第三十五話 ラケッティア、ムショにぶちこまれる。
あぶねーっ!
あと少し遅れてたら、ツィーヌ、ヤバかった。
てゆうか、ツィーヌはなんでこのジジイをぶち殺さないんだろ? そのくらい軽いと思うけど……。
「何か飲みますかな?」
「炭酸水があれば、それを」
監獄長官のお楽しみ部屋。
人払いを頼んで、ツィーヌを外に逃がす。
監獄長官がおれの手に炭酸水を入れたグラスを渡し、自分にはブランデーを注ぐ。
「それで――金貨千枚分の商談とのことですが」
金貨千枚ともなれば、言葉遣いも丁寧になるんだな。
おれのことは帝国軍に知れ渡ってるし、このじいさんだって帝国の禄を食んでるんだから、おれのことはさっさとぶち殺して、首を本国に送るべきなのだが、そうしない。
死んだクルスに値段はつかない。
皇帝直筆の感状くらいはもらえるかもしれないが、それを質屋に持ち込んでも金貨一枚にすらならないだろう。
このじじいの考えてることは分かる。
この数週間でリッジソン内海の関税役人と海軍士官は密輸の賄賂でぼろ儲けしている。
このじじいが監獄の特権階級たる〈商会〉たちに便宜を図って得られる一年分の報酬を軍艦艦長クラスのやつが一か月で稼いでいるのだ。
それを海のど真ん中で指くわえて見ていた。
大間のマグロ漁師が大トロをほとんど食ったことがないのと同じだ。
利益は全部目の前を素通りしていく。
その大間の本マグロたるおれっちが直々にやってきた。
金貨千枚のおまけつきで。
そりゃあ、対応も丁寧になるだろう。
ひょっとすると、ツィーヌのことを指して、この少女を味見してみませんかくらいのことは言うだろう。
もし言ったら、アレンカと腕相撲して負けたこの手でぶち殺してるところだが。
「商談というのは他でもない。滞在費だ」
「滞在費?」
おれは外套の内側からホイールロック・ピストルを取り出した。
目を白黒させる監獄長官にそれを投げ渡す。
「銃の不正所持でここに入れてもらいたい」
牛がステーキにしてくれ、と言いながらやってきたとしても、ここまで分からんちんな顔はしないだろう。
それぐらい監獄長官殿は愉快な顔をしてくれた。
さあ、愉快なプリズン・ライフの始まりだ!




