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飛竜の恋

 砥石を包んでいた布に描かれた魔法陣は、王宮にある禁書庫へのゲートだった。


 なにこれ。

 すごい重要イベントっぽい。

 でも、全く覚えていない。

 マーサに風の祝福なんかなかったから、砥石の包みをこの誓いの園で開く場面もない筈。禁書庫を訪ねるシーンも記憶にない。


 そもそもゲームでは、マルコの飛竜登校イベントの直後に唐突な魔物討伐戦である。現世では、飛竜登校イベントのセリフが語られた後、まだ魔物討伐は起こっていない。その間に起きたことは、ゲームマーサと関わりが無いことに違いない。


 つまりマーサの物語ではない。


 これは、マルコの物語だ。


 そしてそれこそが、トゥルーエンドに向かうシナリオである。トゥルーエンド、多分ハッピーエンドか、よくわからないグダグダエンドのどちらかだろう。

 なんとなく後者の気がする。トゥルーエンドと認識せず、ネットのネタバレで実は正史だったと知ったパターン?


「テレサ具合悪い?」


 眉間に皺を寄せていたらしい。


「ごめん、大丈夫。禁書庫、行ってみよう」

「おう、テレサ古本好きだもんな!」


 あ、うん。

 たぶんそこにある本は、古本とは言わないよ。

 中古品じゃなくて、単純に歴史ある貴重書や稀覯本だね。きっと。それか、新しくてもなにやらエグいやつ。


 魔物よりの容貌になっていても、中身はやっぱりマルコである。


「じゃ、行くか」



 マルコがチョチョイと施錠を解く。なにやらブツブツ鍵となる言葉を唱える。聞いた感じだと飛竜の言葉だ。後ろで飛竜が低く何かを歌っている。これもゲートに関係があるらしく、描かれていなかった模様が魔法陣の中に浮かびだす。


 光は図形を素早く走り、気がつけば私たちは埃だらけの狭い部屋に立っていた。


「いてえ」


 マルコが頭を押さえて腰をまげる。


「ここか?」

「まあ、そうだよね?」


 物置だろうか。それにしても狭い。暗い。窓もない。一応は細いドアがある。ドアを残して四方の壁には天井までの本棚がある。しかし天井は低い。マルコは突然飛ばされて頭をぶつけた。高さ自在の魔法空間ではないようだ。


「で、ここに古代の魔法剣に関する資料があるのかな?」

「そうだな」


 私たちは辺りを見回す。

 とりあえず古い本が乱雑に放り込まれている。棚はぎゅうぎゅうで横置きの物や斜めに押し込んである物まであった。


 床には木箱が置いてある。木箱のせいで奥まで行かれない。木箱にも本が無造作に詰め込まれている。果たして貴重なのかどうかわからない本ばかり。


「知ってる本ある?」

「ないみたい」


 魔法書研究会で話題になるような貴重書はひとつもない。それに、それほど古くもなさそうなのだ。読み捨て型読書家の天井裏みたいな有様である。


「うーん、誤作動か?」

「そんなことある?」

「聞いたことはないけど」


 私たちがしゃがんで木箱の中身を物色していると、背後でガチャリと音がした。外の光と人声が聞こえる。



「やあ」

「王子⁈」


 マルコが目を見開く。


「君たちも来てたのかい」

「も?」


 マルコは怪訝そうな顔をする。王子は上品な仕草で手前の棚の小型本を抜く。


「今日は一般公開日だからねー」


 小型本は前後二列に並んでいた。


「でも、一時保管庫まで入れるなんてよく知ってたね」

「一時保管庫?」


 問答はずっと王子とマルコだ。私はじっと成り行きを見守っていた。


「ん?ドアがあったから開けてみたの?」

「まあ、そうだな」

「あ、あった。ここ、奇書がけっこうあるんだよね」


 王子は、一冊の本を奥の列から取り出した。タイトルがどこにも書いていない黒っぽい汚い本だ。


「じゃあね。埃っぽいから早く出たほうがいいよ」


 私たちは王子の背中を呆然と見送る。ドアの外にチラリと銀髪が見えた。ルチアかな?王子と肩を寄せて去ってゆく。仲悪いんじゃなかったのか。けっこう上手くいってるみたいだな。


