第五十四話 ラケッティア、自殺と他殺と天寿まっとうの違い。
秘密のトンネルを抜けると、泥の底に乱立する巨竜の骨が失敗した公共事業みたいなグロテスクさで散らばった海が待っていた。
生き物のいない死んだ海は静寂で、あの激流の壁ですら、内側から見れば静かなものだ。
なるほど、これはローンシャークが死体を隠したがるわけだ。
ここにぶち込めば、完全犯罪もワンチャンありだ。
ちなみにおれは完全犯罪というものは個人的にはアリだと思ってる。
コナンや金田一少年に出てくる犯罪者どもがやるべきは凝ったトリックを考えるのではなく、警官をビンタする札束を用意すべきだったのだ。
目暮警部や剣持警部も一億積めば、ひょっとすると、ひょっとするかもよ?
というか、金田一少年はそうでもないけど、コナンは結構ガバガバだった気がする。
拳銃自殺に見せかけて元恋人を殺した警官が犯人である証拠として、コナンくんがあげた証拠のひとつが、被害者が頭ぶち抜かれて死んでいるところを見つけたとき、その警官が真っ先に「警察を呼べ!」と言ったが、それは被害者がすでに死んでいることを知っていた、犯人じゃなかったら「救急車を呼べ!」と言うからだというものだったと記憶してるけど、頭ぶち抜いて壁に脳みそぶちまけた死体を見つけたら、十人が十人「救急車を呼べ!」って言います?
おれが裁判官だとして、検察官がこれを決定的な証拠ですとして自信満々に提出したら、休暇取れって言うよ、まともな判断ができるようになるまで帰ってくんな、って。
そもそも、その犯人、被害者をだいぶ距離のあるところから頭を撃ったらしい。
そうしたら、銃弾が開けた穴のまわりに火薬の燃えカスがまったくつかないから、それだけで他殺認定される。警官の犯人がこれ、知ってないわけないんだけどなあ。
それにたとえ火薬の燃えカスがつくくらいの近距離で撃ったとして、警察は銃を分解して、全部指紋を調べる。
それで被害者の指紋が薬莢や弾倉に一切ついていなかったら、誰かが死後に握らせたとして、やっぱり他殺扱いになる。
誰かを自殺に見せかけて殺したいなら、トルヒーヨ政権下のドミニカの警官がやった共産主義者消すときにやった方法が一番よ。
つまり、崖から突き落す。
まあ、トルヒーヨは1936年にハイチ人出稼ぎ労働者何人殺せるかなゲームで三万人のハイスコアを叩きだしているから、そもそも警察がどうたらこうたらではない。
とまあ、つまり誰かを自殺に見せかけて殺すってのは難しいのですよ。
アサシンガールズに暗殺請負を自由化させたけど、誰かを自殺に見せかけて消したら、すごいドヤ顔して、おれのまわりをうろうろするよ。
なにかいいことあったの?ってきくまで。
まあ、おれもすぐにはきかない。
そのドヤ顔でうろうろちょろちょろしてるのがかわいいから。
ちなみにいまおれのまわりにウロチョロしているものはかわいくない。
いや、ギル・ローがウロチョロしてるんですよ。
あれから、こいつもいろいろ食べましてね。
頭に電撃を放てるアンコウの疑似餌みたいな突起が生えたり、アダマンタイトでつくったみたいな鱗をゲットしたり、耳じゃきこえないが血潮がききとれる類の血液を走らせたり、時速八十キロを出せる尾びれをつけたりと、いろいろしました。
全長も三メートルです。ちょっとしたサメなら食えます。
錬金術士がアタマおかしくなって、辞表書いて人間やめる話はきくけど、身内がこうなるとはねえ。
ああ、ちなみにカルリエドは相変わらずカメのまんまだよ。
怪しげな海藻を結構食べてるけど変化がない。
ウミガメというのは人間が知らないだけで、生き物の最終進化形態なのかもしれない。
つまり、人間というものは進化の途上にあり、目指すべきところは胴体を甲羅にして手足をヒレにしたような生き方なのかもしれない。
おいら、ラケッティアだからよく分かんねえや!
