魔物が来る
今回長めです
古代の魔法剣は、乙女騎士が亡くなって眠りについたのだろう。しかし、職人さんが言ってた悲劇の繰り返しってなんだろう。魔物に襲われて1人が死ぬってこと?
ゲームマルコの花火イベントを考えると、私が魔石に取り込まれると言うことか。そこまでの愛を裏切られたら、そりゃ魂ごと砕きたくもなるよね。例えば、恋人のために魔石になって力を強めた剣を、別の人を守る為に振るうとか。ちょっとどうかと思う。
魔石になったのが家族や友人だった場合は別だ。剣を捧げられた者の魂が、剣を捧げた者がなによりも大切に思う人々を守る為に使われる。むしろ感動的じゃない?
「誓いの乙女」だけが特別なのだ。剣士が女性で捧げられるのが男性の場合は?誓いの若者?古代の魔法剣は、竜が魂を宿して剣を乙女騎士に捧げた形なので、やはり誓いの乙女パターンだよね。
まあ、どちらかが裏切ると全てが砕け散るので、同じことか。
古代の魔法剣は、無事マルコが手に入れた。つまり乙女騎士は旅路の果てまで魔石となった飛竜だけを愛したんだろう。
「魔法剣が剣士と誓いの乙女もろともに砕け散った例はあるの?」
「俺も具体的には知らねえけど、さっきの黒い本になら載ってるかもな」
王子が探し出した小型本か。
「あの本なに?」
「あれ、ほんとは古代魔法民族だけに伝わる歴史書なんだよ。成人すれば題名も中身も見える。一族以外が読もうとすると呪われる」
誰でも入れる一時保管庫の埃に塗れておりましたが。危なすぎませんか。奇書というより、まさしく禁書なのでは。微妙なラインで設定を守って来るな。相変わらず雑王国的な発想である。
「王子も古代魔法民族?」
「さあな。でも王族は竜の子孫だと言われてるしな」
「えっ、そうなの?」
歴史では習わなかった。現世ネットではどうだろう。あるかも知れない。ロイヤルゴシップには興味がないので分からない。
ゲームの設定はどうかな?設定だけあったかもな。そしてどうせゲーム本編には関係ないんだ。
現世でも特に関係ないかな。
それより。
「あの本、読んだことある?」
「全部は読んでない」
「後で王子に聞いてみる?」
「いや、家にもあるから一緒に見にいこう」
私は図らずもマルコの実家を訪れることになった。
「私、成人してないけど、中身知っていいのかなあ?」
「王宮図書館の一時保管庫にあったくらいだから、大丈夫じゃね?」
そうだよね。多分だけど呪いもなんとなく雑な感じでスルーできる。なにしろここは、さまざまな事柄に規則性が存在しないセンテルニヤ王国ですから。
「とりあえず、研ぐか」
マルコは嬉々として白い花の上に浮かべておいた砥石に向かう。卒業祝いを早速使ってくれるようだ。
マルコは真新しい砥石に魔法で出した水をかける。
「危ないから下がって」
少し離れて飛竜が寝そべっている。私はそのあたりまで下がる。マルコは古代の魔法剣を抜き、研ぎ始めた。既に自分の砥石を手に入れているため、危なげなく研いでゆく。
時々飛竜が私に何か言う。マルコは集中していて、通訳をしてくれない。だがなんとなく気持ちが通じて、飛竜と私は視線を交わす。心地よい風が私の茶色い癖毛をすいてゆく。ふたつの太陽はだいぶ傾き、風には夕べの気配がする。
しばらくして、剣が研ぎ上がる。マルコは無言で刃を太陽に翳す。剣は赤く光っている。魔石だけではなく、発動した時のように剣身まで光に包まれていた。
「復讐をしたがってる」
は?
なんて?
「テレサ」
マルコが私のほうへと向き直る。
「魔法剣が教えてくれた」
何を?
「古代の飛竜は乙女に魂を捧げる誓いを述べて魔石になったんだ」
それで?
「竜は乙女騎士を守れたけれど、乙女騎士は耐え切れずに絶命した」
独りさすらった説は否定された。邪悪な魔法使いはどうなったのかな。古代だから、逮捕じゃなくて乙女騎士に殺されたのかな。
「邪悪な魔法使いには息子がいた」
続編かよ!
