配達先はフェルイトの町、新たな荷物は大道芸人
「え……あの、あなたも……その…………えっと」
マリーナは女店主――カノンの陰に隠れながらも俺をチラチラと見てきた。
……さっきまでと全然性格が違うような気がするんだが。
「俺も迷い人だ」
「そうなんですか……えっと……はい、えっと」
全く会話にならない。
そう思った時、カノンはため息をつくと取り上げていた黒いマスクをマリーナに被せた。
すると彼女の顔色が変わり、
「おぉ、まさかこのような僻地で同胞に会えるとは思わなかった。いきなり我のことをお前呼ばわりしたことは不問にする。再会を祝して今夜は共に美酒に酔いしれよう」
「……カノン……一つ聞きたいんだが、マリーナって」
「ええ、彼女は超がつくほどの人見知りよ。人見知りを治す魔法が掛けられた仮面を装備すると性格が変わるの。本名はマリナだけど、こっちの人格の時はマリーナって呼んでるわ」
魔力の込められた仮面?
……どう見てもただの仮面に見えるが……騙されてるんじゃないだろうか?
でもまぁ、騙されて本当に人見知りが治ったのならそれはいいことだし、黙っておくことにしよう。
「マリーナ、お前、奴隷なのか? 日本人なら何か特別な天恵を貰ってるから生活にはそれほど苦労しないだろ?」
「うむ。苦労はしないな。我の天恵は特別な職業の解放、つまり大魔術師としての才能が開花――あぁ……カノン、お願い……仮面……返して」
カノンに仮面を取り上げられ、マリーナ……いや、マリナはへなへなとその場に座り込む。
「気付いているかもしれないけど、彼女の職業は大道芸人っていう路上パフォーマンスに特化した職業らしいの。私も初めて聞いたわ、そんな職業。でも、彼女、この性格でしょ……路上パフォーマンスなんてできるわけもなく、お金も無くなって奴隷になっちゃったのね」
「……一体、なんで大道芸人になんてなったんだよ」
「と……トレールール様に……いろんな人と仲良くなれる天恵が欲しいって言ったら……この職業なら多くの人と仲良くなれるって選んでくださって」
それで大道芸人になったのか。
てか、トレールール様、絶対適当に選んだだろ。
後の事考えてなかっただろ。
「それで、私が彼女を買って、あがり症がなくなる仮面をプレゼントして、二人で世界を旅していたわけなんだけど……」
「……おねがい……カノン、捨てないで」
「言ったでしょ。私は昔の知人と仕事の約束があるから、あんたはここで売ることにしたって。とりあえずマリナはパフォーマンスでお金を稼いで、10000センス以上稼いだら、そのお金であんたを自由にしてあげるって言ったけど。今、いくら貯まったの?」
「1820センス……」
「ということで、あんたはこれからダキャット側の国境町で、女好きで有名な首長の息子に売ることにしたからそのつもりでいなさい」
「そ……そんな……わ……私、何もできない」
「何もできなくてもいいわよ。向こうが勝手にしてくれるんだから」
「……そんな」
マリナはもう泣いていた。
「あぁ……もう、わかったわよ。じゃあ、お使いを無事に済ませたら考えてあげるわ」
「お使い?」
「そう。ダキャットの首都、フェルイトに住んでる宿屋の女将さんに、この包丁を届けてほしいの。私が荷造りを終えるまでにあんたが帰ってこられたらまた旅に連れて行ってあげるわ」
「……そんな……ひとりでなんて無理だよ……」
カノンはマリナに仮面を被せた。
すると、泣き崩れていたはずのマリナは立ち上がり、俺に指を差して宣言した。
「そこの同胞。日出ずる国より舞い降りし勇者の末裔よ」
「いや、うちは先祖代々の一般庶民です。勇者の末裔ではありません」
「そのような些事はどうでもよい。どうだ? 大魔術師の護衛は必要ないか? ダキャットに行くなら今なら無料で護衛しようぞ」
俺は少し考えるフリをして、
「すみません、間に合ってます」
そう言い放った。なんかめんどくさそうな子だし。
「何? まだ我の力を信じられないというのか? それではとっておきの芸を見せてやろう」
そう言って、マリーナは懐から七つのボールを取り出した。
って、お前、今自然と“芸”って言ったよな!
