閑話「始まる動乱」
時系列的には、一之丞が「D」を手に入れたあたりの話。
「いやぁ、流石っすね! このあたりの魔物が全く相手にならないなんて」
フリオがジョフレとエリーズを煽てに煽てる。
確かにジョフレもエリーズもこのあたりの魔物を金色の剣で一刀両断、または銀色の鞭でしばき倒していく。
その姿はフリオの贔屓目を除いたとしても凄そうに見える。
だが、それは見えるというだけで事実ではない。
この迷宮は初心者用迷宮であり、新人の兵がレベルを上げるためだけに月に三度使用される。10日間で魔物を増やして狩りをし、魔石と経験値を稼ぐためだ。
それが最も安全に経験値を稼ぐ手段だから。
実際、フリオやスッチーノ達、秘密結社マサクルの不良グループもここに不許可で訪れては経験値稼ぎの狩りをして怪我はしていないのだから、そのレベルはたかが知れるというものだ。
そんなことを知らないジョフレとエリーズは、
「まぁな、これが勇者の力ってわけだ!」
「私もモンスターマスターとしての力ってわけよ!」
と意気揚々に宣言した。
本気で自分達が強くなっていると思っている。
ちなみに、残りのメンバー、スッチーノとミルキーの胸中は単純ではない。
最初に、この異変に気付いていたのはスッチーノだった。
(魔物の数が少なすぎる)
軍の演習が行われたのは四日前だったはずだ。それにしては魔物が少ない。
今まで出くわした魔物は、三匹、ゴブリン二匹と、ベビースライムだけだ。
本来ならここまで来るのに、これまでだとその三倍の数の魔物に出くわしていてもおかしくない。
これだけでも十分に異常な事態だということはわかる。
だが、スッチーノはほくそ笑んだ。
(これはついている。これだけ魔物が少なくて、あの二人があまり活躍しなかったら、分け前の要求もないだろう。倒した魔物が落とした魔石やアイテムを全部渡したら満足してくれるさ)
危機的状況が起こる可能性よりも、目の前に転がり込む金の計算しかできないスッチーノの浅はかな性格が災いした。
そして、ミルキーは、
(ふふふ、いいわ、フリ×ジョフ、あぁ、できる! 最高のストーリーができあがる)
相変わらず桃色の妄想を繰り広げていた。
ちなみに、ここには五人の他にもケンタウロスという名のスロウドンキーがいるのだが、それはただ黙々と、迷宮の中に生えている草を見つけては食べていた。時には味を変えるように苔を食べながら。
結果、五人と一頭は、危機的状況に気付くことはなく、最後の曲がり角にまでやってきた。
「ジョフレさん、この先がボス部屋っす! ジョフレさんなら余裕で倒せるはずっすよ!」
「おぉ、そうか! よし、行こうか!」
曲がり角を曲がったそこにあったのは――信じられない光景だった。
この世界の理を崩す光景でもある。
壊れていたのだ。
どのような魔物の力でも決して壊せないと言われているボス部屋の扉が砕かれていた。
瓦解した扉の向こうに、五人の人の姿が見えた。
咄嗟に動いたのは、意外にもミルキーだった。
(消気札っ!)