さて、〈海竜の墓場〉はどうやら昔、陸上生活していた人びとの都が沈没した上に築かれたらしい。
泥から突き出ているのは骨ばかりではなく、建物の大きな屋根や墜落した飛行艇、デパートとかにある屋上庭園みたいなものが誰かにサルベージされて博物館に飾られるという一縷の望みに全てを賭けているのがちらほら見えたからだ。
「ヘイ、シップ。ここにもフレイア文明は都市を持ってたのかな?」
「そのようですね。有機原料の膜で海底都市を覆っていたようです」
「その有機膜。食べたら、どんな進化する?」
「あ、見てください。大きな墓碑のようなものがありますよ」
哀れな進化マニアの言うことは華麗にスルー。
シップもおれたちと旅をしていくうちにいろいろなスキルに目覚めていく。
進化するAIなわけだ。スマホのCMみたいだな。
墓碑、に見えたものは高さ五十メートル以上の灰色の海草をはべらせた高層ビルディングだった。
その名も〈水の星救済センター〉。
また救済センターか。
そして救済できていないところまでセットだ。
大きなエントランスとがらんとしたアトリウム。
白い埃みたいな謎の靄がかかっていて、その中心を頑丈なエレベーターシャフトが貫いている。
そのなかを泳いで昇っていく。自分が出した泡より先に上に泳ぐと肺が爆発するってきいたことがあるから、そのへん気をつける。
さて、エレベーターシャフトを昇っているそのあいだ、いろいろな福利厚生を見た。社員食堂やコンピューター・ルームやジムや映画館と巨大な流れるプールなど、水の星救済センターは実に手厚い。
やはり星ひとつ救うとなれば、その職員はエリートぞろいだということだ。
ブラックとかサービス残業とか社内ニートなんてのとは無縁のアットホームな職場です。
エリートで思い出した。
この世界に飛ばされる前、FBIのサイトから中途採用を見たが、必要なスキルが英語はもちろん、中国語を完全にマスターしていて、ついでに会計士の資格も必要と書いてあった。
おそらく中国絡みのマネーロンダリングを追いたいのだろう。
百回生まれ変わってもFBIには入れそうにない。
別にいいや。おれ、マフィアだし。
そういえば、FBIがマフィアとズブズブになった事件もあった。
ジョニー・デップが主演の「ブラック・スキャンダル」という映画があった。
簡単に言うと、80年代、ボストンのアイルランド系ギャングがFBIにイタリア系マフィアの情報を流して、ライバルを潰していくのだが、だんだんそれが癒着に変わっていき、最終的にはFBI史上最悪の汚職事件になってしまったという話。
ジョニー・デップが演じたのはサウスボストンを縄張りとするウィンターヒル・ギャングのボス、ジェイムズ・〈ホワイティ〉・バルジャー。
彼にはジョン・コノリーという幼馴染のFBI捜査官がいた。
コノリーは出世したくて、イタリア系マフィアを追いかけていたのだが、なかなか尻尾がつかめなかった。
当時、サウスボストンを含むニュー・イングランドのボスはレイモンド・パトリアルカ・ジュニアだった。
このジュニアはレイモンド・シニアからボスの座を継承しただけで能力は高くなく、実質的にファミリーを仕切るのは長年アンダーボスをしてきた切れ者のジェンナーロ・アンジュロだった。
コノリーはアンジュロを追っていたが、どこに隠れ家を持っているのかどうしても分からず、幼馴染のバルジャーにFBIの情報提供者にならないかと進める。
バルジャーは「おれにイヌになれってのかよ?」と一度は断ったが、コノリーは「地元のサウスボストンからイタ公を追い出すだけだ。密告じゃない。これは協定だよ。おれとお前のな」と丸め込んだ。