「我の浮遊魔法により、この七つのボールを縦横無尽に操ってしんぜよう!」
そう言って、彼女は七つのボールを投げ始めた。
上に下に、右に左に、後ろにも。
玉は全て壁や荷物に跳ね返ったり、時にはボール同士が衝突したりし、それでも全てが彼女の手の中に入ってくる。
その珍妙な玉の動きに、散り散りになった観客が再結集された。
「どうだ、この生きているような球の動きは!? これこそまさに禁忌魔法。無生物である玉に仮初の魂を注入し、さながら跳び回る兎のように玉を操る秘術よ」
いや、お前、さっき浮遊魔法って言ってただろ。てか、高度すぎるけどただのジャグリングだろうが。
それにしても、何が凄いって、あのボールは木でできている。少し柔らかい素材の木のようだが、ゴムボールほどうまくは弾まない。
にもかかわらずジャグリングは完璧だ。
これが大道芸人の真価か。
5分後、おひねりの銅貨を沢山貰ってほくほく顔のマリーナがそこにいた。
「どうだ、我の超魔術は」
「どうだって言われてもなぁ……」
「私からも頼むよ。この子、仮面があるときはこんなんだけどさ、もともとコミュ障の引きこもり娘らしくてさ。一人でお使いに行かせるの心配だったのよ。今ならアクラピオスの杖もプレゼントしちゃうからさ」
それ、絶対、アスクレピオスの杖のパクリだろ。しかもかなり雑な。
検索エンジンでアクラピオスの杖と検索をした場合、
【アスクレピオスの杖で検索しています。アクラピオスの杖で再検索しますか?】
と出てしまうくらいのパクリ具合だ。
魔力上昇1%っていうのも、胡散臭い。
正直、1%ってその日の体調での誤差の範囲として処理されそうだな。
「はぁ……まぁいろいろ聞きたいこともあるし、仕方ないか。その代わり越境税と入町税は自分の分は自分で払ってくれよ。あと、ダキャットの町からここに戻るのは自分で頑張ってくれ」
「交渉成立だね。じゃあ、これ。この子の主人になることができる書類と包丁、向こうの女将さんに宛てた手紙よ。しっかり届けてね」
「マリーナの主人になる必要はあるのか?」
「主人と一緒じゃないと、逃走奴隷の疑いが掛けられるから国境は越えられないだろ?」
その理屈だと、帰りはどうするんだろうか?
主人のいない状態で国境を越えられるのだろうか?
それとも、やっぱり帰りも俺に面倒を見ろっていうのか?
そんなの絶対に御免だぞ。
「ハル、キャロ、というわけで暫くの間連れていくことになったけど、まぁ悪いやつじゃなさそうだし」
連れていくだけなら問題ないか。
二人も賛成してくれた。
「ところで、鳩はほったらかしでいいのか?」
「え? あぁぁぁっ! 帰ってきてくれ! 太郎! 花子! 一郎!」
マリーナが大空に向かって両手を大きく振っていた。
その後、鳩が帰ってくるまで10分ほどかかり、俺達は大道芸人を一人加え、馬車に乗り込むとダキャットへと向かった。
~閑話 カノンの正体~
一之丞達の乗った馬車が見えなくなって、カノンは荷物を纏めると、橋に下げていた縄梯子を器用に降りていく。
ついでに、剣や杖を突きさしていた岩は川の底に沈めておいた。
もともとここで拾った岩だから誰かに責められる行為ではないと思って。
そして、イカダ風の浮き木の上に建てられた小屋の中に入ろうとし、カノンはその中にある気配を感じ取った。
「明日まで待つようにいったはずだけどね、私は」
怒気を膨らませ、カノンは中にいる男に扉越しに言った。
そして、扉を開ける。
そこにいたのは、黒色のマントを身に纏った赤い髪の男。
太陽を最も憎む彼の肌は白を通り越して青白い。
そんな彼が太陽のような赤い髪をしているのはとんだ笑い種だと言われているが、彼はその髪の色をとても気に入っている。
そのため、彼の髪は数百年も切られることがなく、彼の背中のあたりまで伸び、竜の髭の糸で結ばれていた。
「久しぶりだね、魔王軍第三将軍、吸血鬼ヴァルフ伯爵」
「久しぶりだな。随分人間の真似事が上手くなったではないか、悪魔カノン」
そう言うと同時に、ヴァルフの邪気が強くなり、隠していたカノンの二本の角が現れた。
「魔王様の封印の一角が解かれた。時間がないと言っただろ。用件が済んだならさっさと仕事にとりかかるぞ。貴様には元帥殿よりアランデル王国の調査の命があった。すぐに取り掛かってもらおう」
「伯爵はどうするんだい?」
「吾輩はダキャットに用事があってね。今も新たな手駒に動いてもらっているところさ」
「新たな手駒……また人間を玩具にして遊んでいるのかい? 悪趣味だね」
「君も同じではないか。マリナと言ったかね? 面白そうな逸材だ。私も彼女みたいな駒を手に入れたいものだよ」
ヴァルフが言った時、カノンの邪気も膨れ上がる。
黒かったはずのヴァルフの瞳が血のような赤に染まった。
「マリナに手を出したらただじゃおかないよ」
「随分人間に入れ込んだようだな。まぁいい。変わった職業ではあるが、戦闘には向かぬ妙な職業だ。捨て置くとしよう。忘れるなよ、カノン。魔王様の復活は近い」
ヴァルフはそう言い残す、その姿は黒い霧となって消えていった。
そして、一人残されたカノンは、自嘲するように笑って、そう言った。
「そんなこと言われなくてもわかってるよ」




