chapter18 ③
「わ、私は・・・、えっと、優しい人?」
首を傾けつつ出てきた答えは疑問形。
「・・何で疑問形なの」
「だって、ありきたりだとか思われそうで」
「ぶはっ!」
その瞬間、盛大に笑う声。
石渡さんが大笑いをしていた。
「ははは。すげぇ・・・」
可笑しそうに、楽しそうに。
「・・・何ですか、いきなり」
怪訝そうに尋ねた彼を制止するように、石渡さんは手をあげる。
それでもまだ笑いが堪えきれないようだ。
「いや、何だかさー、高校生みたいでさー。ほのぼのしちゃったわ」
「見世物じゃないんですから、いい加減にしてくださいよ」
「はは、悪ぃ。・・・く、なんかさー、そこまでいちゃいちゃされると、かえって清々しいわ!」
(わ・・、は、恥ずかしい・・・)
そ、それなら笑われても仕方ない・・・。
・・・・・・。
という事は、えっと石渡さんわざとなの、かな。まさか、ね。
「仲がいいってのはいい事だよ、うんうん」
そこには本気なのか冗談なのか、意図を汲み取れない程に豪快に楽しそうに笑う石渡さんがいる。
「あのですね。俺だけならまだしも、衣里まで巻き込まないでくださいよ」
「わ、私は大丈夫」
語気は荒いけど、彼と石渡さんは冗談の延長戦で罵り合ってるだけ、というのは分かってはいたけど、つい口を挟んでしまった。
「まぁ、安心したよ」
(・・・安心?)
「この人さー、身内気取りなんだよ。俺の事、こうやって根掘り葉掘り聞いてくんのが好きなんだよね」
「心外だなー。心配してんだって言えないのかね?」
「そういうところが身内気取りなんです」
「あ、つまりね・・」
石渡さんは私と目を合わせて来た。
「和哉君がね、松本さんの事、滅茶苦茶愛しちゃってんのが分かって安心したって意味ね!」
「あ、え・・・」
「ちょ。何言っちゃってんすか、このオヤジは!」
(うわー、うわー・・・・)
全身が茹で上がってしまうんじゃないかと思うぐらい熱くなってきた。
「・・・石渡さん、その辺でストップ。衣里が固まって動けないみたいだから」
「あ、そうなの?ごめんね。・・・っていうか、和哉君もぎこちないよ。大丈夫?」
「石渡さんの錯覚です!」
「へー・・・。あ、そう」
固まって動けない私を尻目に彼らは楽しそう、に見える・・。
石渡さんは終始ニヤニヤしていて、彼は何だか照れてるように見えるし。
そう。
――彼が照れている・・・・。
何だか嬉しくなってくる。
「お前がさ、こんなに甘々な感じになるとは思いもよらなかったよ」
「それを、あなたが言いますかね?」
「・・・は?」
「石渡さんも、奥さんの前じゃ相当じゃないですか。目に余るぐらい・・・」
彼は今の状況を誤魔化すようにグラスに口をつけている。
「俺ってそんなに嫁さんの前でそうなの?」
「・・・・・やっぱり自覚ないんですね」
彼はため息をつきながらグラスをテーブルに置いた。
「この人さ、奥さんの前で相当にデレデレなの。なのに当の本人気づいてないんだよね」
「そ、そうなの?」
「いいじゃねぇか、別に。仲の悪さを見せるよりは」
「・・・ま、それ言われたら何も言い返せないんですけどね」
・・・・、経験値が少ない私が彼らに何かを言える立場でない事は分かっている。
でも彼が私を思ってくれている事は素直に嬉しいと感じる。だからきっとそれは石渡さんにも同じなのかも。
そう思うと、うずうずしてきた。心が・・・。
「あ、あの、いいと思います・・」
「え?」
「私の事は置いておいて、男性が女性に対して、そういう態度で示すの、いいと思います・・」
とは言うものの、そういう私自身が言いながら照れていてどうしようもないんだけど。
――つまり、言い換えれば、私も嬉しいと宣言しているようなものだから・・・。
「だよね。ほらっ、聞いた?和哉君!」
「・・・・・・・」
「やっぱ俺は間違ってないよね~」
彼の肩に手を置きながら、石渡さんは誇らしげだ。
彼は、というと、苦い顔・・・。
「はぁ、衣里・・」
「な、なに?」
「あんまり、このオヤジをつけ上がらせないで。こうやってドンドン調子に乗ってくるから・・」
「おい、お前は何てこと言うんだよー」
笑みが零れた。
この二人の間の空気が心地よかったから・・。
「あ、そうだ」
石渡さんは胸ポケットから財布を取り出すと、そのまま私へ白い紙を差し出した。
「コイツの事で何か聞きたいこととか困ったことあったら、いつでも電話して」
石渡さんの名刺、だった。
「平日はほぼオフィスにしかいないから」
