マルコとテレサと魔法の剣
最終話です。
→分割改稿致しました。全体に不自然な表現を修正し、一話分割り込み投稿しております。最終27話後半にマルコゲーム概要を追加しました。大筋に影響はありません。
システムの都合上、一旦連載中にしてすぐに完結済みに戻しました。
ご迷惑をおかけいたしました。
そして、2ヶ月後。
成人して呆気なく伝えられた事実は。
「赤い実の一族は赤い実の精霊の子孫だ。実を守る人間の一族から夫となる若者が現れたのさ。先祖返りは、我が一族の場合、精霊そのものに戻った者のことだ。テレサがそうだよ」
テレサがそうだよ。
そうだよ、ですか。
一見ちゃんと説明しているようだが、肝心の理屈が欠けている。
戻るってなに?どうやって?何故?
生まれた時の赤い実一族は人間寄りで、中には精霊に近づきすぎて精霊そのものになってしまうものがいるのかな。例えば、魔法を極限まで修練するとか?
わからないな。
答えは無い、きっと。
センテルニヤだから。
そんなこんなで準備が整い、マルコの飛竜が迎えにきた。私は、成人前から予約していた赤い実を収穫させて貰う。例外の条件?そんなのないよ。条件は?と聞いたら、また理屈っぽいと嫌がられました。
マルコの魔法剣は、卒業後領地に持ってきていた。赤い実を収穫する為、魔法剣は家に置いたまま。さて、マルコの元に剣と実を持っていこう。
「え?」
赤い実を持って一旦家へ帰ろうとした時、私は白い花の咲き乱れる花園にいた。
ワイバーンを迎えによこす意味あった?
マルコは白い花に埋もれて寝ていた。立てば大人のくるぶしを覆うくらいの花だ。分厚い体のマルコは、横になると半分くらい花の上に出ていた。閉じた瞼を縁取る赤く短い睫毛が、風で僅かに揺れている。
程なくマルコは私の気配に眼を開けた。
「テレサ?」
マルコが半身を起こす。
「マルコ!」
私は駆け寄り、赤い実を渡す。マルコは嬉しそうに受け取ると、食べる前にこう言った。
「テレサ可愛いい。キスしていい?」
ええっ?
何言い出すの?
「やだ、恥ずかしいよう」
「可愛い」
マルコは赤い実をそこらへんに浮かせておいて、私を抱き締めて来た。逞しい腕に包まれて、安心して穏やかな気持ちになる。
「ああ、可愛い。やっば、キスしよ?」
マルコは一旦体を離してニコニコ提案してきた。
「でも」
恥ずかしくてもじもじしてしまう。
「ねえ、キスしていい」
剣ダコだらけな剣士の手が、私の顔を包み込む。上を向かされると、マルコの情熱的な瞳に囚われた。
「うん」
観念して同意すると、鼻筋の通った爽やかな笑顔が近づいて来る。ああ、この笑顔好きだな。連日の魔獣退治で凶悪になった顔が、穏やかな愛情で清められている。
自然と下がる瞼の間から、マルコの赤い睫毛が、殆んど赤いピンクブラウンの瞳を隠して降りていくのが見えた。
すっかり目を閉じると、がさついた大きな唇が、そっと優しく押し付けられるのを感じた。
しばらく幸せな気分を味わった後、気を取り直して実を勧める。
「これ、食べて」
「おおっ、すげえ。初めて見た。ありがとう」
マルコは実を半分に割り、片方を私にくれた。
「もうすっかり治ったからさ。一緒に食べよ」
「うん」
私たちは命を育むという赤い実を食べた。なんだか明るい気持ちが溢れてくる。気のせいかも知れないけど。
「親父に報告しなきゃならないから、ちょっとだけまってて。うちの準備ができたら呼びに戻るから」
準備とは。
「呼びに戻るってなに」
「家族に会ってくれよ」
卒業もしたし、成人もしたし、就職先は古典魔法書専門店に決まったし。まあ、そろそろ将来を考えてもいいかな?
