終わりじゃなくて続く
「どういうことですか、テト様」
ララエルが尋ねた。
「瘴気に取り込まれてわかった。今回の迷宮から魔物が溢れる騒動はそもそも魔神の力ではない。最初から、この世界のシステムだった。世界の瘴気の濃度が一定量を上回った時、迷宮から魔物が溢れるという仕組み。この世界を維持するための」
「じゃあ、どうしてメティアス様とミネルヴァ様は嘘をついたんですか」
俺がそう言うと、メティアスは言った。
「見てみたかったのです。人間がどこまで不条理な世界に抗えるかを。そもそも、イチノジョウさんがこの世界に転移した理由は、そこにいるミリュウさんを新たな女神に据えるための布石にしか過ぎなかったのです。正直に言ってしまえば、あなたにはそれ以外、本来は世界に与える影響は皆無でした」
「それは随分な言われようですね」
そう言ってみるが、怒る気にはなれない。
実際、日本にいたときもミリの兄ということ以外に誇れるステータスはなかったからだ。
「だからこそ私はあなたを試したくなりました。もしも強大な力を与えられれば、いったいあなたはどう動くのかと。少し女神の力に干渉を加え、あなたにふたつの天恵を与え、さらに無職スキルによる様々な力を与えました。時には試練を与えるべくあなたを転移させたり、あるいは少し手助けはしましたが、しかしあなたの行動のすべてを制限するものではありません」
転移と手助け?
そうか、やっぱり××××スキルというのは、無職スキルを俺に与えたメティアス様からの干渉だったのか。
「それで、あなたは見事に世界を救うために動き、私たちを超える力を身に付けました」
「でも、それってこんな状況になったら誰にでもできることですよね? 成長チートに無職チートがあって、世界の危機が訪れるなんて言われたら、戦うのは当然のことでは……もしかして、メティアス様は誰にでも当然のように世界を救ってほしいと思っていたのですか?」
「ええ。これから世界の瘴気はさらに濃くなっていき、遠い未来、女神たちはその瘴気による魔物の増加に対応すべく、職業によるステータスの上昇を高め、この世界に招く転移者により強力な天恵を与えなければいけない日が来るでしょう。しかし、強力な力というのは諸刃の剣。もしもその力に人が溺れ、醜い使い方をしたとき、今度はその者こそが世界の災厄となる。でも、残念ながら、私にはその遠い未来まで見通す力は、もうありませんでした。そこで、試すことにしたのです。何の変哲もない、普通の青年に強大な力を与えたとき、彼は何を思い、どんな行動をするのかと。ミネルヴァの目を通じて私はずっとあなたを見ていました」
ずっと見られていたのか。
ララエルたちは話を聞いて戦闘態勢を解除した。
「あなたが成長チートと呼ぶその力で、やりたいことをなんでもできるようになったとき、その者が何を為すのか? その結果をあなたは見せてくれました。私はそれで、未来に希望を抱き、今度は女神ではなく魔神として、この世界を見守っていけるでしょう。ありがとうございます」
「ちなみに、このことを勇者は知っていたのですか?」
「いいえ、知っていたのはここにいるミネルヴァだけです。彼女にはずいぶんと苦労をかけました」
そう言って、彼女は気絶しているミネルヴァ様の頭を優しく撫でた。
こっちは何度も殺されそうになったし、クインスさんやカノンが魔神になりそうになったということもあり、完全にメティアス様の言葉には納得することができない。しかし、彼女は本当にこの世界をなによりも大切に思っているようだ。
「でも、この魔物の増加が魔神たちの力ではないとすると、世界の危機はまだ続くということなんですか?」
「安心してください。瘴気の増減にはひとつのバイオリズムがあり、この山はあと数日で過ぎます。数日後には魔物の数は減るでしょう。ただし、瘴気が増えるのは事実。そこで、魔物の発生を少しでも抑えるため、これから女神たちと話し合い、新たな形の迷宮を創設させることにしましょう」
「新たな形?」
「ええ。イチノジョウさん、あなたは迷宮を破壊したとき、それが黒い糸になって修復されるのをその目で見ましたね」
「はい」
「あの黒い糸こそが瘴気の塊。そもそも、この迷宮というのは瘴気が物質化して作られたものなのです。そこにいるミリュウさんは知っていたようですが」
メティアス様がそう言うと、ミリがため息をついた。
「ミリ、話を聞いていたか?」
