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終末世界の歩き方。  作者: 上野羽美
DEAD ZONE
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第七十六話「終末の午後」

 まさかまたここに戻ってくるとは。


 ほんの少し前まで通っていた高校から駅の方へ歩いて十分と少し、狭い県道、商店街というには小規模で、けれど寂れてはいない、そんなどこにでもありそうな店の建ち並び。古臭い看板の下にピカピカのロードバイクが並ぶ自転車屋、未だにレコードの文字が看板に書いてある小さなCD屋。通りに突き出た盤面が蛍光色の時計。色あせた雑誌が並ぶ古書店。

 その隣にはインド料理屋と学習塾と美容院が入った小さな商業ビル。

 古い家屋の隣に二階建て、三階建ての建物が並んでいるのは何とか無理やり駅周辺だけでも都市化しようとする街づくりに便乗したのか、前々からそんな光景を不自然にも思っていた。


 昼頃には年寄りが歩いていた通りは違法に路上駐車された車が何台も止まっていて、その隙間を縫うように、或いはその身をぶつけながら多いとも少ないとも言えないような食屍鬼が見慣れた姿で歩いている。

 

 そんな光景ももう見飽きた。


「……こんなところまで来ちゃったわね」


 あの高校に通っている生徒なら見慣れている街並みを見て最上が呟く。


「……なんでここに来ちゃったんスか。先パイ疲れすぎてどうかしちゃったんじゃないッスか」


「どうにもなってねぇよ……」真偽は不明だけど。「それに意図してここまで来たわけじゃない。逃げに逃げてたらここまで来ちゃったんだよ……っていうか来れちゃったんだよ」しかも手ぶらで。


「りくにーすごいね」


 ありがとう詩音ちゃん。けれどそれ、今褒めるタイミングじゃない。



 満点の星空から一転、空を見上げる余裕も無くなった闇の中の逃避行。食屍鬼の歯から、手から、目から逃げ、逃げて逃げてここまで来た。と言ってもその逃避行は十キロに満たない。

 少し前の俺が見たらなんていうだろうか。俺は今手に何も持たず、夜の闇に向かって逃げて、あれほど危険だと思っていた市街地にいる。正気ですか?たぶん、違います。

 けれど奇跡的に夜を越えて朝を迎え、太陽の高く昇る昼前か昼過ぎかというところまで俺たちは何とか生きている。まぁ、それは置いといて。


「雨宮君、これからどうするの?ゾ……食屍鬼(グール)の数もなんだか落ち着いてきたみたいだし、そろそろみんなのところに戻る?」


 ゾンビ、と言いかけたところで俺たちのノリに無理やり付き合ってもらった中島さんが今一番気にかかっていることをそれに対する最善策付きで尋ねてくる。


「できればそうしたいんですけど……秋津さんたちがまだあそこにいるとも考えにくいんですよね」


「それに今までに姿を見られた食屍鬼たちと正面きって戦わなくちゃならないのよね。今の私たちに武器らしき武器もない、それにみんなの体力も残っていない。行動するにしても休憩をとって準備をしてから行動しないと」


 疲労に頭の回らない俺の代わりに最上が今取っておくべき行動を示す。やっぱり最上が部長の方がよかったんじゃないか。


「さっすが最上先輩ッス!どっかの先パイとは違うっスね」うるせぇ。いつの間に調子取り戻しやがって。


「えりなおねぇちゃんすごい」羨望の眼差しを向けてパチパチと詩音ちゃんが拍手を送る「りくにーより」……きっついなぁ。


「・・あの、部長も頑張ってると思いますよ」詩音ちゃんに悪意のない言葉のナイフで刺されて肩を落とす俺を有沢が励ましてくれる。優しいなぁ有沢は。でもその優しさ、裏目に出てるよ……。


 どんどん崩れていくプライドをどうにか持ち直して俺は静かに姿勢を正す。


「とりあえず武器を調達すればいいんだよな」


 そうすれば詩音ちゃんと中島さんくらいは俺に再び目をかけてくれるだろう。男としてやりおおそう。




 武器の調達、場所は商店街。優秀な食屍鬼ハンターの皆様ならこの状況に目を輝かせるだろう。

 どの店に入って、どの武器を調達するか。そこにホームセンターほどの魅力はないが、だからこそ武器の選択の目利きが評価される。リーチの長い武器、鈍器、切断武器、投擲武器。見た目そのままに武器だと言えるものを商店街から発見するのは難しいが、そうでないものから武器を作り出すのがここ、終末世界での歩き方だ。

