第七十四話 ラケッティア、ボスは悠然と構える。
「おいおい、ウソだろ」
邪悪な笑みに歪んだフレイ。
「いや、お前はフレイじゃない」
偽フレイがククっと笑う。
「きみたちがフレイと呼んでいるのは、あの船に仕込まれたボクの予備の精神体。本体であるボクがフレイア復活を果たせなかったときのための、まあ、保険に過ぎません。ボクの本当の名前はフレイオス三十八世。〈古の女神の星〉フレイアの最後の王」
「なんでおれたちのフレイをさらった?」
「彼女は触媒です。星域に散らばった遺物で最も使い物になりそうだったので。それよりいいんですか? 皇帝陛下はあなたがたに御用があるようだ」
そう言うなり、信仰心の塊みたいなやつが見たら、勝手に神のお告げとかほざきたくなるほど神々しい光を発して、フレイアの最後の王は消えてしまった。
クルス・ファミリーのスロットマシン担当幹部兼専属銃砲鍛冶をさらったことについては、捕まえて説教してやりたいところだったが、究極生命体に進化した皇帝陛下がおれたちを放してくれない。
皇帝陛下、言葉通じるかな?
「ガアアアアッ!」
通じねえな。
フランク・コステロはボディガードを連れないで出歩くことで有名だったが、コステロ曰く「誰かがわたしの命を狙うなら、そいつは真っ先にボディガードの買収を企む。だから、ボディガードを連れていなくとも大丈夫な状況をつくることが大切なのだ」
コステロはその状況を話し合いでつくろうとした。
暴力よりも政治力にものを言わせ、平和を築くのはマジでリスペクトだし、ドン・ガエタノ・ケレルマンはぜひとも見習うべきだと思う。
しかし、100000ドルが万能ではないように、話し合いもまた万能ではない。
少なくともヴィトー・ジェノヴェーゼには話し合いが通用しなかった。1957年、コステロは頭に一発もらうことになる。
ジャックがぐるっとコマのように回転しながら斬撃を三発お見舞いし着地と同時にバックステップで間合いを稼ぐと、カルリエドが稲妻をまといながら青く燃える炎をカーテンみたいに広げ、ペイズリー柄の肉が焼けるにおいがした。
きっとゲロ吐きそうになるにおいだろうと思っていたが、思いのほか、脂ののったサバを焼いたような食欲をそそられるにおいでびっくらこいた。
ジャックの精密機械みたいな刃の運びで切り落とした無数の腕の一本が青い炎のなかでじゅうじゅう言ってやがる。
いや、ダメだ。来栖ミツル。これ、元は人間だぞ? いや、元が人間じゃなくても、このくそ醜い化け物を焼いて食べるなんて……。
いや、でも、醜い生き物ほど、食ったらうまいってありますよね?
アンコウとか。
いや、同じクラスに正田っていうやつがいたんだけど、こいつ、別に魚屋ってわけでもないのにアンコウの吊るし切りができたんだよ。
水を飲ませて腹を膨らませたアンコウにざくざく包丁を入れて、肉を切り取り、ヒレを切り取り、肝臓を切り取り、ついにそこにアンコウがいたことを示すのは鉤にぶら下がった大きな顎だけって言うのを見てると、シカゴ・マフィアのドリームチームが精肉工場で肉フックに裏切り者を吊るして、バラバラにしてるみたいだ。
だが、マフィアの拷問の果てに行き着くところは車のトランクだが、アンコウの吊るし切りはあったかいお鍋が待っている。
じゃあ、マフィアやるほうが馬鹿だと良い子のパンダのみんなは言うだろうけど、ラケッティアは違うんです。
そういえば、ドン・ガエタノ・ケレルマンが言っていたが、隠し財宝の在り処を吐かせる一番の手はそいつを逆さ吊りにして、そいつの真下で生の葉っぱを燃やして燻すことだと言っていた。
ギル・ローが刻印をめらめらと光らせ、ジャックの刃にさまざまな属性を付与したり、カルリエドの魔法に上乗せをしたりしている。
頑丈な蔓で動きを妨げたり、砂嵐で視界を奪ったりと大忙しだ。
ところで先ほどのフランク・コステロの話だが、続きがある。
コステロは頭を撃たれた。ただ、正確に言うとこめかみを削っただけだった。
殺し屋は頭から派手に血を流すコステロを見て、死んだものと思ったらしい。
コステロは命拾いしたが、もう自分で事態を掌握しきれないと思い、身を引いた。
さて、コステロは引退すると言っても、暗黒街の超大物であり、誰が撃ったのか、警察が血眼になって探し、行き着いた名前がヴィンセント・ジガンテ。
コステロとボスの座を争ったヴィトー・ジェノヴェーゼの手下で目撃者もでかい男だったと言っていて、元ボクサーで恐ろしく太って丸々としたジガンテが逮捕された。
このジガンテという人物はマフィア史上に残る変人であり、ずる賢い男だった。
コステロ殺人未遂で引っぱられたころのジガンテは丸々と肥えていて、トドメを忘れてコステロを仕留められなかったマヌケみたいな顔をしている。
ところが、ヴィトー・ジェノヴェーゼがボスになり、死亡した後、驚異的なダイエットに成功。
ジェノヴェーゼ・ファミリーで着々と実績を積み、ついに1981年、ボスの座を射止める。
