第六十七話 バーテンダー、死んだはずの男。
オーナーが狂ったようにユニオーネ・シチリアーナ代表の死にやすいことを叫んでいたので、覚えてしまった。十人中七人が殺害されるとすると、普通の暗殺組織よりもリスクのある立場だ。
シップの衝角がメガリスの背部に穴を開け、そこからは相手の乗組み員と白兵戦で血が流れて、イースがぶくぶくぶく!まで予想していたが、そうはならなかった。
降りた場所は兵員食堂のような場所だった。
テーブルが八つ、金属製の皿に見たことのない魚のフライにサラダ、スープが添えてあったが、肝心の兵士がひとりもいなかった。
だが、スープはまだ湯気が上がっている。
ついさっきまで、ここに兵士たちがいて、シップの突入で一時的に避難したのだとしたら、このまま前進すれば、挟み撃ちを食らうことになりかねない。
メアリー・セレストかもしれないな、とオーナーがつぶやく。
また生存率三十パーセント以下の危険な集票組織のことかと思ったが、違った。
メアリー・セレストは船の名前だった。
オーナーのいた世界で、オーナーどころかオーナーの祖父母も生まれていないほど古い時代、一隻の船が漂流しているところを見つけたのだが、なかには誰もいない。
食堂には目玉焼き、焼いたベーコンが供されていて、紅茶はさっき淹れられたばかりのように湯気を上げ、熱い。洗面所では先ほどまでひげを剃っていたらしい痕跡がある。
だが、乗組員がいないのだ。
救命ボートもふたつとも舷側につけられたままだ。
船長が管理する航海日誌の最後には『我が妻マリーが』と書いたところで途切れている。
まるで人間が突然一度に消失してしまったような、何か人智を越える出来事があったのではないかという話であったが、これは実は作り話で、確かに乗組員がいなくなっていたのは事実だが、救命ボートはなくなっていたし、船倉にはだいたい一メートルくらいの水が溜まっていた。
そして、この事件が知らされると、勝手にいろいろな尾ひれをつけられて、面白半分に怪談ができあがったわけだ。
「オーナー!」
「ん?」
「ここから先はおれとイースで偵察する。オーナーたちはいったんそこで待ち、敵がおれたちの後ろから襲いかかりそうになったら対処してほしい」
「わかった。気をつけていけよ」
「おい。どうしておれがお前と行くことが勝手に決まっているんだ?」
「腕を信頼した。だが、嫌なら来なくてもいい」
「ふん」
そう言いながら、ついてきてくれるのがイースのいいところだ。
それにしてもこのメガリスは本当にメアリー・セレスト号になってしまったのか?
乗組みはおろか、あの嫌な色をした肉塊の魔物もあらわれない。
「罠かもしれない」
「何だって?」
「静かすぎる」
「……」
結局、操縦席のある大きな部屋までたどり着いた。
そして――、
「ようこそ。異星人たち」
ざらついた声。おそらく主教と思われる男が祭壇のある台にいる。
禍々しい気配。まるで子どもみたいに小さな男だが、そのなかの邪悪はこれまで倒してきた四天王のうち、もっともひどい。
「欲しいのはこれだろう?」
そう言いながら、主教は祭壇の上に横たわる〈剣〉を手に取る。
「だが、きみたち異星人がこれを手に入れて、いったい何の役に立つのだね?」
「役に立てようとは思っていない。ただの嫌がらせだ」
主教が笑う。咳き込むような死人のように。
「では、これからすることも、わたしからのちょっとした嫌がらせということになる」
殺気を感じて、咄嗟に後ろに飛ぶと、間一髪で巨大な鉄の人形が着地した。
その機械仕掛けの大きな人型、その巨大な頭にホースがつながったマスクをつけた人間の頭が見える。
ルハミ。〈風の星〉で死んだと思っていたが。
「ルハミくん。いろいろ積もる話もあるでしょう。どうぞ存分に」
〈剣〉を携えた主教の姿が煙のように消える。
イースが咄嗟にナイフを放ったが、それは鉄の手のひらで跳ね返された。
「お前たちの相手はこのおれだ。貴様らのせいで肉体を失ったが、こうして主教が新しい体をくれたのだ。お前らを生きたまま引きちぎってやる」
「ふん。暗殺者のなり損ないが巨大なでく人形に変わったくらいで本物の暗殺者に敵うと思っているのか? 殺す前にその甘い考えを叩きなおしてやる」
イースが跳躍し、ルハミに襲いかかった。




