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シナジー  作者: 鵜野 花
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番外編・来る者拒まず去るもの追わず ③

掌の中にある一枚の真っ白な封筒。

量産タイプのどこにでもある封筒じゃない。肌に当たる感触から、それが高めのものであることは否が応でも感じてきてしまう。


「高野先生からお前宛」

「・・・・何ですか?これ」

「今度の本がベストセラーになったんでお祝いするんだと。で、お前にも来て欲しいんだって」


切手がない、ところを見ると編集部に直接持ち込まれたのか。

・・・・誰が?


「高野先生、編集部来たんですか?」

「うん。先週ね。お前がフリーになったって知らなかったんだって?がっかりしてたぞ」

「あ・・・。先生、もうすっかり有名先生ですしね。気軽に末端ライターが連絡するような人じゃないかと思って」


俺が入社して間もなくの頃、フリーでよく出入りしていたのが高野先生だった。

年は俺より少し上。独特なリサーチ能力と文章力が悔しいけど巧みで、だから密かにライバル視して

いたのだ。

暫くして姿が見えないと気付いた時には、本を出版するようになっていた。

最初はルポタージュ、ノンフィクション。次第に小説まで出版するようになっていた。


「そういうこと言うと先生泣くぞ~」

「高野先生、元気ですか?」

「そりゃあなぁ。元気だよ。今やベストセラー作家様だし。でも性格は前と全然変わらず気さく。不思議な人だよ・・・」


(そうか・・・)


途端、はにかむように笑う高野先生の顔が浮かんできた。

あの先生はいつだって、どんな時でも笑っているような人だった。

あの笑顔を見ていると、腹の底から湧きあがる黒い心がいつのまにか消えてしまうのだ。

その仕事ぶり以上に、周りを優しい空気で包むその人柄が、男として、人として、尊敬せざるを得ない人だった。


「と言うわけで、パーティーの招待状だ。行ってやれよ」

「え?」

「本当はお前に社の代表で出てもらおうと思ったんだけどね。俺が代わりに代表だ」

「・・・・・・」


パーティーか・・・。

そういう華のある場は正直苦手だ。出来れば辞退させていただきたいのだが、いかんせん尊敬する、あの高野先生だ。久しぶりに会えるのが嬉しい限りなのだが・・・。


「石渡さん・・・」

「ん?」

「こういう場って何着て行けばいいんですかね・・・・?」



◆◆◆



(まぶしい・・・)


ヤバイ。

こんなに華のある場だとは言ってなかったじゃないか!


「石渡さん・・・」

「ん?」

「何でこんなに派手なんですか・・・」

「はぁ?」


テレビで見知った評論家。あそこにいるのは全国的に有名なタレント。

おまけに大御所ベストセラー作家までいるし・・・。


「お前、本当にこういう場嫌いなんだなぁ。意外だよ・・・」

「嫌いって言うか。派手なのが苦手なだけです」

「それそれ。好きそうに見えるんだよ。パーティーとか」

「勘弁してくださいよ。両親がよくパーティーだ何だとふざけたイベントばっかりしてたせいで苦手なんです」


あの変わり者の両親が普段、知人・友人を家に招く事はないのだが、たまにフランスから遊びに来た知人を家に招き寄せると、途端よく分からない修羅場と化して、子供心に恐怖で満たされてくるのだ。

同じく言葉が分からないはずの姉は、どういうわけかウマが合うらしく、一緒になってのたうち回っていた。


「まぁ、そんな過敏になる必要ねぇよ。挨拶して社交辞令言って、飲んで、食って。酔わなければ、別に仕事だと思えばさ」

「・・・・そうですか」


(そうだな。仕事だと思えばいいか・・・)


「――あ。佐藤さんいるじゃん。俺、挨拶してくるよ。ま、適当にしてろよ」

「はぁ・・・・」


高野先生は・・・、さすがにまだギャラリーが多くて近づけない。


(適当にうろうろしてるか・・・)