「現代でも子孫がいるらしい」
最早ゲームとは全く関係なさそうな話になってきたよ。
「そいつを見つけて殺したがってる」
「え」
「テレサ、成人したらそいつを浄化して欲しいんだ」
「あの、出来るなら?」
「今はこれ以上言えないけど、テレサなら出来るから。頼んだぜ」
マルコを殺人犯にしなくてすむならいいか。赤い実の力と先祖返りに関係があるんだろう。誕生日が来ればわかる。
マルコが剣を鞘に戻す。赤い光は鞘から漏れている。もしやこれが完全覚醒というやつ?話せるようになったみたいだしね。
て、そうだよ!
「魔法剣て、話せないんじゃなかったの?」
「話せないぜ?イメージが伝わってきた」
意志の疎通は出来るということか。
「冷えてきたな。帰るか」
「うん」
誓いの乙女と裏切ると砕け散る話はどうなったのか。お宅訪問は延期か。
「またしばらく休みはないけど、朝の修練で会おうな」
スパルタ修練は続いているのだ。ただ、マルコは地獄の見習い修行中である。夜明け前のスパルタ時間ですら会えない時が出てきた。
「マルコ、気をつけてね?」
私はマルコに赤い光の癒しを掛ける。
「テレサ、ありがと、可愛い!」
いつものように抱きしめられるが、私はなんとなく不安になった。
「どうしたんだよ?禁書庫からずっと変だぜ?」
一時保存庫だったけど。
いや、そうじゃなくて。
「なんだか嫌な予感がしてて」
「心配すんなって。死なないって言ったろ」
「うん」
「赤い実の一族に未来を視る力はなかったと思うぜ!」
「気のせいならいいんだけど」
「大丈夫だって」
マルコが優しい目を向けてくれた。
数日後、夜明け前の特訓にマルコが来てくれた。
「会いたかったぜ!」
いつものハグ。
「テレサ可愛い!可愛い!」
しばらく互いの温もりを感じて暗い山中に立つ。マルコの心臓が優しい愛の鼓動を聞かせてくれる。私の鼓動も寄り添っている。
私達は便利魔法を使えば真夜中だろうが見えるので、その場所が暗いという事実はあまり影響がない。離れがたく思いながらも、時間は無駄にできない。貴重な修練時間だ。
「今日はこれから飛竜山脈に行く」
「風に関わる修行?」
「飛竜にひとりで乗る頃合いだぜ」
いよいよかあ。
私はマルコの飛竜を借りて峡谷のアクロバットをさせられることになった。マルコは飛竜の周りを風に乗って生身で飛んでいる。とても楽しそうだが、魔王的外見なので絵面は怖い。誰かが見たら通報されそうだ。
そこへ、突然紫色の飛竜がやってきた。真正面にいきなり現れたその飛竜は、背中にあの蜘蛛脚マシンドールをくっつけている。
攻撃がくる!
マルコは古代の魔法剣を抜き放つ。赤と金銀の光が渦を巻く。しかし、蜘蛛の殺人光線は光をものともせずに私達に迫る。
「うわぁ」
防護の魔法も殆ど効かない。マルコは古代の魔法剣で必死に光線を弾き返す。弾き返した光線は、蜘蛛脚を乗せた紫色の飛竜を避けて、飛竜の巣穴がある岩壁にあたる。
悪手だ。
マルコが辛うじて即席ゲートを開く。扉の向こうは学校だ。もちろんまだ誰もいない。咄嗟のことで学生寮裏の原生林からだいぶ座標がずれたのだ。
え?
マルコは?
ゲートは消えている。
ワイバーンもいない。
慌てて飛翔し、学生寮裏へと向かう。いつものワイバーン乗り場から上空へ出てみる。しかし、飛竜山脈へは行かれなかった。眼下には学生寮と森が見える。
「どうしよう!私、貴族の若い未婚女性だよね?騎士団に通報できないよ!」
深呼吸する。
「マルコ」
呟いても返事はない。声に魔法を乗せても届かない。
どうする。
マルコの実家に知らせるか?場所知らない。だめか。
どうしよう?
これは。
なんだろう。
「討伐イベント!」
いよいよ討伐イベントが始まったのだ。
それならば、メインキャラクターのマーサ達に知らせれば良い?でも学生だよね?マルコと私の規格外コンビでも難しい相手に、魔法学園トップクラス程度が5人加わったところでどうにかなるものなの?
