夏祭りに出掛けよう
魔の山での修行は、早朝と放課後に行われた。朝はマルコが早朝訓練に行くより前に起き出して鍛錬し、放課後はマルコが遅くならない日には、ワイバーン飛行訓練をした。
「4ヶ月もすれば自分のワイバーンを見つけるんだし、慣れといたほうがいい」
それはどういう?
「テレサの花嫁姿、楽しみだぜ」
いや、それ決定事項でしたっけ?
なんかマルコの顔、デレンデレンで凄いことになってますが。
「今は蜘蛛脚のマシンドールの行方を考えないと」
「それは、中央魔法騎士団に任せろよ」
え?
「じゃなんで私鍛えられてんのよ?」
「そりゃ、テレサが逃げようとしないからだろ」
ぐっ。
今後の為に、ってことか。
何かあった時、私は逃げ出すどころか先陣切って駆け出しそうに見えるのだろう。
実際、蜘蛛型マシンドールと対峙したとき、踏みとどまり、然るのちに前に飛び出した。
「ほんと、ひやっとしたぜ」
「信用ないなあ」
「いや、信用とかじゃあなくてだな」
マルコが水分補給をしながら横目で睨む。
「急に大集団で機械が襲って来たらどうするつもりだったんだよ」
「とにかく蜘蛛を潰すつもりだった」
「ちっ」
「何よう」
マルコは水を飲むための革袋を持ったまま、片腕で唐突に私を引き寄せた。鍛え上げた丸太のような腕は、しかし締め付けることなく私をマルコの胸元に抱き寄せる。
「勘弁してくれよな」
「う、ごめん」
私には、勝算があった。
だがもし、あの時唐突に全ての機械が魔物化していたらどうなっていただろう。
このセンテルニヤ王国は、何が起こるかわからない。規則性なんて無いのだ。
訓練機械だけが魔物化するとは限らない。
理由なんてない。
原因なんか探るだけ無駄だ。
成るときは、成る。
そして、来る時は、来る。
そういう予想外の事態には、反射神経が何よりも重要なのである。
故に、フィジカルを鍛えて、反応速度を上げる訓練が始まったのだ。
マルコが中央魔法騎士団の訓練で遅くなる日は、私は1人で魔法の特訓だ。同時に、マルコに習った体術の型を復習する。
魔法実技演習試験の準備でしてきたのは、どちらかというと互いの良さを生かした連携だ。だが、魔物が誕生し取り逃してしまった今、逃げない私を守る為、マルコのスパルタ教練が始まってしまった。
毎日毎日、睡眠時間を削ったマルコに魔の山へと連行される。柔軟運動だけでみっちり40分。そこから走り込みを1時間する。
崖上り、礫避け、枝渡り、紐付き丸太の乱打、そこでようやく型をひとつ習う。最後は、軽いほぐしと称して15分間かけて関節と筋肉を緩める体操だ。
最早朝とは言えない時間に初めて、そのまま鬼畜研修へ出かけるマルコ。私は登校迄の僅かな時間に二度寝する。疲労回復の魔法を使う気力すら残っていない毎日だった。
幸いラゴサの赤い実一族に特有の体質により、寝れば全快するので朝ご飯もしっかり食べる。この体質は、子供の頃にはそれほどはっきりとはしていなかった。成長するにつれて、顕著になってきたのだ。
あれから2週間。明日から夏休みだ。そして、夏祭りは明後日だ。
マルコは覚えているだろうか。私達が仲良くなった頃、今年の夏祭りは一緒に行こう、と約束したことを。
奴は魔法剣の発動が安定して、センテルニヤ中央魔法騎士団の正規団員に内定した。四月に入団して一年間生き残れば、晴れて街回り勤務のエリートである。
内定すると、「正式な見習い団員」というものになる。因みに現在は、「研修中の見習い団員」である。
魔法剣の発動が出来なければ、正式入団後も見習い同様の扱いだ。
これは、正式な呼称である。雑なのは今に始まったことではない。ネイティブとしての現世テレサ(私)は、全く驚かない。
だが、僅かに残る前世の記憶が、もう少し工夫しても良かったのではないか、と不満を滲ませる。
不満が出てきてもどうすることも出来ず、私は受け入れるしかない。
さて、「正式な見習い団員」、通称「内定者」となった後はどうなるのか。発動出来た時の次年度に正規団員となり、一年間の研修を魔獣蔓延る魔境で過ごす。そこでやっと市街警備に配置換えされるのだ。
「内定したら余計にキツくなった」
マルコが愚痴を溢す。内定者は、研修期間に連れて行かれた場所の何倍も危険な地域に派遣される。しかも日帰りだ。
もしかして、市街警備というのは、魔境よりも危険なのでは?そういえば、夏休み祭りにゆく約束をした公園デートの日には狭路で馬車の事故があった。別の日には、暗殺未遂と思しき捕物に巻き込まれた。
平和そのものに見えていたわがセンテルニヤ王国は、案外物騒な国なのかも知れない。
「セレナード!いい加減にしなさいよ」
夏休み前の今日、遅刻ギリギリで教室にやってきたマルコは、ワイバーンに乗っていた。
マルコは、もう何度目になるかわからない注意を受けている。
「あらら、怒られた」
緑色のやつが呆れる。
「中央騎士団員がそれではなあ」
銀髪巨人デレクも言う。
「マルコ、卒業できなくなるよ?」
王子が警告する。
「寮遠いからさ~、馬車の乗り換えミスったら遅刻すんだろ」
マルコが軽い調子で言い放つ。
これは!
