魔法戦闘機械人形
やって来ました、魔法実技試験。ゲームでは一切触れられなかったアクテイビティである。ここ『アラン王子記念王立魔法学園』では、2ヶ月に1度課題が与えられ、2人一組で実技試験に望む。
前回と今回の間に一般課目試験もある。目下マルコ指導員の元、対策に励んでいる。
一般課目試験は、前世で言えば二学期の期末考査にあたる時期だ。王立魔法学園は誕生日で年齢別クラスを移動して行く。つまり、完全年齢制だ。そのため、前世の現代日本を採用した一般課目の教育カリキュラムとは、絶望的に相性が悪い。
5月( くらい )生まれのマルコにとっては、殆んど影響が出ないシステムだ。しかし、11月生まれの現世テレサこと私にとっては、全くもってありがたくない教育カリキュラムなのである。
そんなこんなで、5月生まれの上に成績優秀者なマルコ指導員のサポートにより、どうにかこうにか一般課目試験は終了した。
今回の実技試験は、何でもありの魔法戦闘実技である。マルコと私が組むと過剰戦力間違いなし。試験官に止められるかと思ったが、エントリーシートは無事に受理された。
マルコはたいそうご機嫌である。
マルコは、特殊な入団条件を持つ超絶エリート集団である、中央魔法騎士団の見習いとして研修中だ。本来は、魔法学園の魔法実技課目について、受講と試験を免除されている。
「テレサと一緒にいられて嬉しい」
しなくてもよい事にわざわざ手を出すのは、したいからである。全くこの自由人は。
「何でもありかあ。機械の数も多そうだよね」
「だよな。開幕で全部破壊しても増援来そうだしな」
「気が抜けないわね」
「そうだな」
「でも、開幕で学園破壊はやめてよね」
魔法実技試験は、試験官への攻撃が禁止されている。試験官が魔法で増援戦闘機械を呼び出すのを阻止することは、不可能だ。だから、対策としては、学園内にスタンバイ中の戦闘機械を潰して回るくらいだ。
「しねえよ。学園ごと吹っ飛ばしたら、他のクラスに迷惑がかかるだろ?」
マルコがまともな事を言った。
「何ぎょっとしてんだよ。ひでえ」
ムスッとしながら、マルコが抱きついてきた。
「テレサ可愛い」
何故今の流れでそうなるのかは解らない。兎に角ベタベタくっついてくる。暫くそのままにしておく。いい加減慣れた。
試験準備期間中は、学校の魔法実技練習場を使える。普段は魔法戦闘研究会の会員しか使用許可の出ない場所だ。設置されている練習用の魔法戦闘機械が、段違いの性能なのだ。
扱いが難しく危険である、というのが限定解放の理由だが、高級品故に破損したときの修理も高額となる為に違いない。この辺は、雑には済まさないようだ。
試験準備期間には、教員や優秀な研究会員が監督しているため、無茶な動きを見せたら即刻拘束される。以降、その学園生は卒業まで魔法実技練習場を使用禁止である。
そこまで罰則を厳しくしないと、無茶をする生徒が多いのだ。ゲームでは全く触れられることの無かった、『アラン王子記念王立魔法学園』で行われる魔法は、現世魔法学園に於いて主役である。
学園生は、そもそも魔法の才能が一般人より高い。それが入学条件である。能力が高いので、正しく教育しないと周囲への被害が甚大なのだ。学園に集められた時点では、我々学園生は皆一様に危険人物予備軍の問題児だ。
一般生徒向けの魔法戦闘機械は、校庭の隅に設置されている。こちらは自由に使用してよい。しょっちゅう壊れている。変な形をしているが、それは、修理の度に何かしら勝手に付け足す人がいるからなのだと思う。
この魔法戦闘機械を修理しているのは、学園生の有志だ。中心となっているのは魔法工学研究会だが、魔法科学研究会や魔法兵器研究会、魔法歴史研究会、魔法特撮研究会などの学生も参加している。
修理に参加資格はないため、魔法生物研究会や魔法美術研究会、魔法霊研究会の会員も1人2人ずつはいる。彼らが一般生徒向け魔法戦闘機械に何を付け足したのかは知らない。
知らない方が良いことに違いない。
少し気を抜くとすぐに過剰な威力の攻撃を放とうとするマルコに、教育的指導を重ねながら、共同訓練を続ける。
魔法実技練習場は、当然使えない。現役の中央魔法騎士団見習い団員の常識は、一般学園生とかけ離れているのだ。
彼に言わせれば、一般学園生の行使する魔法の威力は弱すぎる。
事実は勿論、逆である。マルコ達中央魔法騎士団員が強すぎるのだ。しかし、マルコは一般学園生の訓練風景を見て宣う。
「あんなじゃ、一瞬で死ぬぜ」
マルコ達中央魔法騎士団見習い団員は、毎日魔獣の群れと対峙している。学園の魔法実技が免除になるのは、実は特典でもなんでもないようだ。常識も威力も違いすぎる。学園の設備ではもたない。一般生徒と同じ指導や評価基準を適用出来ないのだ。
こんなにも常識が違う人物が、高級な戦闘魔法機械が設置されている練習場所を使える筈もない。校庭も他の人から苦情が来そうだ。試験を受ける前に停学処分にでもなったらたまらない。そこで、私達は独自の練習場所を探した。
私達は、放課後ワイバーンに乗って飛竜山脈へと移動する。マルコのワイバーンに乗せて貰い、峡谷まで行く。渓流の岸辺に下ろして貰うと、訓練開始だ。