 ある程度自分の頭の中で求める武器のイメージが固まったならレッツショッピング。


 と、ここで喜び勇んで歩き出すのならそれは優秀な食屍鬼ハンターではなく、ただの餌だ。肉塊だ。それ以上でもなくそれ以下でもない。個人的にそう思うわけです。


「とりあえずこの通りから離れるぞ」


「……割れたガラス戸、開け放たれたままのドア。そんな店が大多数を占めているのに、むやみに中に入っていくのはあまり賢くはない。プロだからこそ急がば回れを取るべきだ。この道二週間の食屍鬼ハンター、雨宮陸は語る」


「藤宮、変なナレーション入れんな」



 けれど言いたいことはだいたいあっている。藤宮も藤宮なりに危険予測ができるようになったらしい。


 商店街を離れてコンビニや小さな銀行が並ぶ通りに出る。商店街よりも道幅は大きい。止まっている車の数も少なく何かを探すのなら商店街よりは状況はマシだろう。


「でも、武器とかそこら辺に落っこちてるものなんスかねぇ。私カラスに啄まれた遺体から武器取るの嫌ッスからね……!そん時は先パイが役に立つ番ッスよ」


「そんな限定的なシチュエーションがあるかよ」


「……けど、もしかしたらあるかもしれないわね」


 最上が通りの先まで見据えて言う。その視線の先が気になって俺も同じ方向を睨む。


「……あれは、動くのか(・・・・)?」


 遠くに立つ食屍鬼はいつも陽炎のようにゆらゆらと揺れている。或いは歩いている。その姿が見えるからこそ覚悟を決めたり、その場から逃げたりしたのだが今回ばかりはしばらく眺めることしかできなかった。


 遠くに見える食屍鬼の多くが横たわっている。風に吹かれて飛んで落ちた洗濯物のシーツのように。


 油断のならない俺たちはその指先が少しでも動いてないかを確認しながら遺体へと歩み寄る。


 やがてシーツやボロ布にしか見えていなかった遺体の全貌が明らかになると不安が一気に募る。


「最上、詩音ちゃんを頼む」


 最後尾にいる最上は言葉の意味を察すると「目を閉じててね」と詩音ちゃんに声をかけた。詩音ちゃんが頷き自分の手で目隠しをしたのを確認すると遺体へとさらに近づく。


「……部長、これって」


「……ああ。他にも俺らみたいなのがいる」もしくはいたのだろう。


 遺体は頭を何かで殴打されたのか顔面はぐしゃぐしゃに潰れ、頭髪に隠れて頭の中身が漏れ出ていた。体格から成人男性だということだけは分かるが、彼についてそれ以上は分からない。

 この遺体の有様が今まで自分が行ってきたことの結果として散々目に焼き付いたものとほとんど同じものだということも分かる。

 

 生存者の影。


 それについて歓喜の感情は湧いてこない。もう、秋津さんたち以外に信じられる人はいないからだ。あきらかな撲殺の跡に刃物で武装した秋津さん達の仕業でないことも分かる。


 周りを見渡せば横たわる遺体のすべてが似たような形でその場に放置されている。


「……鈍器だよねこれ」


 吐き気を堪えながらも中島さんは不安を露わにして俺に訴える。


「ここ、危険だと思う」


「……俺もそう思います」


 簡単に行きつく答えで言えば彼らに使われたのはバットかそれと似たようなものだろう。そうした凶器が自分や仲間に向けられることも頭によぎる。あの千葉さんたちは自分たちにそういうトラウマまで残してくれた。


「先パイ、」服の袖を掴んで藤宮が遠くを指さす。「武器あったッスよ」


 それは十数時間ほど前に俺が所持していたバールだった。


「えっ……あれ取るの?」


「取れるんだったら取った方が良くないッスか?丸腰じゃそろそろきついっスよ」


 確かに丸腰は不安だ。リーチは短いバールと言えど馬鹿にはできない。けれどあれを取るのは少しだけ気が引ける。


「無理なら無理でもいいんスけど」


「……分かったよ……やるよ……やりますよ」


 遠くで向こう側を向いて立っている厚手のコートを着た男性の食屍鬼。


 ようやく見つけた武器は彼の手に握られていた。

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