結局、バルジャーはアンジュロの隠れ家を教え、その他の活動も密告。
FBIは盗聴を開始し、アンジュロが様々な違法行為を命じる声をゲットした。
高利貸し、違法賭博、脅迫、そして殺人について命令しているのが全部テープに取られ、アンジュロは懲役四十五年、死ぬまで刑務所が決定した。
それからもバルジャーとコノリーの協定は続いたが、バルジャーは高価なプレゼントをたくさんしてコノリーを賄賂漬けにしてしまった。
利用するつもりが気づけば逆に利用されていた。
コノリーとバルジャーの協定では殺人と麻薬は許さないことになっていたが、バルジャーは麻薬取引したし、平気で殺人もした。
結構な数の殺人があったのだが、そのなかにはカタギのビジネスマンや密告を疑われた若い愛人なども含まれていた。
それをコノリーは知っていたのに何の対策も取らなかった。
いや、それ以上のことをしてしまった。
1981年、バルジャーはジョン・B・キャラハンという男と一緒にフロリダでハイアライという壁打ちテニスの一種のスポーツ協会「ワールド・ハイアライ」に食い込んでいた。
具体的に言うと、このワールド・ハイアライが経営する駐車場部門の商売から週に一万ドル抜いていた。インチキ領収書やら何やらを使ってだ。
ところが、カタギのビジネスマンであるロジャー・ウィーラーがワールド・ハイアライを買収。
会計監査を行おうとした。
すると、バルジャーとキャラハンの不正なピンハネがバレてしまう。
ふたりはワールド・ハイアライの警備責任者で元FBIのH・ポール・リコを抱き込み、オクラホマ州のゴルフ場の駐車場でウィーラーを射殺した。
このリコとバルジャーを結びつけたのが、現役のFBI捜査官ジョン・コノリーだった。
しかもこれだけでは終わらない。
このウィーラー殺害の捜査が翌年進み始め、殺人の共犯になったジョン・B・キャラハンはFBIの情報提供者になろうと考え始めた。
バルジャーはどんな強いコネがあるのか知らないが、邪魔者をバシバシ殺しまくるので、キャラハンは次は自分の番ではないかと不安になったのだ。
そして、FBIと接触したのだが、まさかバルジャーの持っていた強力なコネがFBIだったとは思わなかった。
ウィーラー殺害にはコノリー捜査官も関与していたから、コノリーは慌ててバルジャーにキャラハンがFBIに密告しようとしていることを教えた。
それから間もなくして頭を撃たれたキャラハンの死体がマイアミ国際空港の駐車場に止まっていたキャデラックのトランクから見つかった。
初めはコノリーがバルジャーの手綱を握っているはずだったのが、累計二十三万五千ドルの贈り物を受け取り、犯罪にも一枚噛むうちに、いつの間にかバルジャーがコノリーを支配していた。
バルジャーはこうしてFBI公認のボストン最大のギャングになったのだ。
だが、95年、ついにこの不正がばれ、コノリーとバルジャーは逮捕された。
コノリーはウィーラーとキャラハンの二件の殺人で禁固四十年。
ところが、バルジャーは逃走し、しばらくのあいだ『FBI最重要指名手配犯リスト』のトップ・テンに飾られ続けることになる。賞金は三百万ドル。オサマ・ビン・ラディンの二千五百万ドルに次いで二位である。
バルジャーが逃走したときは六十六歳。
その年齢で遠くまで逃げられるとは思わなかったので、マフィアに報復で消されたんじゃないのかという話もあったが、2011年、バルジャーは見つかって逮捕された。
八十二歳である。
八十二歳でFBIの指名手配逃げ回るってすごくね?