ずっと黙っていたから、てっきりまた気絶したのかと思った。
「まぁね。だいたい理解したわ。迷宮が瘴気から作られたのも知ってた。それを疑似的に作ったのが人工迷宮だし」
「そうなのか?」
「そうよ。あの島はもともと瘴気の濃い島だったから、それを素材にね。本物からは程遠い不出来な人工迷宮になったけど」
「いえ、あれはあれでかなり私の理想に近かったですよ。管理者が必要な迷宮であることには違いありませんが。むしろ、あれを見て、私は新しい迷宮の形を思いついたのです。瘴気を浄化するのではなく、瘴気を集めるだけの迷宮――ただ瘴気を集め、ただ成長していくだけの迷宮を。そのような迷宮なら、女神が瘴気を浄化する作業の必要もありません。あとは人間たちに頼んで魔石の消費量を抑えてもらえば、瘴気の量も少しは減るでしょう」
「瘴気を集めて成長をし続けるだけの迷宮って、限度ってもんがあるでしょ。下手したら世界中が迷宮そのものに飲み込まれるわよ」
「それでもいいんじゃないかい?」
そう言って現れたのはコショマーレ様だった。
「コショマーレ……ずいぶんと迷惑をかけたわね」
「メティアス、悪かったよ。あんたがそこまで考えていたなんて」
「いいえ、あの時封印されることくらい私は知っていた。知っていて魔神になった。悪かったわね、あなたに相談しないで」
「しかし、人間に負けるとは哀れじゃの、メティアス。妾に女神の座を譲って正解じゃったようじゃ」
そう言ってトレールール様が現れ、彼女に続くようにセトランス様とライブラ様も現れた。
「いやいや、あの力は大したもんだよ。戦い足りないなら私ともう一戦交える気はないかい?」
セトランス様はそう言って俺に槍を向けて来た。
「戦い足りないはずがないですよね、あれだけ戦って。地上は地震が二度も起きたことでパニックになっていますよ」
ライブラ様は少し怒っているようだ。
やべ、やり過ぎたか。
フロアランスの地震騒ぎを思い出す。
たった一度、しかも深い迷宮の最下層で魔法を放っただけであの騒ぎだ。
二十階層で二度も放ったんだ、一体どれほどの被害が出ているか。
「あの……怪我人は出ていませんよね?」
「安心してください、我々の力で怪我人は出ないようにしましたから。むしろ、そちらのフォローのせいで、我々の到着が遅れたくらいです」
俺はそれを聞いて一安心した。
建物の修繕費についてはメティアス様に請求してもらおう。
「それで、コショマーレ。世界がどうなってもいいっていうの?」
ミリがコショマーレを睨みつけた。
「ああ、そう言ったんだよ。私たち女神はこれまで通り瘴気の浄化に尽力する。それでも浄化しきれない瘴気は迷宮を成長させる。そのための魔神なんだろ?」
そのための魔神?
「魔神は女神と逆の存在。この世界が地球から瘴気を集め、浄化するために尽力をするのが女神だとするのなら、魔神はこの世界の瘴気を集め、地球に送ることもできます。浄化しきれなかった瘴気の一部は、今後地球に送ることになる。地球の人だってバカじゃない、地球側の人間からしたら暗黒物質ともいえる瘴気という存在に気付き、研究し、それが人々の怒りや悲しみといったストレスから生み出されることまで理解できるはずです。そうすれば、世界はどう動くのか?」
「そんなのは開けてみないとわからないってことだね」
ライブラ様の言葉を、セトランス様はどこか楽しそうに引きついだ。
それってつまり――
「妾たち女神は、瘴気に関する問題を、成長する迷宮を作ることによりすべて先送りにするという話じゃな。妾にぴったりの怠惰な解決策じゃ」
トレールール様はそう言って笑い、女神様たちは俺たちに礼を言い、そしてテト様とメティアス様、気絶しているミネルヴァ様を連れて去っていった。
まるで、すべてが解決してエンディングに向かっていくみたいだが、冷静に考えてほしい。
「それって全然解決してないんじゃないか? 先延ばしにしただけ、あとはなんとかなるって、それってなんとかならなかったらどうすればいいんだ? また今回みたいな騒動が起きるのか?」
「いいんじゃない、おにい。解決するのは女神でもなければ魔神でもない。地球とアザワルドを含め、すべての人が解決していけばいいってことで。おにいは、未来の人のためにいまを精一杯頑張ってくれた、それでいいじゃない。この話は終わりじゃない、これからも続いていくの」
「終わりじゃなくて続く……だから先送りか」
そう言われたら、納得できた気がした。




