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魔法剣のひみつ

 魔法剣を捧げるのは家族でも友達でもよかった筈だ。乙女に限らず捧げた剣士と捧げられた人間は、呪いにも似た共生関係になるのだろうか。聞いてみたい気もする。だが、知らなくてもよいことは聞かないでおこう。もっと怖い説明が始まったら嫌だからね。



 砥石職人さんは淡々と説明を続ける。


「魔法剣にはそれぞれ生まれたわけがある」


 ふうん。まあ、そんな気はしていた。


「役目を終えて眠りについた魔法剣が再び目覚めることもある」


 古代の魔法剣はそのパターンだな。


「だがこの剣が目覚めることになろうとはな」


 内容とは裏腹に平坦な声のまま、職人さんは無愛想にマルコの腰にある剣を見やる。赤に近いピンクに染まった魔法石が、金沙銀沙の渦巻きを湛えて柄頭に収まっている。金銀の量が増えている。以前はただ散りばめられていただけだったが、今ではぐるぐると渦巻き流れている。


「完全覚醒も近いな」


 まだ完全ではないと?

 私はマルコの様子を伺う。


「何?」


 マルコは視線に気づいてこちらを向く。視線はとても甘く優しい。元々ほぼ赤かったマルコの目も、ますます赤に近づいていた。マルコの髪はオレンジよりも鮮血の赤に近い。そして耳には傷があり、顔にも首にも傷跡がある。


 ゲームキャラクターなのだから、カラフルな髪でもあまり違和感はない。ラゴサには茶色い髪が多く、王都のように水色や緑の頭はまず見かけないのだが。その辺は、前世の記憶が手伝ってそういうものだと納得している。


 だがマルコの見た目は、ゲーム的な派手ルックスとは思えない変化を遂げていた。もちろん、ラゴサで見かけた地味キャラでもない。

 どちらかというとオーガとかデモンとかいう敵魔物キャラに仕上がっていた。ネタゲーとはいえ、こんな恋人候補(こうりゃくたいしょう)いたっけ?


 いや、マルコルートは確実にあったんだけども。



 今までのところ、おそらくだがゲームのストーリーに影響は出ていない。見たところマーサはロドリゴルートで確定している。さらにマルコが古代の魔法剣を手に入れているから、トゥルーエンドの条件は満たしているはず。


 正伝の世界を進んでいるはずなのに、乙女が胸をときめかせる恋愛ゲームにあるまじきヒーロー候補。ネタゲーではあったが、そういう方向性のギャグとは違う。普通にキラキラしい恋愛ゲームだった。



「あのさ、完全覚醒ってなに?」


 マルコは特に驚きもせず、職人さんの解説を聞いていた。つまり、既に知っていたのだろう。


「使命に合わせた働きをするようになる」


 マルコに聞いたつもりだったが、答えたのは正面に座る職人さんだ。職人さんは特に馬鹿にすることもなく説明してくれた。私はマルコから視線を外す。マルコもまた職人さんの方へと向き直る。


「よく準備して悲劇の再来は避けるんだぞ」


 マルコは黙って頷くと、がさついた大きな手で私の手を握った。


「悲劇?」

「心配すんな」


 しっかりと、優しく、包み込むその手は決意を伝える戦士の手。ゲーム本編では全く触れられることのなかった、魔獣と呼ばれる危険生物と日々死闘を繰り広げる男の手。


 まだ17歳。


 死と隣り合わせのその生活から忘れそうになるけれど。マルコはまだ17歳の少年である。このセンテルニヤでは統計なんかないので、平均寿命はわからない。

 田舎は中世ヨーロッパ風なので、17歳にもなれば一人前でも良さそうである。だが、故郷のラゴサでもなかなかのジジババがいた。みんな元気で働いていた。そうなると、17歳はやはりまだ子供だろう。随分と過酷な人生を歩まされている。


(飛竜山脈では人がよく死ぬみたいだし)


 魔法剣の誓いを受けた時に聞いたマルコの生い立ちを思い出す。兄弟姉妹がけっこう死んでいる。彼にとっては、生まれた時から今に至るまで、死と背中合わせどころではなかったのだ。むしろ死とは真正面から睨み合っているような。


(ゲームでは、爽やか系フリーダム脳筋だったと思うんだけど)


 リアル人生であるならば、頭脳派キッチリさんタイプ以外とはだいたい相性の良い性格だった筈。うろ覚えではあるが、こんな殺伐とした目つきの青年ではなかったと思う。


 そこもカッコいいけど。



 職人さんが無言で席を立つ。いよいよ完成品のお見えか。黙ったまま奥の工房へと引っ込む。私たちもしばし無言で待つ。お茶はもう空だ。


 じっと待っていると、やがて職人さんは重そうな箱を持って戻ってきた。思ったよりも大きい。


「血族領域で開けるんだぞ」


 また知らない言葉が出てきた。ケツゾクリョウイキとはなんぞや?ゲームでは(たぶん)出てこなかった。それに学校でも聞いたことないよ。魔法書研究会員としては、ちょっと悔しい。


 お忘れかも知れないが、わたしは魔法書研究会所属でマルコは魔法剣研究会所属だ。マルコは卒業したので正確には元会員だが、私はまだ現役である。そこはかとなく古代魔法用語っぽい単語なのに、全く知らないなんて。



