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終末世界の歩き方。  作者: 上野羽美
DEAD ZONE
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第九十二話「子猫の小隊」

フロントガラスの向こうにはライトに照らされた道が闇の向こうに続いている。冷たい夜の風があたしの顔に吹き付けるけれど、顔は伏せずにそのまま風を受ける。

 胸は後悔や無力感、憤りが猛っていてあたしは今にも喉元にこみ上げそうなそれを唾液と一緒に飲み込む。


「陽平に何を話したの?」


 隣であたしと同じく闇夜に目を凝らす准尉に話しかける。准尉はあたしの方に振り向かずに静かに返す。


「話……じゃないな。懺悔みたいなもんですよ。過ちと、後悔をただ口走っただけ。それと、俺の意志を託したんです。言葉は違っても奴はそれをちゃんと受け取ってくれる」


「……意志を、ね……」


「ヨーヘイは素人だって言いたいんですか?」


「そうじゃない。あたしだってそうしたかった。でも、今のあたしには何もかも託すことしかできない。本当は自分の腕を伸ばして誰かの力になりたい。本来はそういう立場にいるのだからなおさらよ」


 だからあたしは託すことさえ選択したくなかったのだろう。


「……無力感に苛まれてる?」


「ええ、そんなとこね」


「そりゃそうさ」


 准尉は座席から身をよじって後続の車を顎で指しながら言う。


「俺だって、あいつらだってみんな同じですよ。お国の名誉のために死地に投げ入れられても危険なんてほとんどないような部隊だった。上官からの命令で危険な土地から離れ帰還しろと命令された兵士の顔があれだ。誰一人として歓喜の声をあげない。安堵のため息もあげない。あいつがああしちまった。あの小さな子猫ちゃんが屈強な体とろくでなしの心を持つ野郎どもの心をああしちまったんだ」


「ええ……そうみたいね」


「もう俺たちは子猫の部隊なんですよ。これから戻る基地ではあいつが眠っている。あいつの意志を遂げないままに帰りたいなんて抜かす奴は一人だっていませんよ。俺だってそうだ」


 あたしはあたし自身の小さな身震いを感じ取った。


「みんな同じなのね」


 文字通りの小さな小隊だった。まとまりはあったのかもしれない。あたしを中心にして動く何の変哲もない部隊。同じ指示を聞き同じように動く部隊。当たり前だ。それが部隊なのだから。


 けれど、この感じは何なのだろう。


 目的のために、手早い任務の遂行のために共同で動く。それだけでは説明がつかないような共同体。

 

「約束したもの。キティと。たくさんの人を救うまで、別れの言葉は告げない。今は帰還することしかできないけれどあの場所に立つことはできないわ」


 あたしたちはもはや一つの意思だ。感情の何もかもを共有して今ここにいる。

 あの小さな彼女は准尉の言う通りあたしたちを一つの意思としてまとめて導こうとしてくれた。


「だから、このままじゃ引き下がらない」


「同感です少尉。なんだっていい、牙剥いてやりましょうよ」


 准尉は軽く敬礼をしたあとで冗談を言ったみたいに笑った。


「軍備を一般人に渡す以外の方法で牙を剥きたいわね」


「えぇ……見てたんすか。ちなみにあれは俺の所有物ですよ。私物です」


「消音機と弾は部隊の物でしょうが」


「まぁーそうなんですけどね!!多少は中隊長に反抗してみたいんすよ!!えぇ!これでも小隊長ですよ!!!あのファッキンモーテンセンは俺を小隊長にしたことを後悔するといい!!!」


「……近いうちにその願いは叶いそうね」


 負け戦を終えた後みたいな帰路。それでも闘志はくすぶり小さな火を灯し返す。それが子猫の小隊。そして白狼の小隊。






 基地に戻ったあたしたちに下された命令は、混乱しつつある状況をいったん白紙に戻して持ちうる情報を持ち寄り行動範囲を決定すること。一言でいうなら待機だった。もちろん小隊長はあたしではなく准尉なので情報の共有も彼が行う。あたしは大尉に顔を見せる機会が少しでもなくなったことを少なからず喜んでいた。