「・・・・ありがとうございます」
バッグの中から手帳を取り出し、石渡さんの名刺を挟んでいると、「聞き捨てならない言い方だなぁ・・」と、彼が苦笑いしながらグラスに口をつけていた。
「俺は松本さんの味方だから。彼女に何かあったら君の事許さないし」
「・・・・石渡さんの場合は、冗談に聞こえないんですよ」
「当たり前だ。中林の大事な人だからな」
「・・・・・・」
何だか間に入っていけないぐらい固まってしまうんだけど・・・。
石渡さんって本当、真っ直ぐというか、欲しい言葉を堂々と言う人だよね。
「あのね。二人して無言で固まらないでくれる?」
「あ~、衣里、そろそろワイン飲む?」
何ともいえない空気を打ち消すように、彼が口を開いた。
「いらっしゃいませ。本日はご来店ありがとうございます」
「おお。何だよ、びっくりするじゃないか」
ノックの音とともに部屋へ入ってきた男性。石渡さんは立ち上がると、白い服に身を包んだ男性の肩を小突き始める。
「あ、コイツがさっき言った友達でここのオーナーシェフの市川だよ」
「いつもありがとうございます。・・・宜しければこのワイン、店からの奢りです」
「うわ、いつも以上に、よそよそしいな」
「石渡はいつもくだけ過ぎなの!」
つくづく思う。石渡さんって本当に裏表がない人だなぁって。
きっとどんな人でも仲良くなれるし、良い関係が築けていけるんだろうなぁ。
だから、彼も信頼しているんだって凄くよく分かる。
「・・・って、あれ?もしかして、中林さん、でいらっしゃいますか?」
「ええ」
「わ、その節は大変お世話になりました」
「――え?何、お前ら知り合いだったの?」
オーナーシェフと呼ばれた市川さんはテーブルの上にワインを置いた。
「今、掲載されてる俺の店の記事、中林さんに書いてもらったんだよ」
「なんだ、そうだったんか。・・・何だよ、中林、言ってくれればいいじゃんか」
「まさか、石渡さんと友人だったなんて知らなかったんですよ」
「これを機に、また当店に是非お越しください」
――驚いた。
この前、私が読んでいたこの店の記事が、まさか彼が書いていたなんて・・・・・。
そういえば。
私って、彼の仕事について知ってるようで知らない事ばかりかも。
彼もあまり仕事については語ってくれないし・・・。
でも。
こういう機会じゃないと知ることが出来なかったわけだし、石渡さんにはいろいろ感謝だ。
「衣里?気分悪い?」
店から奢りだといわれたワインを頂きながら、彼が心配そうに顔を覗き込んできた。
「ううん、大丈夫」
「松本さん、辛かったら水貰うから言ってね」
「ありがとうございます」
◆◆◆
ふわふわする・・。
そう、まるで地上を浮いてるように思えるほど、気分がいい。
今日は梅雨の晴れ間とあって、久々に湿気もなく快適な夜だった。
美味しい食事に美味しいワイン。
それに大好きな彼と、その彼が尊敬する人と心ゆくまでの会話。
それだけで充分に私をふわふわさせる。
「・・・和哉さん」
「ん?」
私の歩幅に合わせるように寄り添って歩く彼の腕を、思わず掴んだ。
「今日はとっても楽しかった~。本当にありがとう・・・」
「どういたしまして。・・・・にしても衣里、さっきからそればっかりだね。店出る前からずっと言ってるし、石渡さんが驚いてたよ」
愉快そうに声音を上げてくる彼は、でもそれでいて満足気に見える。
その顔を見たら益々調子に乗ってしまいそうだ。
「石渡さんにご迷惑・・・だったかな?」
「何言ってんだよ、その逆。嬉しい嬉しいって言ってたの」
「・・・そうなんだ。私も良かった。だっていろいろ、和哉さんの事が知れたんだもん・・・」
思わずフフ、と彼の腕に絡まってしまった。
「・・・・酔ってるの?」
「酔ってないよ。だって嬉しかったんだ。あのお店のこと書いてあった記事、たまたま読んでたんだけど、それが和哉さんが書いた記事だったんだもん。私、考えてみたら和哉さんの仕事のこと何も知らなかったなぁって申し訳ないって思ってたから・・」
「ありがとう・・・」
(酔ってないのに随分お喋りだな、私――・・・・)
最後に覚えている意識はそんなやり取りだった。
すぐ目の前が彼の家、という事が私を安堵させたようで、その後の意識がはっきりしなかった。
彼にもたれかかるように意識を飛ばしたこと、彼が私を上までおんぶして運んだこと。
なんで私がそれを知っているかというと。
翌朝、何故彼のベッドで寝ているのか、飛び起きた後に教えてくれたから―・・・。




