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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
星々の世界 ラケッティア宇宙へゆく編
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第七十三話 ラケッティア、赤絨毯敷いとけって言っただろ。

 錆の星ってのはホントーに錆びだらけだな。


 いや、帝都ですよ。

 仮にも首都なのだから、もうちょっと見た目、何とかならなかったのかよって感じの錆び具合。


 このへん潮風食らうわけでもないのに、なーんでこんなに錆びるのかなあ。


 シップの甲板から見下ろしても、この国のヤバい食生活が分かる。


 だって、虫揚げて食ってるんだぜ?


 イスラントのやつ、虫食わされてるかもしれないな。

 あるいはこう、培養液入りのガラス水槽のなかでぷかぷかしてるかもしれん。


 帝国軍のひとり乗り用の飛行機械が二機、先導するので、それに従って飛ぶ。

 赤茶色の市街地を見下ろしながら、ここにはどんなマフィアがいるんだろうと想像を巡らせる。


 うーん。なーんか、やたらと窓の取り付け工事をしてるな。


 それにあちこちで落書きでも消してるのか、掃除人みたいなのがたくさんいる。


「なあ、あれは何なんだ?」


 実はシップの甲板には水先案内人というか接待奉行というかオモテナシ部隊というか、帝国側の士官がひとり乗っている。


「その質問にはこたえられない」


 これだ。こいつときたら、弁護士に入れ知恵されたマフィアのボスみたいにこれを繰り返す。


「あんた、名前は?」


「その質問にはこたえられない」


「階級は?」


「その質問にはこたえられない」


「じゃあ、あんた、何のためにここにいるんだよ?」


「その質問にはこたえられない」


「お前の母ちゃん、デベソ」


「その質問にはこたえられない」


 ずっとこれだ。

 ミスター・ソノ=シツモンニハ=コタエラレナイ。


 宮殿が見えてきたが、宮殿まで錆びている。

 用途の分からない歯車やピストン、それに白い湯気を噴き出す蒸気弁。

 部品に埋め尽くされた産業と科学と専制君主制度の神殿はウィンチェスター・ハウスみたいに常に拡大し続けているらしく、周囲の貧民の住処を潰しながら、外へ外へと錆びたパイプを伸ばしていく。


 シップは大きな塔のそばまで寄っていった。

 ミスター・ソノ=シツモンニハ=コタエラレナイが指を伸ばした先に折り畳み式のタラップがある。


 これが死ぬほどうるさい金属音を鳴らしながら伸びてきて、舷側に引っかかった。


「これ、渡れっての?」


「その質問にはこたえられない」


 一応、手すりはついているがボロボロに錆びている。タラップの下、五十メートルの位置には鋭利な回転盤がいくつも並んで高速回転している様は、社会科見学で見た超高速業務用ひき肉機PP2000ブッチャー・カスタムを思い出させる。


 タラップを渡ってみると、蒸気圧エレベータがあり、それで下に降りることができた。


 よかった。タラップから足を踏み外してPP2000ブッチャー・カスタムに巻き込まれることの次に心配していたのは、この塔を自分の足で降りていくことなのだ。


 いけ好かない相手と言えど、こちらは国賓。

 しかも、やつらの文明を飛躍的に進歩させるのに必要なブツを持っている。


 もちろん、やつらにはイスラントをさらわれているが、この錆びだらけの都を見て、自信がついた。


 やつらはこの青い半透明のカッターナイフが喉から手が出るほど欲しい。

 これがなければ、フレイア文明と接触できず、この錆びだらけの現実とサヨナラバイバイできない。


 いくつも部屋を通り、前衛芸術みたいな錆びだらけの機械や金網に区切られた部屋を見ているうちにおれたちサイレントヒルの世界に紛れ込んでんじゃねえのかって気になる。


 しばらくして、ミスター・ソノ=シツモンニハ=コタエラレナイはおれたちをついにとうとう謁見の間に連れてきた。


 左右は吹き抜けた柱廊で、奥には皇帝が座る玉座があり、その背後に前衛芸術みたいな錆びだらけの鉄くずが物凄い体積と質量で存在している。


 まるで錆びだらけの鉄が力の象徴みたいだが、これ、間違ってねえ?


