贈り物を見つけよう
細かい修正をしました。
私達は、静かになった裏道を進む。裏道沿いの店舗も、その隙間にある民家も、そして通行人さえもが、何事も無かったかのように落ち着き払っている。
白刃キラメク追跡劇が、日常茶飯事なんだろうか。センテルニヤ王都は、随分と物騒な街である。
もっとも、10歳からこれまでの6年間には、こんな危険な事件に遭遇したことなんか無いのだけれども。
乙女ゲームとは、物騒な世界である。暴走馬車に暗殺者の襲撃、拉致に毒殺、暴力沙汰。ドレスは汚破損被害に会うわ、教科書は器物損壊されるわ。階段からは突き落とされるし、監禁されるし。そうかと思うと、濡れ衣からの処刑だとか追放だとかの憂き目に合うのだ。
主人公達には、まだまだ沢山の事件や事故や陰謀が待ち構えているに違いない。そんな人生は、願い下げである。つくづく、ヒロインでも悪役令嬢でもハイスペックモブでもなくてよかった。
私の場合は、幸いにしてよく解らないサブキャラだった。生き残る努力もしなくて良いし、悪役令嬢に虐められないようにひっそり生きなくても大丈夫だ。
現に、この6年間乙女ゲームストーリー的には何の努力もせずに生きてきた。それどころか、ゲームを思い出さずに朧気な前世記憶だけだった期間など、いたって普通のセンテルニヤ国民である。傍観すらせずにだ。
結果的に、マルコの食堂閉鎖イベントまでは主人公グループと全く関わりなく過ごせた。
それは、実際にその時が来るまでは『お弁当イベント』と仮称していたイベントである。ゲームテレサこと『案内人』のイベントなんか、キレイさっぱり忘れていたからねえ。
ただ、そうやって乙女ゲームストーリーに巻き込まれても、結局はその時だけの被害で済んだ。何しろトゥルーエンドマルコは、ヒロインであるマーサ・フロレスとハッピーエンドは迎えないのだ。
トゥルーエンドと言うくらいだから、この世界にもしもゲーム強制力とやらがあるのなら、マルコがハッピーエンドを迎えるのは、チラリと語られた謎エピソードで背景に雑な絵で描かれた茶髪平均身長女性である。殆んど私と言ってよい。マーサではない。
幾多の転生ストーリーで見られる、攻略対象に心変わりされるビクビクなんて、最初から無い。
もうね。マルコが嫉妬深いのとベタベタし過ぎるだけが悩み。楽な転生よね。
などとつらつら考えて現実逃避していた理由は、まさにそのベタベタマルコである。先程の襲撃事件で、庇護欲が発生したようだ。傘屋に入るまでは手を繋ぐ程度だったのが、襲撃事件を経て、しっかりと肩を抱くようになった。守っているつもりなのだと思う。
狭いのに。この道は。
へんな蟹の横ばいみたいになっていますよ?みっともないよ。子供が指差してるじゃないか。やめてぇ~。
「この先の武器屋に、ちょっと寄ってもいい?」
ベタベタの割には、普通の話題だな。中央魔法騎士団見習いにとっては、日常的な発言だ。デート向きかというと、甚だ疑問な話題ではあるが。
「いいよ。予算内ならそこでプレゼント買えるし」
「おっ、マジ?じゃあ砥石買ってよ」
「砥石?」
武器屋で扱っているのか、砥石が。幾らくらいするんだろう。やっぱり高級品からお手軽品まで各種取り揃えているんだろうか。
「魔法剣て厄介でさ。特殊な素材の砥石が要るんだ」
「砥に出さないの?」
そんなに特殊なものならば、専門の研師がいても良い筈だ。包丁ですら、プロの研ぎ屋さんが研ぐと切れ味が全然違うそうだから。前世の私は、100円均一ショップの簡易砥器しか試した事無いけど。
「専属の遣い手を持つ魔法剣は、持ち主にしか手入れ出来ないんだよ」
自我があるんだな。まあ、持ち主を「選ぶ」くらいだからね。