「お疲れ様です准尉。それで……、俺たちが動けるのはどの程度までになりました?」


 資料を手に戻って来た准尉にチャーリーが声をかける。声には皮肉がこもっている。


「落ち着けよ軍曹。もちろんいい話じゃねぇんだ。そう焦るな」


 准尉はテーブルにいくつかの衛星写真を広げて指を指しながら話す。


「……まず最初に、もう活動できる範囲は限られてきている。人口の集中していたところから感染者があふれ出してもう最初に見定めていた活動範囲のほとんどがデッドゾーンだ。『生存者のいる可能性は認められない』大尉と他の小隊長がそう言っていた。俺たちが昨日会った生存者のいた地域も活動範囲に指定されてはいない。悪い話は続くぞ」


 准尉は煙草を咥えて大きな煙を吐き出した後で続ける。


「この基地自体が都心に近い場所にある。金網で周囲を遮り常に兵士が巡回している場所とはいえ数が襲ってきたらどうにもならない」


「……撤退命令が出たってこと?」


「……いますぐにじゃないっすよ。準備は必要だ。小隊から数人引っ張り出してもう準備を始めるらしい。当然ウチからも数人出す。希望制だ。これから先死ぬような目に遭うことは無いだろうが基地に留まっていたい奴は後で俺のところに来い」


 隊員たちは互いに目配せしながら意志を確認しあっているように見える。本来なら誰が出て行くかを准尉が決めるべきなのだろう。けれど准尉はそうしなかった。基地に留まることをこの場にいる多くが望んでいないからだ。


「それで、あたしたちの活動範囲はどうなったの?」


 准尉は「ああ」とつぶやいてタバコの火を消した後、絞り出すように言う。


「実質活動できないに等しい。生存者側からの信号がない限りは身動きすら取れない。死地に投げ込まれたって言うのはそういうことだ。もう国単位で感染者に囲まれている」


「彼らの多くがそんなことできる状態にないって分かってて言っているの……?」


「だが、前例がいくつもある。この基地で眠っている生存者たちの多くは俺たちに信号を送れた人たちだ。もうそういう人しか救えることはできない。もうそういう人以外は生き残っていないに等しいんですよ。他の小隊や中隊長はもう自分のケツに火が付いたと決めつけてやがる。この場から発ちたくて発ちたくてしょうがない。当初の予定通り、白狼によって自分たちの活躍は国に知れ渡っているんだから」


 当然か。設けられた机を人差し指でつつきながらストレスをわずかながらでも発散させていく。

 大尉はこれ以上中隊を動かしたくはないのだ。時間とともに状況が悪くなっていくのは最初から分かり切っていたことだ。消耗が少ない今、この場で撤退しない限り中隊の功績が放つ輝きは鈍くなっていく一方だ。


 けれど、あたしには何もできない。小隊長として牙を剥くことさえかなわなくなってしまった。必死で方法を探してみても部隊という規制の糸が張り巡らされた状況ではあたし自身の身動きもとれない。


「……少し外に出てきても?」


「……ええ、もちろん。でもあまり遠くには行かないでくださいよ?これ以上やりづらくなるのは勘弁だ」


「分かってる。それと……チャーリー、頼んでいる件はどうなってる?」


「一応ほかの小隊の奴にも聞いて回ってるけど……情報が大雑把すぎて相手にしてもらえない状況ですよ」


「それもそうね」


「けど、きっと見つかりますよ。そう願わずにはいられない」


 珍しく冗談を飛ばさずに微笑みを浮かべたチャーリーにあたしの胸の内はスッと軽くなる。彼も誰かのために動けることに最上の喜びを感じているのだ。僅かながらでもその気持ちに貢献したい。


「……准尉、あたしと一緒に来てもらってもいい?」


「まさか、外に出るんじゃないでしょうね」


「散歩なら誰も咎めないでしょう?」


「子供みたいなこと言ってら」


 出来ることならわずかながらでも。あたしは小さな一歩を踏み出してあたしたちを待つ腕へと近づいた。

お待たせしましたー・・!更新再開しますね・・!!

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