「あった?」

「これで課題本は全部かな」

「揃ったみたい」

「よし、早く仕上げよう」


 マーサとロドリゴの声も聞こえた。なんだ。グループ学習かなんか?でもくっついてたよね。

 まあ、どうでもいいか。



「あ、これじゃね?」


 マルコが木箱の中からペラペラの冊子を掘り出す。


「ええー、これ80年前くらいの幼児絵本だよ」

「いやでも、他にそれっぽいのないし」



 禁書庫で明かされる魔法剣と誓いの乙女に関する悲劇が、これ。


 王子、普通にドア開けて出入り自由でしたけど。

 一般解放日には誰でも入れる所みたいですが。

 中には奇書があるとはいえ。

 閲覧禁止とか封印が施されてるとか、そういうのではない。全くない。


 禁。

 禁てなに。

 なんだっけ。

 いいか。もう。なんでも。



 題を声に出す。



「りゅうと おんなきしの ひげき」



 捻りも何にもない。研究資料として収集された民話の仮題みたいだな。分類するためだけの雑な題名である。

 センテルニヤだからね。まあ、こんなもんかな。


 にしても、古いとはいえ、全く歴史の重みを感じさせないペラッペラの幼児絵本。ハードカバーですらない。何かのおまけかと疑うレベルだ。


「おおっ?これ、ラゴサ牛乳20周年記念世界の民話シリーズだって!」

「あっ、そうだった」


 ラゴサ牛乳がブランドとして事業展開を始めて20年目。それを記念して、数冊のペラペラ絵本を刊行したのだ。たしかキャンペーンで抽選に当選した人だけが貰えたはず。


「非売品かあ!すげえ!」


 マルコはラゴサ牛乳大好きな男だが、マニアではなかったのか。最近目覚めて蒐集家への道を確実に歩んでいるけど。

 グッズは数ヶ月前に初めて目にしたみたいだし。思い出したくもない、フルオートマジック傘の追跡劇を演じさせられた、あの雨のデートでの出来事だ。


 マルコは感動で息を詰まらせている。

 一応は製本用っぽい大型ホチキス止めの、ザラ紙っぽい絵本。色数も少ない。ざっくりした線にはみ出した色が印刷されている。


 ホチキス。ザラ紙。印刷絵本。


 センテルニヤ王国は、その一部がなんとなく中世でヨーロッパ風な世界。あくまでも一部だけが。

 考えたら負けなので、その辺は気にしないでいいかな。でも、前世の朧げな記憶のせいで、やっぱり変なものに出くわすたびに落ち着かなくなってしまう。


 うん。

 よそう。

 ホチキスでもザラ紙でも好きにしてください。



「読んでみようぜ」


 しばらく感激して眺めていたマルコが、魔法を使って埃や染みを綺麗に除去する。


「時間を巻き戻した?」

「巻き戻した」


 汚れを落とすより、物の時間を巻き戻す魔法のほうが劣化もなくなるので便利だ。もちろん、私たち2人くらいしか使えない魔法なのだが。


「あっちで読もう」

「窮屈そうだもんねえ」

「埃っぽいしな」

「それに暗い」


 私たちは、白い花の咲く「誓いの花園」へと戻る。



 それにしても、マーサたち、砥石渓谷にいたんじゃないのか。ゲートを使ったのかな。デレクや緑はどうしたんだろ。見えなかったけどいたのかな。集団イベントが連続して起きてるんだね。


 あれ?

 集団イベントって、ボーナスステージだったような?おまけ的な?


「テレサ?さっきから、大丈夫?」

「うん」



 魔物討伐のあと、確定したお相手とのボーナスステージを幾つか楽しんでいる主人公マーサ。どのルートでも同じ話で、返事をしてくれるキャラのグラフィックスが違うだけである。


 ボーナス感皆無だな。


 そのあとで、いきなりマルコが魔王化して世界が滅ぶエンドがある。時系列が変なのは、この際無視する。

 夏休み前のイベントとして魔物討伐があり、討伐後のボーナスステージで夏祭りが語られる。まともに考えたらちょっと混乱する。

 だから考えない。ボーナスステージなんて、過去話の位置付けかもしれないし。



 でも。

 違うよね?