酒は、―止めておこう。せめて何か飲んでるフリでも・・・。

と、手にしたのはウーロン茶。これで何とか場をしのげるか。

途端、肘に何かが当たってしまった。


「――すみません」

「いえ。私こそすみません・・・」


華やかな場に相応しい香り、が鼻をくすぐった。人を惹きつける、いや、男なら迷わず惹きつけられる、そんな香りだ。

好きな香り―、とは程遠かったが彼女の雰囲気に不思議と似合っていた。

お互い軽く会釈をすると背を向け合った。








「中林さん!」


俺の名をそうはっきりと呼ぶ懐かしい声。

温かく、人柄を表す優しい声だ。


「高野先生!」

「久しぶりです。フリーになったんだったら教えてくださいよ。俺知らなくて慌てたじゃないですか」

「いや~。もう雲の上の人過ぎて畏れ多いと言うか・・・」

「そういうの!止めてくださいよ。俺は俺です。って言うか、中林さんってば、随分見ない間に恰好よくなっちゃって・・・」


相変わらず口が上手いですね、そう返せば笑顔が返ってくる。

やはり高野先生は以前と変わらなかった。


「あ、そうだ。2年前にご結婚されたそうで、おめでとうございます」

「ありがとうございます」


はにかむように照れ笑いする姿は俺より年上とは思えない程だ。

こういう所が男女問わず好かれるのだろう―・・・。


「高野先生。ここにいらしてたんですか」

「――あ、横井さん・・・」


後ろから掛かる声に無意識に横にズレる。こうすれば高野先生と向き合えるだろう、そう思いながら・・・・。

先生と、呼ぶからには仕事上の関係者なのだろう。

淡い色のパンプス、と、ふわっと漂う香りに思わず顔を上げそうになった。


(あれ・・?)


この香り・・、どこかで、そう。

好奇心に勝てず、さりげなく視線だけをさ迷わせた。


(・・・さっき、ぶつかってしまった人だったか)


「そろそろご挨拶をお願いしようかと思ってたんです」

「えー。やっぱり駄目なのかな、しないと」

「当然ですよ。何度もお願い申し上げてるじゃないですか」


(出版社の人だったのか)


「――あ・・・」


笑顔で卒なくこなしてはいるが、その目は笑っていなくて。キリっとした切れ長の視線が俺に向けられると、途端会話を止めてしまった。


「先程は失礼致しました・・・」

「いえ。こちらこそ失礼致しました」

「え?何だ、二人とも知り合いだったの?」


無理な提案をねじ込められるとでも思っているのか、高野先生は嬉しそうに弾けるような笑顔を見せ始めた。


「知り合いって程では。先程、少しぶつかってしまって・・・」

「そうだったのー。あ、横井さん。ちなみにこの人がいつも言ってる中林さんだよ」

「・・・・まぁ、そうでしたか・・・」


(・・・・・ん?)


途端、よそよそしかった視線が好奇なものへと変わる。

まるで獲物を狙うような目つきだ。


「先生、もう時間ありませんから行きますよ」

「わー・・・」


何かの余韻でも残すかのような意味ありげな流し目を感じたかと思うと、女性はいつのまにか高野先生を引っ張るように連れ去ってしまった・・・・・。










(くそー。石渡さん、帰りやがったよ!)


