冒険者始めました その9
未だに、俺が壁を壊したことを消化しきれていないルートたちだったが、ハルにさっき注意されたせいか、それ以上の詮索はなかった。
とにかく通路を進んでみると、そこには迷宮妖精の姿はなく、代わりに罠があった。
「お、宝箱発見!」
ルートが宝箱を見つけて声を上げた。
しかも、宝箱が全部で八つもある。
うんうん、迷宮で宝箱を見つけたときってテンション上がるよな。
だがしかし、俺にとって宝箱は怖い印象が多い。
マレイグルリでは宝箱の内側に転移札がくっついていて、開けるとその転移札が破れて強制転移する仕掛けだったっけ?
「ライン、罠探知を頼む」
「大丈夫、全部罠の気配はないよ」
そうそう、ララエルもあの時、罠の気配はないって言っていた。
だが、実際は――
「じゃあ一斉に開けようぜ」
「わかった」
「はい、同時にですね」
俺が感慨深げに宝箱について考えている間に、ルートたち三人が宝箱に手をかけた。ナターシャも宝箱を前にテンションが上がっているのか、いつもより声に覇気がある。
「「「せーのっ!」」」
三人が同時に宝箱を開けるのと、何かが破れる音が聞こえたのはほぼ同時だった。そして、さらに同時に三人の姿は俺たちの目の前から消えていた。
「――っ! ご主人様っ! 宝箱の内側にっ!」
「ああ、こっちも確認した。転移札が貼られていたようだ」
宝箱に転移札ってマレイグルリだけの特別仕様じゃねぇのかよ。
前は宝箱を開けたのがキャロだったので、眷属召喚で呼び出すことができたが、今回はそうはいかない。
宝箱の中には、転移札以外にも金になりそうな宝石や剣、鎧が入っていたが、それよりルートたちが心配だ。
「ご主人様、どうしましょうか」
「追いかけるに決まってる――宝箱は残り五つ。もしかしたら全部転移札が仕掛けられている可能性がある」
ルートたち、油断し過ぎだとか、勝手なことをしてとか思ったが、俺も同じミスをしているわけだし、あんなことが何度もあるだなんて思ってもいなかった。
俺とハルは強いから死ぬことはない。
最悪、二人ともマイワールドに逃げることができる。
「二人で別の宝箱を開けて転移する。もしも転移先の敵がここより強いようだったら、最下層を目指してから、逆行して地上に戻ってくれ。あと、通話札を何枚か渡しておくから、定期的に報告し合うぞ」
「はい、かしこまりました」
できれば三人と同じ場所に転移すればいいのだが。
俺はハルに通話札を渡して、宝箱を開けた。
途端に景色が変わる。
やっぱり転移札が仕掛けられていたようだ。
俺は知らない部屋にいた。
「ご主人様」
「……あ、ハルも一緒か」
どうやら、俺とハルは同じ部屋に転移してしまったようだ。
だが、ルートたち三人はいない。
「とりあえず、部屋から出て、ここが何階層か調べるか」
「ご主人様、お待ちください。この先は危険です」
「魔物がいるのか?」
「いえ、毒の臭いです。おそらく、毒を振りまく魔物が通過したのでしょう。しばらくこの部屋にいた方が安全です」
「毒の臭いって、そんなのわかるのか? ていうか、そんな臭いを嗅いで大丈夫なのか?」
「少量ですので問題ありません。三十分もすれば迷宮が毒を吸い込んで空気も浄化されると思います」
三十分……くそっ、三人の安否が気にかかるってときに、この時間のロスは大きい。
浄化で毒を綺麗に? それとも、覚えたばかりのエアクッションで毒を押しのけて移動?