マルコのワイバーン登校イベント。
強制イベントの魔物討伐へとつながる筈だ。
蜘蛛脚マシンドールが見つかったのだろうか。
ゲームでは、何の前置きも用意されていなかったこのイベント。だが、これが終わればあとはおまけだけというかなり重要な挿話である。
何が起こるかドキドキしながら夏休み前日を過ごす。休み中に誕生日がくる生徒は、今日が最終登校日。仲良しと卒業の挨拶を交わしている。
終業式はないが、簡単なホームルームで夏休みの注意事項が伝えられる。プリントなども配られた。
何も起こらない。
マルコも大人しくしている。
「テレサ、飯行こうぜ」
何事もなく学校が終わった。今日は半日で終了した為、これからランチである。
久しぶりに、思い出の店『海の宝石亭』に行くことにした。
ワイバーンで寮に帰ってから、着替えて合流する。マルコが来てほっとした。いま魔物討伐が始まるか、いつ始まるか、と緊張が解けない。
「何だよテレサ。へんな顔して」
「えっ、別に」
まさか、魔物討伐イベントに雪崩れ込まなかったね!などと言えるわけがない。
いつ討伐へとマルコが呼び出されるかと本当に不安だ。ゲームでは、私は討伐隊のメンバーではなかった。一緒に着いて行きたいが、どうしたら良いのか。
ゲームでは、古代の魔法剣で一瞬の解決だった。でも、現世がそうとは限らないではないか。
私の魔法があれば、かなり安全に魔物と対峙できるだろう。
「何だよ」
マルコが抱きついてきた。
「蜘蛛脚のやつがどうなったのか不安でさ」
嘘ではない。ある意味真実だ。
「まだ何にもわかってないな」
抱きついたまま、マルコが思案顔になる。
「噂も聞かねえ」
不気味だな。
「街でも?」
魔法学園での大事件だ。いくら学園側が隠そうとしても、誰かしらから漏れるものではないのかな。
「ああ。何事もなく、明日から夏祭りだ」
マルコが苦い顔をしている。
「マルコ」
私との約束は忘れたのかな。
「お祭」
「ごめん、少ししか一緒に回れない」
少しは時間を作ってくれるのか。良かった。
「蜘蛛脚とは関係ねえんだけど」
「うん」
「夜間訓練があんだよ」
内定者は、訓練が厳しいから仕方ないよね。
「はー。テレサと夏祭りに行きたかったなあ〜」
「うん。仕方ないね」
「テレサ」
「うん」
「可愛い」
はいはい。
マルコのいつもの可愛い発言に、私は最近定番のよしよしをする。マルコは本当に心身が疲れている。
次の日。
ぼんやりとした前世の記憶では、夏祭りと言えば浴衣だ。全体的に四角いシルエットの装いである。袖も四角く、ゆらゆら揺れる。頭飾りも可愛く揺れる。
だが、現世にそれはない。あるのかも知れないが、手に入らなかった。
私は青いワンピースに紺のスニーカーで、学生寮の玄関口に行く。
マルコが待っていた。大柄な赤毛の青年が、腰に古代の魔法剣を帯びて立っている。シンプルな黒いシャツに茶色のズボン、そして黒いスニーカー。だけど、それがとてつもなくカッコいい。
私はちょっと照れてしまった。
いつもとそんなに変わらないのに。髪の毛だって、短く刈り込んでいるから、セットしてきたわけでもないのに。なんで今日はこんなにかっこいいのだろうか。
「テレサ可愛い〜」
マルコは挨拶がわりの可愛いを落とし、私たちは手を繋いで街へと繰り出した。
学生寮から裏街を抜けて、からくり時計の広場へと出る。夕風はまだ暖かく、空も明るい。
太陽は傾き、雲の端には黄金の色が縁取りを飾る。
人々は忙しなく祭りの準備をしている。マルコの先輩達が、市中警備に駆り出されて忙しそうだ。
毎年デレクが出場している箒ダンスの舞台設営にも、安全確認の為に中央騎士団員が訪れていた。
中央公園に足を踏み入れるころ、ようやく夜店に灯が入り出す。飲み物、食べ物、不思議な動物のお面。普段は見慣れない物たちが、屋台に並んで原色の灯りを受けている。
「テレサ」
マルコに手を引かれて蓮池へと向かう。大きな池の周りには、柱がいくつも立てられて赤や黄色のランタンが下がっていた。池は薄闇の中で夕陽に染まり、ランタンの色が水面に水玉を踊らせていた。
私たちはボートに乗った。
池には、幾艘かのボートが浮かんでいる。楽しそうな老夫婦、はしゃぐ子供に慌てる父親、悪ノリしてスピードをだす少年達。
それから、勿論、私たちのような若い2人連れ。
特に必要はないのだが、マルコに手を借りてボートに乗り込む。
ああ、わかった。
今日のマルコは、私を最大限女性として扱ってくれているのだ。
いつもだって大切にしてくれるし、とても優しい。でも、今日の様子は更に心がこもっているのだ。
何だろう。
嫌な予感がする。
「マルコ、遠征にでも行くの?」
「え?いや?何で?」
「なんとなく」
私達はボートの上で、なんとはなしに黙ってしまう。
屋台の呼び込みや、女の子たちの歓声が風に乗って湖まで聞こえてくる。
「花火、見たかったな」
マルコが残念そうに言う。花火は3日目の夜遅くに予定されていた。今日は初日で、マルコは早々に夜間訓練へと出かけなければならない。
夏祭りの花火を蓮池のボートに乗って見た同士は、永遠の絆で結ばれる。そんな伝説があるのだそうだ。親子でも友人でも。
恋人でも。
お読みくださりありがとうございました
次回、砥石渓谷