こんなやつ、きいたことないよ。
バルジャーはいろいろ規格外な犯罪者だった。
FBIに前代未聞のスキャンダルをもたらし、イタリア系マフィアの駆逐に成功した唯一のアイルランド系ギャングであり、七十歳以上の高齢でアメリカじゅうを警察やFBIから逃げまくった。
恐喝、違法な資金洗浄、麻薬、そして複数の殺人で終身刑二回食らって死ぬまで刑務所暮らしが決まったのだが、その最期も規格外だった。
2018年10月30日、バルジャーはウェスト・ヴァージニア州のヘイゼルトン連邦刑務所で死んでいるところを発見された。享年、八十九歳。
刑務所はバルジャーの死がどんな状況だったのか、口を濁した。ヘイゼルトン刑務所ではこの四十日間に二件の殺人が発生していたので、三件目を認めたくなくて、情報を出し惜しみにしていると言われた。
発見時のバルジャーの状況がだんだん分かってきた。
バルジャーは車椅子に乗ったまま、目玉を抉られ、舌を切り取られ、全身をめちゃくちゃに殴られて死んでいた。
コナンくんはこんなバルジャーを見つけて、「警察を呼べ!」と口走ったやつがいたら、お前が犯人だって言うのだろうか?
しかし、ひどい。
筋金入りの冷酷なギャングとはいえ、八十九歳である。
人びとの頭に浮かんだのはやはりマフィアの復讐である。
あいつら、二十一世紀になって弱体化したとか言うけど、やっぱり殺るときは殺るんだな、とみんなが想像し、そして、下手人が捕まったのだが、それがジェノヴェーゼ・ファミリーの雇われ殺し屋だったフレディ・ゲアズだった。
おお、やっぱりマフィアだったかと思ったが、ちょっと状況が違った。
ゲアズはジェノヴェーゼ・ファミリーの幹部を殺害して、終身刑を食らっていた。
もともとその幹部殺しはボス代理のアーサー・ニグロから出された命令だったのだが、その伝達役でファミリーとゲアズをつないでいた連絡役がFBIに寝返って、ゲアズを売ったのだ。
FBIはゲアズにお前も情報提供者になれよ、ボス代理のアーサー・ニグロを売れよと取引を持ちかけたが、ゲアズは怒り狂って断った。
「おれは密告者が大嫌えなんだよ!」
そんなゲアズの収監されているヘイゼルトン刑務所に移送されてきたのが、バルジャーだった。
彼の大嫌えな密告者である。
それにゲアズは口々に言っていた。
「女を殺すなんて最低だ」
「落ち着けよ、ゲアズ。バルジャーがあんたに何かしたってわけじゃないだろ?」
「あいつは女を殺したし、FBIの密告者だ」
「もう八十九のじいさんだよ」
「あのな、八十九だろうが九十九だろうが、タレコミ屋はタレコミ屋で女殺しは女殺しだ。魂が腐ってるんだよ。だから、ぶち殺してやる」
「そんな価値あるか?」
「損得の問題じゃねえ。おれは終身刑を食らってる。二度とシャバには出られん。つまり、そういうことだ」
こうしてバルジャーは法が下せなかった裁きを元マフィアの殺し屋から受けることになる。
八十九歳の老人をなぶり殺しにしたというのはいただけないが、バルジャーは自身の手で二十人以上殺している。そのなかには二十歳の女性もいた。
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抑制された演出の良作クライム・ムービーです。
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福利厚生のザッハトルテの上、屋上庭園には珊瑚が咲き乱れていた。
ガラスみたいなものが屋上を覆っていて、まわりの海で支配的な死の雰囲気は見事に押しのけられていた。
水の星の守護神は珊瑚の小道の奥にある太陽の光が降り注ぎ、波の模様がゆらめく素晴らしいロケーションに埋葬されていた。
白い塩みたいな長方形の墓碑には『ココニワレラガ星ノ守護神ヲ葬リタリ カノ神ハ新タナ魚体ヲ求メ樹人ニダマサレ命ヲ落トシタ フサワシイ魚体ガ墓碑ヲ訪レルソノトキマデ黄泉ニテ眠ル カノ神ヲ求メントスルモノハ魚体ヲ捧ゲヨ』とあった。
「だってさ、ギル・ロー。やっぱりあの樹人、マッドサイエンティストだったんだな。この星の連中があの樹人を潰さないのが不思議なくらい――ギル・ロー?」
「フ」
「あのー」
「フハハハハハ! やっと新たな体を手に入れたぞ! ふむ、なかなかの進化だ。気に入った!」
「あーあ。乗っ取られちゃった」