時間を持て余しながら、石渡さんの姿を探せど見つからず。しまいには先に帰る、と素っ気無く通知するメール音。

俺も帰りたいのは山々だが、高野先生とロクに話もせず帰宅の途につくのが嫌だった。


あの・・・、携帯の画面を睨みつつ掛けられる声。


「あの・・・、中林さん・・・?」

「――え?あ、はい」


雑音にまみれながらそうはっきり名を呼ばれれば無意識に顔を上げざるを得なくて。視線を上げた先には、先程見知った女性の顔―・・・。


「今、お声掛けても迷惑じゃありませんか・・?」

「いえ、大丈夫ですよ。失礼致しました。少しぼんやりしてしまったみたいで・・・」

「大丈夫ですか?お水、お持ちしましょうか?」


意外、だった。

自信に満ち溢れた少し負けん気の強そうな眼差しと、整った顔立ち。ゆえに男側から一言言わざるを得ない振る舞い。

にも関わらず、人を数秒で惹きつけるような声音で心配する素振りを見せたのだから。


「・・・いえ。そうじゃないんですよ。こういう場が少々苦手でして・・・」

「そうだったんですか・・・。―失礼致しました。私、啓明出版の横井と申します」


横井玲花、あの華やかな香りともに記された名刺にはそう記載されている。

名前も香りも華やかなんだな・・・、そう心の端で冷静に捉えながら自分も彼女に名刺を差し出す。


「中林さんはいつからフリーになられてたんですか?てっきりまだ・・・」

「高野先生からお聞きになられてたんですか?何だか恥ずかしいですね。お伝え出来る様な大層な人間でもないのに・・・」

「そんな、ご謙遜を・・・。高野先生、仰ってましたよ。赤貧時代、中林さんにはお世話になってたって。それに・・・」


一瞬の間が俺を引きつけた。

この人は良くも悪くも天賦の才がある。人を引きつける才能が。


「中林さんの文才が凄く羨ましくもあって尊敬してたって。勝手にライバル視してたって仰ってましたよ」

「っ。まさか、そんな・・・・」


面食らった。本当に。

あの高野先生がまさか、そんな事を、と。


「多少悔しさがあるから、ご本人には直接言えないんだと思いますよ・・・・」

「・・・・・そうだったんですか」


(・・・・・・・)


流れるように続く褒め言葉が耳をくすぐる。それに心地良い。

でも一方で小さな疑問も頭をもたげるのだ。単なる勘違いなのか。

――まるで何かあったのだと。彼女との間に・・・


「・・・横井さんは高野先生の担当でいらっしゃるんですか?」

「ええ、そうなんです。昔話の中で中林さんの事をよく仰ってたので、何だかあまり遠くに感じなくて、いつかお会いしたいと思ってました。だから、まさか本当にお会い出来るなんて・・・」

「そんな、恥ずかしいですね。がっかりさせたんじゃないんですか・・・?」


単なる社交辞令の返答のつもり、だった。

時折見せてくる彼女の視線が妖艶とでも言うのか、俺を惑わし、堕ちそうになる。それはさながら、獲物を狙うハンターのようで・・・。

草食動物だったら、きっとこんな気分なんだろう。だから後ろからこう聞こえるような気がした。

逃げろ、と―・・・。


「まさか!お会いできて光栄です。それに・・・」


でも一方でこうも思うのだ。

男として悪い気はしないな、と・・・・・。


「想像以上に素敵でした」

「横井さん、口が上手いですね。褒め上手でいらっしゃる」


憂うような、それでいて悲しげな顔。

華やかな顔立ちには、それすら魅力的に見えてきて一瞬見惚れそうになる。

これも彼女なりの"技"なんだろうか。


「私、むやみやたらにそんなこと言うわけではないんですよ?」

「嫌な気分にさせたのなら謝ります。すみません・・・」

「違うんです。そうじゃなくて」


数秒視線を彷徨わせた後、床にゆっくり落とす。躊躇いながらも再度、ゆっくり俺に視線を戻してきた。

はっきりと主張するように・・・。


「あのっ。今度、食事に行きませんか?」


恥じらいと強気と、その根底にあるのは彼女なりの自信と経験の賜物なのだろう。ここまで堂々としていると、かえって清々しさえ感じてくるほどだった。

でも何故か思ったのだ。

――この流れに乗るのも悪くないかな・・・・。

この先に待ち受けているであろう事や、それまでの過程とか、頭をもたげる疑問とか、何だかどうでもいいんだと思えてくる。


「ええ。いいですよ・・・・」


彼女の笑っているようで笑ってない瞳を見て感じ取った。

ああ、俺と同じなんだな、と・・・。





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