いや、毒がどういう物かわからない以上、どちらも現実的ではない。
ハルの言う通り三十分待った方が――
「ご主人様、落ち着いてください」
ハルが俺の手を取り、自分の胸に押し当てる。
やわらかい感触が俺の手に伝わる。
「落ち着きましたか?」
「……あぁ、悪い。自分でも気づかないうちに、かなり焦っていたようだ」
「はい――ところで、ご主人様。アイテムバッグから替えの服を用意していただけませんか? 少し汗をかいてしまったので着替えたいのですが」
「浄化をかけようか?」
「いえ、気を引き締め直す意味でも着替えようかと」
そういうことなら、と俺はハルの着替えを用意した。
俺が服を出すと、ハルは自分の服を脱ぎ始める。
って、俺は何を見てるんだ。
ここは後ろを向くのがマナーだよな。
俺は紳士としてハルに背を向けた。
そうだ、ついでに鷹の目を発動させて、上の階層や下の階層の様子を見てみるか。
鷹の目を発動させた。
しかし、俺の視線は天井より上に上がる事はない。
どうやら迷宮内では壁や天井をすり抜けて意識を外に飛ばすことができないようだ。
弱ったな……と俺は振り返った。
決してハルの着替えを覗くつもりではなく、ただ周囲の確認だ。うん、俺は普段からハルの裸を見ているから欲情することなんて……って、あれ?
ハルの奴、何故か服を途中で脱ぐのをやめ、剣を抜いた。
そして――
「ハル、何してるの?」
視線を元に戻し、振り返った俺は二本の指で彼女の剣を掴んでいた。
「すみません、ご主人様から邪悪な気配が――」
もしかして、鷹の目で見ていたことに気付いた?
いや、そんなことでハルが俺を斬ったりしないよな?
それに、剣速が遅すぎるし、彼女の持つ守命剣もいつもより脆く感じる。
まるで、見た目だけハルの素人のような――
まさか――
俺はハルの職業を調べ、そして気付いた。
ハルの職業が見えない。
俺は通話札を取りだした。
「聞こえるか!?」
通話相手は目の前にいるはずのハル。
本来、こんな札を使う必要がないのだが――
『ご主人様、聞こえます。すみません、連絡が遅れました』
ハルの声が聞こえた。
「そっちは無事か?」
『はい。ご主人様の偽者はいま殺しました。これがドッペルゲンガーのようですね』
どうやらあっちにも俺の偽者がいたらしい。
偽者であっても容赦しないハル、カッコいい。
『本物のご主人様の足下にも及ばない敵でした。情報が得られないかといろいろと探ってみたのですが、何も知らなかったようですね。すみません、真実の瞳は手に入りませんでした。これから、ルートさんたちの捜索を始めます』
「頼む。多分近い場所にいるから俺も合流する」
俺は通話を終了。
そして――
「ご主人様、今の相手は偽物です。本物は私です」
「本当にそっくりだよな」
記憶を頼りに生まれる偽物……見分けるのは困難だよな。
ハルの奴、良く偽物の俺に気付いたよな。
俺は偽ハルの胸を鷲掴みにする。
「この感触とか……いや、本物の方がいいに決まってるか」
と思ったら、急に胸の感触がほとんどなくなった。
そして――偽ハルの姿が変わっていた。
今度はキャロの姿、しかも初めて出会ったときの奴隷の服を着ていたキャロだった。
「……キャロを……私を殺してください」
……最初にキャロと出会ったときに言われたセリフだ。
凄いな、ドッペルゲンガー。
最も大切なハルに化けたと思ったら、今度は俺が最も殺したくない、守ってあげないといけないと感じた思い出の中のキャロに化けるとか。
記憶を読む魔物、恐ろしい。
だが――
「お前がキャロの決意を穢すな」
俺は目を閉じ、闇魔法のメガダークを唱えた。
【イチノジョウのレベルが上がった】
闇が偽キャロを飲みこみ、死体は一片たりとも残さなかった。
代わりに、魔石だけが落ちていた。
さて、急いでルートたちを探そう。
たぶん、毒ってのも俺を足止めするための嘘だろうからな。