「そうだねえ」
マルコの顔がぱっと輝く。
「じゃ、まってて!」
マルコがさっとキスをした。唇にした。
もう遠慮は一切ない。
これまでもあんまり遠慮はしていなかったけど。
さらにベタベタし始めたのである。
ところでマルコは、はじめてのキスに舞い上がったのか、それともついにプロポーズが承諾されて我を忘れたのか。古代の魔法剣には一言も触れずにご実家へと飛び去った。
飛竜に乗って。私は白い小花が揺れる誓いの花園に、独り取り残されていた。
「ええと」
意識の中に魔法剣を呼び寄せる。この2ヶ月で会得した、遠くの大事な物を取り寄せる魔法だ。
「とりあえず持ってきとこ」
私の手元に魔法剣がくる。来たはいいが、激しく振動している。何が起こった?
魔石の色が薄くなる。
ピシッ。
魔石に亀裂が走る。
何?
何事なの?
私は思わず石に手を当て、
マルコ!
と叫ぶ。
石のヒビがなおり、強く光り出した。
そしてマルコが現れる。なんだか落ち込んでいる。
「ごめん、俺、情けなさすぎ」
邪悪な魔法使いの末裔に記憶を消されそうになっていたらしい。
「あいつは、テレサの力を奪おうとしてたんだ」
マルコの気持ちを揺さぶり、魔法剣を介した絆を弱める。弱まったところで、古代魔法民族の持つ秘術を生み出す特殊な魔力を吸い取る計画だったという。
魔力だけなら、魔法剣も剣士も誓いの乙女も砕け散った後であっても残るそうだ。普通はそのまま霧散してしまう。
「邪悪な魔法使いは、穢れた魔法で他人の魔力を吸い取ることができるんだ」
謝罪した貴族は、利用されただけであった。当代の邪悪な魔法使いにたぶらかされていた。邪悪な魔法使いは、言葉巧みにご令嬢とマルコの婚約発表を行わせるように仕向けたのだ。
マルコがセレナード邸に着いた時、ちょうど件の魔法使いがやってきたところだった。真っ黒いローブはだぶだぶで、体型も性別も分からなかった。
「魔法剣の怨念を増幅して闇に染め上げようとしてたらしいけど」
マルコが魔法剣を持っていないと知るや否や、魔法使いは叫んだという。
「なんだ、剣はどうした!」
「え?あ、そういえばないな」
「仕方ない。お前を通じて命の力と竜の力を頂こう」
「は?何言って?」
マルコの記憶からテレサこと私の存在が薄れていった。
だが、突然マルコの胃の辺りが赤い光を放った。恐らくは私がマルコを呼んだ時、マルコが食べた赤い実に繋がったのだ。
赤い実は私たち赤い実の一族が持つ魔力を凝縮したようなものである。何しろ私たち一族のルーツは赤い実の精霊なのである。同じ魔力が繋がるのは想像に固くない。
そのまま魔法使いは浄化され、きょとんとしている痩せっぽちの少年が姿を現した。
「その子、逮捕されたの?」
「されたよ。仕方ないよな」
事件は一件落着だ。
こうして私達の物語は幕を閉じた。
勿論しばらく後には、正式な婚姻誓約を交わし、自分の飛竜とも出会った。
「ところで、なんで海の宝石亭に古代の魔法剣があったのか知ってる?」
「知らねえ」
乙女騎士が恋する竜を失った悲しみで絶命した場所なら、乙女と竜を悼む祠なのかも。
或いは、全く関係ない人の手を渡り、海の宝石亭主人の祖先にまで流れ着いたという線もありか。
「不思議なご縁だよねえ」
「そうだな」
魔物は消え去ったが、魔法剣の柄頭ではピンクレッドの魔石が金沙銀沙の渦を宿して輝いている。
「この魔石、俺の飛竜の遠い祖先だって」
「そうなの?」
「ああ、民謡の飛竜にも兄弟はいて、混血の魔法5家とは別に純粋な飛竜の血筋も受け継がれたのさ」
「へええ」
しかし赤い実の一族とは、これまで接点がなかったようだ。