「王子に言うか?」
王子なら夜明け前でも騎士団本部に通報できるかも?あんまり話したことないけど、クラスメイトだし。緊急事態だし。
マルコが私をこっちに飛ばしたのは、単に逃しただけではないはず。なにかしなくちゃ。なんとかしないと。特別な魔法剣を使える魔獣討伐の専門家集団、つまり中央魔法騎士団にコンタクトをとらないと!
ああ、マルコの物語はなんかこう、乙女ゲーム関係ないな!
正史のパートナーである私は、ゲームヒロインマーサじゃないし。それどころか、キャラクターのタイプが乙女ゲームの登場人物には程遠い。我ながら。
最初は守られながら鍛錬。いつの間にか背中を任せ合う強さに成長。連携技も会得。
マルコの物語、元は別のファンタジー系戦略シミュレーションだったのでは?
専用武器があるの、マルコだけ。
主人公にすら強化アイテムが存在しない討伐イベントとは。
底辺ステータスパートナーが鬼強に成長するのも、それっぽい。RPGですら無さそうだ。
ああ、思いだした。討伐場面に入る動画部分。
凶悪な紫の翼竜が画面の奥から襲ってくる。今まで教室にいたのに、突然岩山が背景で。子分の飛行魔物を引き連れてワイバーンの巣を襲う翼竜が無駄な大迫力で描かれる。
魔物は有機金属生命体だった。
現状は飛行魔物なんていなかったけど。後から湧いてくるかも。
いま思い出してる場合じゃないのに、その後のトゥルーエンドが頭の中に数倍速で展開される。
章タイトルは、魔法民族の秘密だ。
魔法民族は、大昔人間と恋した竜の子孫である。人間は女魔法騎士だった。魔法石は竜が変わった姿だ。
うん。
飛竜の恋と一緒だね。
でもこれ、古代の魔法剣だけに関連する話ではなかったの?
女騎士は、邪悪な魔法使いと組んだ邪悪な竜に力を奪われそうになる。
邪悪な竜は新要素だな。
竜は宝石となって恋人の剣に宿る。色は恋人の目と同じ美しいエメラルド。
ここは一緒。でも、ちょっとまて。
ピンクどこいった!魔法民族はピンクの目が共通の特徴じゃないのか?あと、力ってなに?奪われそうにって?説明無し?
やがて生まれた五つ子が、後の魔法5家の祖となった。瞳は竜と同じピンクであった。
あ、ピンクでてきた。でも現代飛竜の瞳はピンクではない。特殊個体だったのか。真実は知る由もない。センテルニヤなので。
しかし魔法5家?初耳なんですけど?
今は無いよな。歴史書でも見たこと無い。
「王子!聞こえる?」
私は王子に魔法で語りかける。
「ふっ?デ・ラゴサ?いま何時だと思ってる!」
私は口早に状況の説明をする。
「ねえ、魔法5家って知ってる?討伐の鍵みたいなんだけど」
そして唐突に切り出す。
ここセンテルニヤは、雑王国だ。どこで知ったのか追求される心配はない。
「王家の口伝に存在する」
あー、後出しの常套手段だね。
「当代の力を持つメンバーに招集をかけるよ!」
力出てきた。
なんでもいいから、早くマルコを助けに行ってよ!私も参加できるだろうか。
「私も行く!」
「招集ゲートも現地への移動ゲートも当代しか通れない」
うぉー!
フラストレイション!
MAX!
そしてまた、記憶上映会だ。
だから、そんな場合じゃないってば!
魔物討伐のあとゲームでは、トゥルーエンド以外の時、たぶん花火で告白がエンディング。そのあとエピローグがある。これが集団イベントだ。
詳しくは覚えていないが、今までにでくわした遠足や集団学習がそれに当たるのだと思う。
マルコルートだけが偽史なので、花火も集団イベントだ。集団イベントを選ばないと魔王化する。テレサを失った世界線の出来事である。
エピローグは完全なボーナスステージで、最後の1枚絵で着るウエディングドレスとブーケの色が、イベントの選択肢で変わる。
トゥルーエンド以外なら、単に好感度が追加されるだけ。トゥルーエンドの後でだけ、ドレスとブーケの色が変わるのだ。いわゆる差分というやつ。地味なクリアご褒美だなあ。
きっと何も思いつかなかったのだ。あるいは、面倒だから色だけかえたのか。最後まで雑だ。
上映会終わった!
ええい!
どうとでもなれ。
使ったことないけど、ゲートこじ開けてやる。
マルコ、今行くからね。
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