私達は得意の風を魔法で纏い、切り立った岩壁ギリギリの位置で移動する。渓流から覗く大岩を蹴って岩山を縫って飛ぶ。
連携技も幾つか試す。ブースト系は禁止だな。
「何でだよ」
マルコは不服そうだ。
「飛竜山脈が平野になるわよ!」
私達2人は、どちらがどちらの魔法に威力強化の魔法をかけても、洒落にならない威力にしてしまう。そもそもが強力な魔法なのだ。試すまでもなく禁止だ。
「テレサお疲れー」
練習後に、必ず抱きついてくるマルコが重い。
「やめてよ」
「2人っきりじゃん」
「重いんだけど」
「可愛い~」
さて、魔法実技試験当日。
私達は、安全のため試験場から離れた場所で待機する。待機室に全員で待ち、呼ばれたら試験場へと向かう。
乙女ゲームメインキャラクターチームは、主人公マーサと金髪もじゃ眼鏡ロドリゴ、デレクと王子。余った緑は、防御特化のクラスメイトを捕まえていた。
生徒は順番に呼ばれる。終わり次第、本日は下校だ。順番は試験官が事前に決めているが、公表はされていない。いつ呼ばれるか解らないプレッシャーも試験のうちなのだ。
「その場で適当に決めてんじゃね?気分だろ?」
或は、マルコの見解が正しいのかもしれないな。センテルニヤ王国だもの。
他の組の実技を参考にすれば、後に呼ばれる組が有利になってしまう。その為、待っている場所からは他の人の試験が見えない。試験後、実技試験内容講評授業が行われる。大変勉強になる講義だ。最先端の魔法録画技術と映像解析技術を駆使した、本格的な分析と解説が聞けるのだ。
「マーサ・フロレス、ロドリゴ・デ・ベラスケス、試験会場まで来てください」
魔法放送が響く。特にスピーカーは無い。しかし、送電側ではマイクがある。電気は無いが呼び名は電信であり、電波である。いつものこと。気にしたらいけない。
魔法通信システムにも幾つかあって、そのひとつが魔法放送だ。コードレスどころか変換機もない謎の短波集音伝声装置の他にも、伝声魔法、電信、等。
電信は、電気どころか信号ですらない。一旦魔法信号に変換されてはいないらしいのだ。文字や記号に変換されるわけでもなく、生音声がそのまま伝わる。最早、伝声魔法と何が違うのか素人にはさっぱり解らない。
専門家によれば、「何言ってるんだ、全然違うし」とのこと。勿論、説明は一切ない。「気にしすぎ」と言われないだけよしとしよう。
マルコと連携の確認をしながらのんびりと順番を待つ。私達は、おそらく最後だ。うっかり魔法戦闘機械人形や校舎の一部を大破してしまったら、修復迄に時間がかかり過ぎるからだ。
流石のマルコも、実技試験の順番待ちの間はベタベタしてこない。必要以上にぴったり隣に座ってはいるが、それ以外は真面目に試験準備に取り組んでいる。
「んっ?なんだ?」
「ええっ?」
突然、マルコの魔法剣に埋め込まれた魔法石が強い光を放った。元は白っぽく石灰のようだったが、マルコが触れて私の瞳と同じ躑躅色に変わった、あの魔法石である。
私達の魔法が上達し、2人の絆が深まるにつれて、石の色はどんどん深まった。そして、ついには、金沙銀沙の渦巻く赤に近い深い深いピンクになった。
それが今、まばゆい光を放っているのだ。前触れもなく、急にだ。
「うわあ」
「きゃーっ」
なにやら外が騒がしい。慌てて教室の窓に駆け寄る。
待機室になっている教室から、順番待ちの生徒全員が一斉に覗く。ここから実技試験会場は、死角になっている。窓から見える範囲をぐっと右手に回り込み、角を曲がった向こう側が会場だ。
まさにその方角から、マーサとロドリゴ、その辺に居たらしき別の年齢クラスの生徒達、体育の授業中だったクラスと教員、そして試験官と、なにか有機的な金属生命体が、一塊になって走り出してきた。
「なんだありゃあ」
「生きてるわね」
「ああ」
「ボティは、魔法戦闘機械だね」
「よく見るとそうだな」
マルコと私の分析に、他の生徒が無言で振り向く。どの顔でも、恐れと驚きで眼が見開いている。マルコの魔法剣が光っているからなのか、あのグロテスクな中にも何処かスタイリッシュさを感じる機械生命体の分析内容に恐怖したのか。
それを吟味する暇はなかった。
「きゃあああーっ」
「マーサっ!」
「フロレスさんっ!」
機械生命体が奇妙に延びた節の多い銀色の棒をしならせて、マーサに襲いかかる。幾つか重なる四角や丸のひとつからは、人の手のような物が生えている。そこから繰り出された電撃が、マーサとロドリゴに向かう。
ロドリゴと教員に庇われたものの、マーサは足に怪我をして、ロドリゴに抱えあげられる。
あっ。これみたわ。あのネタゲーで。たしか、「保険室」イベント。なんだったかの選択肢で校庭に行くと、いきなり足を怪我して抱えられるシーンが展開されるのだ。原因は戦闘機械の暴走か。
そのあとは、保健室での看病されイベントがあり、唐突に魔物討伐が始まる。
私は、マルコの魔法剣をじいっと見る。
ねえ、魔物、今まさに産まれ落ちたんじゃない?
次回、「魔物の誕生」
よろしくお願い致します