やっぱりこの物語は、マルコの物語だったのだろう。
主人公マルコが5才の時に出会った飛竜。その祖先は伝説に残る竜だった。マルコ少年は民謡に残る魔法騎士に憧れる。
そしてようやく手に入れた魔法剣には、伝説の竜が残した魂の魔石がついていた。しかしいまではその魔力は抜け落ち、白く濁ってしまっている。剣全体も朽ちかけていた。
そこでヒロインテレサの登場だ。剣を手に入れるキーパーソンとなった少女。若い2人はたちまち打ち解け、魔石は少女の瞳が持つ色を映す。魔法剣は長い眠りの底より目覚め、眩く輝く。
目覚めた剣は、その持ち主であった乙女騎士と彼女を愛した飛竜の記憶を持つ。だから、2人を死に追いやった邪悪な魔法使いに深い怨みを抱く。
剣は2人の魔力を邪な者達に奪われることは防いだ。剣は竜の魂を宿しているので、たとえ魔力だけでも乙女騎士が邪悪な魔法使いに奪われるのは許せない。
遥かな時代を越えて目を覚ましてみれば、世の中には未だあの邪悪な魔法使いの気配がある。古代の魔法剣は力を蓄えながら、仇敵の気配を探る。
邪悪な魔法使いは乙女騎士が竜の魂を宿した魔法剣で倒したはず。しかし子供がいて、血筋と邪悪な魔法を今に残したのである。その子孫は、ラゴサの赤い実が持つ不死身にさえなれる力を望む。
そんなおり、多分本来のストーリーでは学園など全く関係ない原因で魔物が生まれる。邪悪な魔法使いが創ったに違いない。
戦闘チュートリアル、倒せないボスとして蜘蛛脚マシンドールが用意される。
中ボスとして、進化した蜘蛛脚を倒す。
その影響で主人公が意識不明になる。おそらくはマルコのヒロインであるテレサが、瀕死のマルコを前にして覚醒するのだ。
きっとそのシーンでは、赤い実の力と古代魔法民族について語られることになるだろう。感動の主人公復活イベントだ。
2人は気持ちを確かめ合い、風の祝福と婚姻誓約へ。
多分、ここで邪悪な魔法使いの子孫乱入。マルコの記憶を消そうとする。最終ステージに突入である。マップは飛竜山脈の空マップか?それとも誓いの花園で回復マス点在の平地マップか。或いは、セレナード邸に場を移しての屋内マップか。
中ボスマシンドール戦の導入動画から考えると、開発中断になった最大の理由は予算だろうな。無計画に最新技術を注ぎ込んだに違いない。
そこでテキストアドベンチャー型へ唐突な路線変更。戦闘前後のストーリー部分だけ抜き出して再利用したのかもしれないな。
或いは、完全に中止された別会社のネタを持って独立したクリエイターが、流行し始めた乙女ゲームジャンルに挑戦したのかもしれない。
最終的には、乙女ゲームの衣に隠れて本当にやりたかったマルコとテレサと魔法の剣の伝奇物語を作ってしまう。うまく融合出来ずに矛盾だらけになる。他の担当者も適当なノリで、位置関係や質量保存の法則は完全に無視。
そして私たちが生まれた。
そんな現実を無事に生き抜いた今、私たちは飛竜に乗って赤い実の果樹園に来ている。質量無視の魔法生物である飛竜は、果樹園の木を傷つけることなく飛び回る。私と、マルコと、それぞれの飛竜だ。
私たちは防護の魔法はチョイ掛け派だ。たまに怪我するくらいがちょうど良い。
「いてっ」
マルコが小枝で腕を掠った。
すると、マルコの体が赤く光る。
どうやら、赤い実を食べて飛竜一族の正式な婚姻誓約を交わしたため、私もマルコも、竜と人と精霊の全てを兼ね備えた存在になってしまったようなのである。
最後までお読み下さりありがとうございます。
下書きを書いた時点では知らなかったのですが、日本に砥石山は実在しております。調べた範囲では、砥石渓谷は実在しません。どこかにはあるかもしれませんね。