 マルコの見た目、爽やか脳筋イケメンからだいぶ離れましたが。



 トゥルーエンドとの違いは、なんだったか。いくら雑でも分岐の条件はあるはず。

 何回かに一度別のところに飛ばされる系とは違う。システムエラーとは関係ない部分でのネタ全開だったから、愛好家にウケたゲームなのだ。

 いい加減なのはプログラム的な意味での中身ではない。テキスト的な意味での中の人が雑なのだ。


 さて、何だったか。


(夏祭り!)


 夏祭りの選択肢には、「全員で行く」があったのだ。それを選ばないとバッドエンドになる。

 おまけなのに。お相手確定してるのに。

 理不尽である。


 ちらりと横を見やれば、嬉々としてペラペラ絵本を読んでいる赤毛の大男がいる。見た目だけなら十分に魔王だ。

 夏祭りではマーサ達を見かけなかった。毎年箒ダンスで優勝しているデレクすら。


(まさかね)


 マルコは優しい。自由人だけど、いや、むしろ自由な男だからこそ、世界を滅ぼしたりなんかしない。そんなめんどくさいことは思いつきもしないだろう。


 ラゴサミルクを守るべく、日々身勝手に戦っている男である。そのためだけに特別な魔法剣を探したマルコ。剣と共に私をも手に入れた。


 そのマルコが世界を滅ぼしたいまでに恨むとしたら。ラゴサ地域が魔物に壊滅させられるとか?


 ありうる。


 困るな。


 いや、どうしよう?

 なんとか魔物を見つけて手を撃たないと。


 安牛乳マニアに世界が滅ぼされてしまう。



「テレサ?やっぱり今日はやめとく?」

「ごめん、何度も。それかして?私も読む」



「りゅうと おんなきしの ひげき」


 むかし、りゅうが いました。

 りゅうが けがを してしまいました。

 おんなきしが なおしてくれたので りゅうは

 こいを しました。

 ところが わるい まほうつかいが おんなきしを まものに かえようと したのです。

 りゅうは ませきになって おんなきしを まもりました。


 おしまい。



 悲しい話だ。


「これが誓いの乙女の悲劇なの?」

「ああ、これ、飛竜の恋だ」

「飛竜の恋?」

「飛竜一族に伝わる民謡だよ」


 マルコ解説員は歌い出す。上手くはないがいい声だ。優しく悲しいお話が切ないメロディで歌われる。



 はるかな時の向こう側

 竜と乙女の物語

 恋て慕いて庇い合い

 その魂は渡すまじ

 悲しい愛の物語



 遍歴修行の乙女騎士

 瞳は輝くエメラルド

 太陽を宿す金の髪

 乗りたる馬を襲いたる

 魔獣と戦い倒れ伏す


 岸辺に目覚めし乙女騎士

 水音高く落ち来たる

 竜の翼は漆黒で

 猛き翼は傷つきて

 流れる水を朱に染むる


 竜と乙女はお互いに

 労り寄り添う川岸に

 竜は乙女に恋をして

 乙女は竜に恋をせり

 月は川面を走りゆく



 げに恐ろしや闇の者

 暗黒魔導に堕ちし者

 底へと誘う闇き者

 乙女なる騎士を襲いて

 夜に染めんと影を投ず


 竜は翼を広げたり

 乙女は剣を抜き放つ

 月に輝く白刃は

 黄金の髪を映しつつ

 竜を助けて闇を断つ


 断てども切れぬ暗闇は

 魔物となりて迫り来る

 竜をも呑まんと牙を剥く

 竜は倒れてなお守る

 その魂は石となる


 乙女の瞳はエメラルド

 閃く銀の愛剣の

 柄にも輝くエメラルド

 これは恋する竜の石

 その魂の成れの果て



 ああ、そうだった。

 竜の魔石は、竜の魂に宿る魔力が固まった物だったっけ。


「マルコ、乙女騎士はそのあとどうしたの?」

「ひとりさすらい、どこかで寂しく死んだと言われてるぜ」


お読みいただきありがとうございます

続きもよろしくお願いします

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