気配を消す札を五枚周囲に展開させ、ジェスチャーで静かにするように言った。
気配を消すと言っても、気付かれにくくなる、音が聞こえにくくなるといった程度のものだが、それでも効果はある。
そして、彼女は一歩下がるように、相手の死角に行くようにとジェスチャーで伝えた。
「なんなんだ? あいつらは」
「壊れてたね、徹底的に――」
あまり緊張感のない様子でジョフレとエリーズが言った。
その様子に、フリオはさすがだと思っていたが、ミルキーの様子は違った。
二人の口を閉じさせ、
(あれはコラットの工作員……だと思う……特殊な訓練を受けているように思える)
その言葉に、四人の目の色が変わった。
流石にジョフレとエリーズも、ダキャットとコラットが犬猿の仲だということは理解している。
そして、その部隊がここにいる理由がただならぬことだと気付いたようだ。
「どうする? ジョフレ?」
「どうするって決まってるだろ! これはあれだ、破壊工作ってやつだ。女神像を破壊して迷宮の機能を壊そうとしているんだ」
「なんのために?」
「なんのため……んー……なんのためだ?」
小声で話を続ける二人に対し、ミルキーは真剣な表情で考えた。
迷宮がなくなれば、安定したレベル上げができなくなるだけではない。
瘴気を収集する機能がなくなり、周囲の魔物が凶暴化したり、かと思えばコラット側の迷宮に瘴気が集まり、コラット軍のレベル上げが容易になる。
軍の強さは、武器の性能や数だけではなく兵自身のレベルも重要だ。
だから迷宮破壊には理由はあり、あながち間違っていない。
ミルキーもそう思っていた。
(でも、どうやって壊したの? ボス部屋の扉は普通の方法で壊せるとは思えない)
そのような技術があるのなら、わざわざ破壊工作などという回りくどい真似をしなくてももっと効率的な方法があるのではないだろうか? とミルキーは思っていた。
「どうする、フリオ。あいつらがあそこにいるんじゃ、これは置いていけないな」
懐から球を取り出してスッチーノは弱ったなぁとため息をついた。
「その辺に転がしておいて来たらいいんじゃないか? ボス扉が壊れたときに吹っ飛んだと思わせたらいいじゃないか」
「それだ! お前天才だな!」
ボス扉が壊れたからと言って玉が外に飛び出る理由にはならないのだが、この場から離れたいスッチーノは小声で興奮するようにフリオに言って、さながらボウリングの球のように透明の玉をボス部屋の手前の部屋へと転がそうとした。
「駄目っ!」
ミルキーが止めようとしたが、スッチーノが曲がり角から顔だけを出して投げた球は真っ直ぐに転がって行き、その玉はミルキーがせっかく張った気配を消す結界を通過し、瓦礫と化したボス扉にぶつかった。
その音に、ボス扉の奥にいた人達が一斉にこちらを見た。
ミルキーは咄嗟に迎撃態勢を取る。
気配を絶つこの札は意識をこちらに集中させないためのもの。
一度意識をこちらに向けてしまえば、この札が見られたら、工作員の人間が相手なら自分達は逃げることはできない。
ミルキーは最初から、ジョフレとエリーズの強さが大したものではないことくらい見抜いていた。
「ここは逃げて、みんな……大丈夫、私の妄想力なら、覆面で顔が見えない男だけでも十分にストーリーを紡ぐことができるから」
「よし、任せた!」
逃げようとするスッチーノの腕をフリオが掴む。
「スッチーノ、それはないだろ。安心しろ、こっちにはジョフレの旦那がついているんだ! 負けるわけがない」
「そ……そうとは限らないだろ! 例えそうだとしても俺達がいたところで足手纏いだ」
ジョフレを盲信しているフリオに逃げ出そうとしたところを止められたせいで、今度は動けなくなってしまいその場に崩れ落ちたスッチーノ。
「あぁ、任せておけ! なんたって俺は勇者だからな!」
「私もモンスターマスターだから平気よ!」
飛び出す二人――
「隊長、バカが二人こちらに」
偶然か、的確にジョフレとエリーズを表現したが、隊長と呼ばれた男が、
「放っておけ、時間だ――祖国に栄光あれ」
そう叫ぶと同時に、闇が男とそこにいた五人の人影を飲み込んだ。
その闇が無数の魔物だと気付いた時には、流石に全員が逃げ出していた。
本当はわけて後書きに投稿したかったのですが、なんか分けて書くよりもまとめたほうがよさそうなネタなので、まとめての投稿でした。
次回も閑話になります。