ジェノヴェーゼ・ファミリーはフロントボス制度を取っていて、警察や他のファミリーからの攻撃を引き受ける表向きのボスの他に裏ボスがいる。
ジガンテは裏ボスのほうだった。
とにかく目立たないようにすることについては念入りでファミリーのなかでジガンテの名前を口にすることは許されず、ジガンテのことを指すときは顎を指差した。
とはいっても、ファミリーでめきめき頭角をあらわしてくると、警察に狙われる。
そこでジガンテは精神錯乱を装うことにした。
パジャマ姿でリトル・イタリーをうろつき、シャワーを浴びるとき傘を差したりといろいろへんてこな行動をしまくった。
ジガンテはジェノヴェーゼ・ファミリーのフロントボス制度を逆手に取り、警察には精神異常のジガンテがフロントボスであり、本当はファット・トニー・サレルノが裏ボスとして全てを仕切っていると思わせることにしたのだ。
しかし、やはりきちんとファミリーの統率はしていて、1986年にはガンビーノ・ファミリーのジョン・ゴッティが掟を破ってボスのポール・カステラーノを殺したことについて、非難し、ゴッティを殺すつもりでいたらしい。
ただ、このやり取りはFBIに盗聴されていて、FBIがゴッティに「せいぜい身の回りきをつけろや、お前パクるんはわしらFBIじゃ」と警告したため、計画は流れた。
それでもジガンテはゴッティ殺害をあきらめず、ルケーゼ・ファミリーのボス、ヴィクター・アムーソと組んで、自動車爆弾でゴッティを支えるアンダーボスのフランク・デチッコを吹き飛ばすことに成功した。
ゴッティも黙ってやられていなくて、お返しにジガンテの兵隊を殺した。
すると、アムーソがニューヨーク市警の汚職刑事ふたりにゴッティのボディガードを殺させている。
こんなふうにやられたらやり返すが続くのだが、奇妙なことにガンビーノ・ジェノヴェーゼ・ルケーゼは表向きには抗争をしていないことになっていて、敵サイドと組んで商売している。
そのうち、この奇妙な冷戦もどきも手打ちとなる。
もちろん、ジガンテもその場にいた。
その後、ゴッティがアンダーボスに裏切られて仮釈放なしの終身刑を食らったり、ヴィクター・アムーソがルケーゼ・ファミリー史上最悪の殺人鬼であることが分かり、ニュージャージーに縄張りをもつ部下が反抗的だから皆殺しにしてやろうと本気で考えたりしていることが発覚したりといろいろ忙しかったが、FBIはジガンテを追うことをあきらめなかった。
ジガンテはガンビーノ・ファミリーのメンバー数人を殺害しようとした罪状で起訴された。
そのあいだ、ずっとパジャマで車椅子だったが、2003年、もうええやろ?とFBIが司法取引を持ちかけ、これまでの精神錯乱が演技であったことを認めた。
結局、ジガンテは2005年に刑務所の病院で死んでしまったが、狂気を演じていくうちに演技と本心の区別がつかなくなったのでは?と思うことがある。
そもそも、マフィアというのは一般的な社会生活に対して、病的な拒絶反応を示すものが多い。
行列に並びたくない、銃を持ち歩いている、連邦政府が憎くて湾岸戦争の映像を見ながらイラクを応援する、そして仕事上のトラブルを解決するための選択肢のひとつに殺人が存在していること。
おれは事あるごとに話し合いの大切さを強調しているが、それでも相手が道理もへちまもないなら殺しちまおうという選択肢は温存してある。
まさに今がその状態だ。
かつては一国の君主として一身に憧れと嫉妬を集めていた皇帝はこの通り、化け物だ。
人間の欲は再現がなく、しかも日を追うごとにひどくなっていく。
平民は富裕な貴族を妬み、貴族は貴族を支配する国王を妬み、国王は多くの人びとに崇めらえる神を妬み、神は――まあ、おれたち卑小な人間には分からない理屈で自身の不足を嘆き、より高次的な存在を妬んでいることだろう。
別に妬みが悪いと言っているわけではない。
むしろ、おれの商売、妬みを刺激して、妬み先と同じくらいのステータスになりたいと思う心を刺激することで成り立っている。
それがあるときは高級な密輸酒、あるときはギャンブルってだけだ。
だが、ヤクはこれに当たらない。
ドン・コルレオーネはヤクはダメだと言ってきた。
妬むのは結構。
でも、限度ってもんがある。
こんなペイズリー柄の歪んだ獣になってまでして、手に入れたかったものは何だったのか。
自身はそこに権力を感じているのか?
あんなゲテモノに成り果てて?
カルリエドがギル・ローの上乗せ付き氷の魔法を放つ、が、その先にいるのはゲテモノではなく、いまや自分を取り戻し、立ち上がったイスラントの剣である。
週刊漫画だったら、九回か十回分は使う壮絶なボス戦も終盤にさしかかったらしい。
ボス自身は指一本動かさず、事態は思い通りに行く、まさにゴッドファーザー的な展開。
ボスとして部下をねぎらう言葉を用意するかと思ったそのとき、
どんがらがっしゃん!
すってんころりん!
台本には書かれていない、全てを薙ぎ払う壮絶な結末がかわいらしいズッコケ音とともにやってきた。