 豊臣秀吉が金襖きんぶすまのかわりに穴の開きまくった障子を指差して、どうだおれは権力者だってふんぞり返っても、はあ? ってなるでしょ。


 これも同じことだよ。


「よく来たな。その勇気は誉めてやろう」


「勇気の発揮どころを間違えた感はあるけど、まあ、礼は言っておこう。ありがとう。それと四天王のうちの三人については気の毒だったな」


「ふん。バカなものは死ねばいい」


 やだ。この人、ブラック上司。


「それより、そなたら、わしに仕えぬか? 我が帝国では力量こそが問われる。そなたらの出自は問うまい」


 皇帝の隣には例の主教と呼ばれるちっこいローブのおっさんがいる。

 どっちのほうがえらいのか知らんが、とにかくカッターナイフのことを皇帝に吹き込んだのはこのフードかぶって顔の見えないチビだということだ。


 さて、子分にならぬかとたずねられたので、まあ、返答せねばなるまいて。


「陛下。せっかくだけどお断りするよ。出自は問わないって言っても限度があるでしょ? おれ、クニじゃあ立派な犯罪組織のボスなんだよ。犯罪組織のボスなんか手下にしてみ? あんたの評判ダダ下がり。それより取引を始めようか。こっちはカッターナイフを全部持ってきた。そっちもイスラントをしっかり返せよな」


「もちろんだ」


 カッターナイフ強奪からのイスラント返すわけないだろ、ばーか!のクソマウントかと思ったら、なんか新生フレイア帝国がどれだけ素晴らしいものであるかをプチ演説し始めた。


 まあ、その演説には論破成分も多分にある。

 そういえば、おれがこっちの世界に飛ばされる前、日本では人を論破するのは知識人の証だという風潮が信用詐欺みたいに流行っていたっけ。


 マフィアの世界では話し合いはしても、論破はしない。

 だって、論破したら即抗争だよ?


 たとえば、1985年、ルケーゼ・ファミリーのボス、アンソニー・コラーロが自身がコミッション裁判で禁固百年がまぬがれなくなり、後継ボスを指名することとなった。


 コミッション裁判ではルケーゼ・ファミリーは現役のボス、アンダーボス、相談役コンシリエリとファミリーのトップ3が全員が起訴され禁固百年と罰金二十四万ドルを食らうことが避けられず、この権力の空白を慎重に埋めるべくコラーロは後継ボスにアンソニー・ルオンゴを指名した。


 ところが、このルオンゴが行方不明になった。

 ルオンゴの部下だったヴィクター・アムーソとアンソニー・〈ガスパイプ〉・カッソが殺して埋めたのだ。


 これは大問題だった。

 ボスが指名した後継者を殺すなんて言語道断だったが、しかし、収監まで時間がない今、それを責めて抗争することができない。


 ルケーゼ・ファミリーはボス交代時に抗争を一度も引き起こしたことがないのを誇りにしていた。


 他の五大ファミリーはゴタゴタを抱えて、抗争までするなか、ルケーゼ・ファミリーはスマートに代変わりしてきた歴史があるのだ。


 コラーロも別の瞬間ならアムーソとカッソを処刑しただろうが、自身の収監が目の前に迫っている今、安易に強硬策を取ることができない。


 そこでコラーロとアンダーボスのサルヴァトーレ・サントロ、相談役コンシリエリのクリストファー・フルナリはアムーソとカッソをフルナリの自宅に呼び、アムーソとカッソをそれぞれ別の部屋に待機させ、ひとりずつ面談した。


 アムーソとカッソもコラーロを刺激したりせず、ギリギリの線で自分たちはコラーロに反抗するつもりは一切ないことを主張し、結局、コラーロはアムーソとカッソ、どちらかがボスになるとして、話し合い、そして、話し合いの結果、アムーソがボス、カッソがアンダーボスになるということで手打ちとした。


 もし、このとき、誰かひとりでも相手を論破しようなんて考えたら、どうなるか?

 まあ、よい子のパンダのみんなにも分かるだろう。


 こうして、コラーロたちは死ぬまでムショ入り、アムーソがボスになった。

 このアムーソが実はルケーゼ・ファミリー史上最悪の殺人鬼であることが後で露見してくるのだが、それはまた別のお話。


 玉座の右側で機関車のボイラーの蓋みたいなのが開き、イスラントがあらわれる。


 おかしい。ずいぶん簡単に返してくれるなあ。


 すぐ、その理由が分かった。

 イスラントの目がハイライトを失っている。それは、つまり――、


「そうだ。言い忘れた。このものが心に抱く願望、それを少しばかり増幅させてやった」


 それってつまり――。


「オーナー! 伏せろ!」


 イスラントの抜刀からの詠唱でヘル・ブリザードの一番きついやつがおれたち目がけて降りかかってきた。

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