「話せたりすんの?魔法剣と」
「いや」
なんだ、喋れないのか。つまんない。そこはやはり、知恵ある剣であって欲しかった。
「でも、持ち主以外が手入れしても、全く手入れしてないみたいな仕上がりで意味がないんだ。」
喋れないくせに生意気な。
「ふうん」
「自動修復型の魔法剣でも、持ち主が砥いだり磨いたりしてやらないと、パフォーマンスは落ちるんだぜ」
厄介な存在なんだな。魔法剣。
「メンドクサイね」
「えっ。そんなこと言うなよテレサの魔法剣なのに」
「いや、それ違うでしょ」
マルコのである。
「テレサに見つけてもらって、テレサに捧げた、テレサだけの為の魔法剣だぜ」
マルコが私の肩を抱く手に力を入れる。私を見つめるマルコの赤に近いピンクブラウンの瞳には、優しさの中に自慢げな色も見えている。
相変わらず魔法が得意なだけの、平凡な私だが、マルコにとっては自慢の彼女なのである。奴にとって私は、魂まで捧げ尽くした永遠の伴侶である。
武器屋は、想像していたよりも小さかった。住宅街の真ん中で、うっかりすると見落としそうな店舗を構えている。
粗末な木の扉は、上部にドアチャイムがついている。黒い鉄のベルが幾つか下がるタイプで、内開きの扉を押すとカランカランと陽気な音を立てる。
「いらっしゃい」
ガッチリした中年男性が店番をしていた。
「砥石ある?」
マルコが気さくに声をかける。
「あっちの棚に並んでるよ」
マルコは、示された棚にさっと目を走らせる。
「出てるだけ?」
「ああ」
「そうか」
あからさまにがっかりしたマルコ。
「お客さん、魔法剣持ちかい?」
店主がマルコの腰の物をチラリと見る。マルコは軽く頷く。
「魔法剣用の砥石は今切らしてるけど、来月なら入荷するよ」
「そんなら、また来る」
「けど、自分で採ってくると更に剣との絆が深まるぞ」
お喋り出来るようになるかな。
「へえー。どこで採れるの?」
「砥石渓谷の奥のほうだよ」
出たよ。雑なネーミング。マルコは、砥石渓谷の位置を大雑把に教わっている。知らない地名が次々に出てくる。私には、大雑把にすら解らない。
オヤジには悪いが、砥石の情報だけを得て武器屋を後にする。プレゼント、どうしようかなあ。
「他に欲しいもの無い?」
「うーん」
私たちは、少し幅広の通りに出た。マルコがぴったりと横並びに肩を抱いてくる。さっきの裏道よりは無理の無い体制だ。顔がちゃんと見えて、ちょっと嬉しい。私の感覚もだんだん麻痺して来たかな。
「無理に今日でなくてもいいよ?」
「いや、今日がいい」
記念日だからね。やっぱりマルコはそういうの好きなんだ。そのうち私の誕生日を教えよう。きっと祝ってくれる。少なくとも、一緒に過ごしたいとは思ってくれるに違いない。
「あっ」
マルコの足が速まる。ラゴサ牛乳の直営店が見えたのだ。ゲームでは多分出てこなかった。現世の私は、あるのは知ってるけど来るのは初めてだ。
直営店の看板は木彫りであった。バラの小路にあるパンケーキ屋さんと同じ系列の看板だ。牛乳に手足と目口がついていて、愉快なポーズをとっている。
しかも、日本の学校給食に出てきそうな牛乳瓶が、口まで白く牛乳を湛えている。明らかに西洋中世の世界観を逸脱したデザインだ。
マルコは顔を喜びに輝かせ、歌い出しそうな勢いで入り口の扉を開ける。ドアに取り付けられたカウベルが、ガランガランと牧歌的な音を立てる。
「いらっしゃいませ」
センテルニヤ王都の直営店には、知った顔は見当たらなかった。最も、地元の直営店でも、知った顔は殆んどいないけれど。領主のお嬢さんという立場ではあるが、特産品直営店の従業員と特別親しい訳ではない。
「おっ、これいいな」