「ええと、白い花の花園があるだろ?」


 マルコが私の戸惑いに気づいてくれた。何かいう前に解説がはじまる。珍しいこともあるものだ。


「うん」


 飛竜山脈で誓いを受けたあの場所だ。一面に白い花が咲いていて、清涼な風が吹いていた。飛竜たちが好んで食べる花。私たちの足首を埋めて、そよそよと揺れていた。


 そして今隣に座る赤いタワシ頭の青年は、この平凡な茶色くうねる癖っ毛の田舎娘に魂を捧げたのだ。本物の魔法剣と共に。裏切れば諸共に砕け散るというリスクを犯してまで。

 私は知らなかったけど、魔法剣研究会のマルコなら、その辺りは詳しく知っていた筈だ。



 重いわ。


 何度も思うけど、やっぱり重たいです。この男は。



「ああいう、特定の血族しか入れない魔法的な領域のことを、血族領域っていうんだぜ」

「ふうん」

「魔法剣の誓いには、伝統的に血族領域が使われるんだ」

「へええ」


 誓いを行う前提であそこに連れてかれたのか。

 まあ、そうだろうな。

 突発的行動には見えなかったからね。


「それじゃ、貰ってくぜ」


 マルコは職人さんに声をかけると、砥石が入っている箱を魔法の収納空間に片付けた。私たちは腰を上げ、再び砥石渓谷を臨む崖に立つ。岩壁の中腹にぽっかりと空いたこの穴まで、帰りも水竜が来てくれた。今度は成竜だけだったが。


 ちょっと残念。悪戯な幼竜にもう一度会いたかったな。あれはイベントキャラかもな。私は操作キャラ(マーサ)じゃないから、結局のところよく分かんないけど。

 重要そうなキャラが突然居なくなって以降言及全くなし、なんてネタゲーでは普通のことであるし。出現条件なんか初めから存在しないのかも。細部どころかメインすら雑なストーリーだからね。




「一旦寮に戻ろう」


 陽はまだ高い。魔法の収納空間があるから、荷物を置きに行く必要はなさそうだ。どうして学生寮に戻るのだろう。


「何しに戻るの」

「飛竜山脈に行く」

「砥石をあけるのね」

「うん」


 太陽を反射して七色に輝く水竜の背で、マルコは嬉しそうに歯を剥き出した。


「テレサ、ありがとな」

「まだ開けてないでしょ」

「でも、ありがとう」

「気に入らないかも知れないよ?」

「テレサがくれたから嬉しい」

「そう?」


 マルコはぎゅっと私を抱きしめる。


「かわいい」


 いつものことなので、聞き流す。でも毎回ちょっとだけ照れてしまう。


「テレサ〜」


 赤毛の魔法騎士殿、ご機嫌である。



 美しい魔法の門を潜り、私たちは学生寮裏の森に戻る。


「ただいまー」


 マルコは飛竜にふたことみこと話しかけた。飛竜も何か答えた。飛竜の言葉なので意味はわからない。それでも雰囲気から、今日も背中に乗せてくれることが伝わってくる。


 特別な場所でしか開けられない特別な砥石を携えて、私たちはあの白い花の場所へ行く。飛竜はいつものように螺旋を描いて上昇し、学生寮の森を去る。ぶつかりそうな枝葉には何故かぶつかることがなく、気づけばいつものように飛竜山脈の空にいた。


 頬打つ風は防護の魔法を使っていてもそれなりに冷たい。完全防護の魔法もあるにはあるが、なんとなく現実味が無くなる。それで最近はもっぱらチョイ掛け派だ。


 このセンテルニヤ王国で、便利魔法を好きなだけ使える魔力を持って生まれたことは、本当に運が良かった。とにかく便利でありがたい。



 滝に突っ込み、魔法石の煌めく洞穴を抜けて、私たちは白い花の咲く岩山の頂に着陸した。


「よし、開けるぞ」


 マルコは真剣な顔をしている。たかが砥石と侮ってはいけない。特別な魔法剣の為に作られた特殊な魔法の砥石なのである。開ける場所すら指定されている。開けた時に何が起こるかわからない。砥石の辞典には、正しい手順で開封しないと魔法爆発を起こすと書いてあった。


「魔法の布だな」

「そうね。なにか魔法陣が描いてあるみたいよ」


 マルコは魔法陣が不用意に起動しないように、魔法陣を施錠する魔法を掛ける。それから慎重に布を開いた。灰色の木箱を開けて、黒い布の中から出てきたのは、赤い光の膜で覆われた四角い砥石だった。


 緑がかった直方体の石は、滑らかな表面が美しい。見れば、石自体に濡れたような輝きを持つ逸品である。そこに赤く薄く光が明滅しているのだ。真っ白な小花を背景にして、魔法の砥石は幻想的な佇まいを見せている。


「魔法陣を調べてからにするか」


 マルコは砥石をすぐには使わず、ひとまず取り出して空中に浮かべておく。丁寧に取り出した包み布は、花園の中で淡い光を放つ。黒い薄手の布の上で、砥石を覆うのと同じ赤い光で描かれた魔法陣はかなりの存在感がある。



 センテルニヤ王国で知られる魔法陣には規則性がない。そこはほら、センテルニヤだからね。


 必ずしも円即ちサークルを描くことなく、威力が高いものほど自由な線で形作られている。幾何学の不思議に神秘性を見出す民族性とは程遠いのであろう。


 なにしろいろいろといい加減だ。疑問を口に出してしまうと、すぐに怒られる。理屈っぽいとか、めんどくさいとか、珍しいよねとか、なんとか。マルコのような芸術性が高いゲートも存在できる所以である。



 さて、この砥石を包んでいた魔法陣は、多角形を複雑に組み合わせたものだ。平面図形なのだが、目の錯覚で立体的に見えるようになっていた。


「何の魔法かな」

「ゲートっぽいぜ?」


 私たちはゆっくりと魔法の領野を読み解いてゆく。



お読みいただきありがとうございます。

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