…………。
………………。
……………………ヤバい。
ときめいちゃいけない。絶対にときめいちゃいけない。
相手はヨシュアだぞ、ヨシュア。
これ受け取ったら、次は指輪だぞ。
あー、でも、これってニューヨーク五大ファミリーの最高幹部たちが窓の取り付け工事でカルテルつくってニューヨーク市住宅公団をカモにした『ウィンドウズ裁判』まんまじゃないか!
この窓独占事業はたぶんマフィア史上、もっとも洗練されたラケッティアリングのひとつだ。
実際、この独占事業には五大ファミリーのうち、ボナンノ・ファミリーはハブにされていたが、というのも、この当時のボナンノ・ファミリーは、シチリアからやる気満々の本場のマフィアを大量に引き入れ、狂ったようにヘロインを密輸してはピザの配達に見せかけて売りさばいていた。
ボナンノ・ファミリーを仲間にすれば、ほぼ間違いなく麻薬でつくったカネを洗おうとするのが目に見えていたから、ボナンノ・ファミリーが仲間外れにされたのだ。
つまり、それだけ大切にしたい、デリケートなラケッティアリングなのだ。
それがヨシュアからプレゼント……ヤバい。
――†――†――†――
ヤバいヤバいでさらに三日経った。
革命なりクーデターなりに関わったら、前の独裁者の宮殿でふんぞり返り、徐々に腐って、独裁者になるのが反乱のお約束だが、おれたちはシップで寝泊まりしている。
別に謙虚なんじゃない。
あんな錆がポロポロ落ちてくるところで寝られるかと思ってのことだ。
それと、この国については共和制が採用されることになった。
というのも、この国には民主主義とか議会というかわいらしいポリティカル・モンスターが生息しておらず、そこでよくある異世界転生主人公みたいにどや顔で議会制民主主義を導入させた。
もちろん、この腐った錆まみれの国の各派閥は少しでも多く、自分たちの仲間を議会に入れようとして、ありとあらゆる不正をしてくれることだろう。
買収、脅迫、票の水増し、誹謗中傷。フィナーレは投票箱を奪い合う。
奪った投票箱の中身をぶちまけて、自分たち以外の投票を焼き捨てる。
こんなこと言うと、いろいろ問題があるが、公職選挙法違反のない選挙はラケッティア的に面白くないんですよ。
選挙とはマニフェストではなく三バンで戦うものだ。
三十八口径でバン! 十二番径でバン! それとカバンだ。
これは魔法のカバンで敵対候補の選挙事務所前に置いておくと爆発する。
おれも人のこと言えた年齢じゃないけど、三バンはゲバルト棒と同じくらい古い言葉なので一応言っておくと、本当の三バンは地盤、看板、カバンだ。
なんだよ、カバンは一緒じゃねえか、来栖ミツル!とよい子のパンダのみんなは荒々しく抗議するだろうけど、こっちのカバンには福沢諭吉が印刷されたウンコ色の魔法の紙がたくあん入っている。
この魔法の紙で束をつくり顔をビンタすると、人は怒るどころか媚びへつらうし、これを子どもに渡して好きなように使わせると、価値観が歪んだクソガキ・モンスターに成長する。
まさに魔法の紙なのだ。
まあ〈錆の星〉の普通選挙にご期待ください。
シップの寝室でごろりと横になり、あくびしながらケツをかいていると、出待ち幽霊が壁からいきなりあらわれた。
他にやることならいくらでもあるだろうになんでおれの部屋に来るんだろう?と思っていたら、まるで親の仇の整形手術を見破るみたいにまじまじとおれの顔を見てきた。
そして、魂まで抜けるような長い長いため息を吐いて、
「あーんなきれいなイケメンふたりがなんであんたなんかに惚れるねん?」
と、言ってきた。
「それはこっちがききたいわ」
「それもふたりはライバル関係って、もうどんだけおいしいねん!」
「お前、イケメンなら何でもいいのか?」
「あんた分かっとらん。耽美やねん。きれいすぎて手出しするよりも、暖かい目で見守りたくなるカップルってのがおるねんで」
こいつ、腐ってやがる。
「そうだ。ええこと考えた。このライバル関係をてこにして、お互いを認め合う路線で行きいや」
「そんなのとっくに試した。女をあてがい、メスのワニをあてがい、カルリエドをあてがった。でも、全然ダメなんだよ」
「もったいない。実にもったいないなあ」
「あのふたりっておれのなかの悪に惚れたって言ってるらしいんだよ」
「せやな。うちもきいた」
「じゃあ、おれのなかの悪がなくなったら、おれのこと追いかけまわすのやめるのかな」
「かもしれへん」
「足洗おうかな。割とマジで」
いや、実際、足を洗えるとは思ってないっすよ。
ゴッドファーザー・パート3のマイケルじゃないけど、足を洗ったと思ったら、また引きずり戻されちまうってやつ。
「で、おれがあいつらの相手になれるわけのないブサイクな面をしてるってことを教えに来たの?」
「それもあるけど、あんたにお客さんやで」
「誰? レジスタンス?」
「アロハのおっさん」
スーパーマーケットの店主であり、売れっ子魚竜の太鼓持ちであり、砂の星の軍神であるアロハシャツの男はシップのコア・ルームにいた。
ちょっと前におれが『ここから先、コア・ルーム。飲食禁止!』と張り紙をしておいたのだが、アロハ男は袋に入った豚の皮のから揚げみたいなものをカリカリ食っている。
今度は青く輝く四角いコアの発明者とでも言うのかと思ったが、
「いや、そんなことは言わんさ。それより、例のフレイア最後の国王、あれを追わなくてもいいのかい?」
「追ったさ。もう、帝国から邪魔が入ることはないからフレイアまで飛んでいったが、何か強烈なバリアみたいなのがあって、入れなかった」
「これがあれば、入れる」
そう言って、チチャロンの袋から小さな三角錐の石を取り上げ、おれに渡した。
「これはあんたらがカッターナイフと呼んだ〈剣〉と同じ材質でできている。だが、内包された力はこっちが上だ。こいつをシップに組み込んでやれば、フレイアに張られたバリアを突破できる」
そんなありがたいアイテムが豚の脂でギトギトになっている。
「これが本物だとして」
「本物だとも」
「分かった。本物だ。そして、そんな本物のパワーストーンもどきを持っていて、それを豚の皮のチップスと同じ袋に入れて、おれによこすあんたは何者なんだい? ――あれ?」
さっきまでそこにいたのに瞬きしたらアロハ男は消えていた。