公式グッズのハンカチである。白い絹に、牛乳瓶キャラが刺繍されていた。なんとも言えないハンカチだった。
「レディが騎士にハンカチを贈るって、英雄の物語みたいでかっこいいだろ」
ロマンチストなのか子供なのか。マルコらしくて脱力する。
会計の時、おまけを貰った。
「当店の100周年記念グッズです。今日だけ限定のおまけですよ」
「おおっすげえ」
「ピアス?」
センテルニヤのピアスは、魔法の力でくっつく。だから、厳密には針で孔を開ける装身具ではない。どちらかというとイヤリングだ。でも、ピアスと呼ぶ。
「ラゴサミルクの牛乳瓶だねえ。小さいのにロゴまで再現してるよ」
そこまで口にして唐突に思い出した。
ゲームマルコはいつも、ピアスをしていた。ラゴサミルクの公式グッズであるロゴ入りの牛乳瓶だ。愛好家が作成して写真上げてたな。それ、私があげたやつだったんだ。正確にはおまけだけど、どう見てもマルコはハンカチより気に入っている。
夏祭りの花火シーンも思い出す。花火の原理はこの際どうでも良い。尚、センテルニヤ王国に火薬は無い。
花火シーンも周回すれば作業イベントだ。皆同じ台詞で同じ行動をとる。何をするかと言えば、告白とファーストキス。ありがちな展開だよね。
ただ、マルコルートだけは、キスしなかった。告白はしたけど。マルコは、ゲームの主人公であるマーサ・フロレスに「好きだ」って言うときにも、ラゴサミルク公式ピアスをつけていた。
ゲームマルコもゲームテレサと今日のデートをしていなければ、そのピアスは持っていない筈。マーサの前に、ゲームテレサと恋人同士だったんだろう。
ゲームテレサと約束していた夏祭りで、ゲームテレサのくれた初めてのプレゼントをつけて、他の子に告白するなんて。現世マルコならあり得ない。だから、マルコルートのゲームテレサには何かがあったとしか思えない。
その時ゲームマルコはキスをしないで、切なく花火を見上げていた。へんな展開だなって思っていたんだけど。もしかしたら、あの「好きだ」はマーサ宛じゃ無かったのかも知れないな。
マルコルートのゲームテレサどうしたのかな。死んじゃったのかもね。マーサのお陰で傷を乗り越えるイベントがあったのかも。覚えてないけど。
マルコルートでは魔物イベントに魔法剣を持ち込む事が出来ない。マーサと結ばれるルートはトゥルーエンドにならず、魔法剣はトゥルーエンドのみ魔物討伐に持ち込めるのだから、当然である。
私に捧げた魔法の剣は、マルコが私を失えばきっと使えなくなるんだ。中央魔法騎士団入団の夢も、魂まで捧げた女性も、どちらも失ったマルコは、想像するだけでも辛そうだ。
「えっ、何。テレサ、俺なんかした?」
「違う、ごめん」
マルコががさがさの指で私の目の下を撫でる。しまった。テレサを失ったゲームマルコを想像して泣いてたみたい。
「悲しい物語を思い出しちゃったの」
「英雄の?」
「うん」
ハンカチから悲恋の英雄譚を思い出した事にしてごまかす。話ながら店を出ると、マルコは買ったばかりのハンカチで私の涙を拭いてくれた。
「ピアス、着けてあげよっか?」
話題を変える為もあって申し出ると、マルコはことのほか喜んだ。
「おう!着けて着けて!すっげぇ嬉しい」
私の貼附魔法で、マルコの耳にピアスを着けてあげる。最近の魔法学園で流行っているんだって。恋人の魔法でピアスつけるの。
「あー、テレサの魔法だぁ」
中央魔法騎士団の鬼畜訓練で恐ろしげに育っていたマルコの顔が、へにゃへにゃに崩れる。短く堅い赤毛に縁取られた、年相応の少年らしい爽やかな顔が現れていた。
お読み下さり、ありがとうございました
次回、実技テストは慎重に




