フロアランスでの再会
職業が魔王に変わっても、頭に角が生えてくるとか、背中から翼が生えるとか、死んでも二度変身できるとか、そんな変わったことは起こらない。
強いて言えば、その肩書きが少し厨二っぽくて恥ずかしいくらいか。
ところで――と俺は王笏を見る。
俺は、戴冠式の後片付けをしているダークエルフたちの指揮を執っていたララエルに尋ねることにした。
「なぁ、ララエル。この王笏ってなんでできているんだ? とっても軽いんだが」
「そちらは我々ダークエルフ族に代々伝わる王笏です。詳しいことはわかっていませんが、代々族長が責任を持って預かっておりました」
「そんなものを俺が使っていいのか? 族長はララエルだろ?」
「構いません。王笏は王が持つ物。魔王となられたイチノジョウ様が持たずに誰が持つことがありましょう」
そんなことを言われるとむず痒いな。
しかし、ララエルもわからないのか。
金属鑑定で調べてみるが、何故か鑑定できない。
「ご主人様、もしかしたらそれは金属ではないのでは?」
「え? 金属じゃない?」
どこからどう見ても、白金のような輝きを感じる。
「はい。かすかに生命の力を感じます。もしかしたら、これは植物ではないでしょうか」
試しに植物鑑定で調べてみる。
【黄金樹の真木】
出た!
これ、黄金樹からできていたのか。
説明を見ると、この杖は黄金樹の中心、もっとも力が籠っている部分なのだという。
そういえば、ララエルが言っていたが、黄金樹はなにも世界が生まれたときからずっと生えているわけではない。何度も生え変わっている。
これは、先代か先々代かはわからないが、昔の黄金樹から作られた杖なのだろう。
「ララエル、この杖を今度の戦いで使いたい」
この杖ならもう一段階上げられるかもしれない。俺の最強の魔法――世界の始動を、さらなる高みに。
「もちろん、イチノジョウ様のご随意に」
ララエルは俺の申し出を二つ返事で了承した。
「おにい、そろそろフロアランスに行くけど、どうする? 何人でいく?」
「俺、ハル、キャロ、ミリの四人でいいだろ。キャロは悪いけれど、情報収集を頼んでいいか? アランデル王国の、特に真里菜のいる王都の情報が欲しい」
「はい、すべてキャロにお任せください! 頼まれなくてもイチノ様のために新鮮な情報を集めて参ります」
キャロが小さい胸に手を当てて言った。
「そう、じゃあハルワはしばらくこの子についていてあげて」
「いえ、私もご主人様とともに」
「ダメ。おにいとハルワはパーティでしょ? 一緒に行動をすれば経験値が減ることになるの。おにいに迷惑をかけるつもり?」
そう言われて、ハルは引き下がらざるを得なかったようだ。
パーティから抜ければいいだけの話かと思ったが、どうもハルは眷属として設定されているせいで、パーティから外れても一緒に行動すればパーティと同じ効果を持つらしい。
「じゃあ、フロアランスに戻るぞ」
拠点帰還でフロアランスに戻るには、自分の家がフロアランスにある女性を選択しないといけない。
リストにあるのは、ノルンさんとマーガレットさんか。
先日までマイワールドにいたノルンさんは、少し調べたいことがあるというので、一度フロアランスに戻ってもらって、ついでに真里菜の帰りを待ってもらっている。この時間なら家にいないかもしれないので、勝手に部屋に入ることになるが、そのあたりは許可をもらっている。
「じゃあ、先に行ってマイワールドを開けるから待っててくれ。拠点帰還、ノルン」
俺はそう言って魔法を唱えた。
忘れてはいけないのが、拠点帰還は生活魔法ということだ。
俺の中では生活魔法ではなく、性活魔法じゃないか? というくらい、そういう事柄に多く使われる魔法であり、最初は送り狼になるための魔法かと思っていたが、実際はそうではないらしい。
「…………」
「…………」
なるほど、これは夜這いにももってこいの魔法だったというわけか。
俺は思考を逃避させるように、拠点帰還の使い道を考えた。
裸になって体を拭いているノルンさんと、目が合っている。
ダークエルフたちよりは若干薄い、褐色の肌が水に濡れて煌めいていた。
「…………あの、後ろを向いてもらっていいですか?」
「は、はい」
思わず固まってしまったせいで、凝視していたと勘違いされたかもしれない。
叫ばれるかと思ったが、ノルンさんは俺が思っているよりはるかに冷静だった。
「すみません、本当に」
「いえ、拠点帰還を使ったのですよね? だいたいわかりますし、事故のようなものです。それに、お兄さん……イチノジョウさんにはもう見られていますし……」
そんな簡単に慣れるものではないだろう。
ド〇えもんに出てくるし〇かちゃんだって、お風呂に入っているところを何回覗かれても、「キャー、の〇太さんのエッチ!」と怒っている。というより、毎回覗かれているからこそ本気で怒る。慣れたりなんてしない。
ノルンさんは口では許してくれているが、本当は怒っているんじゃないだろうか?
「ええと、お詫びに今度、なにかご馳走させ――」
「本当ですかっ! ぜひっ!」
ノルンさんは食い気味に返事をした。
あれ? そんなに外食したかったのかな?
マーガレットさんの料理はかなり美味しいと思うんだけど。
「あ、すみません。服を着ましたので、もう大丈夫です。そうだ、マリナさんから連絡がありました!」
「えっ⁉ 本当に⁉」
「マリナさんはカノンさんと一緒に、教会を調査していたらしいですが、数日前に突然姿を消したそうなんです。マリナさんは必死にカノンさんを探しているそうで、もしもフロアランスにカノンが来たら連絡してほしいとのことです」
「カノンが行方不明?」
真里菜の心配をしていたが、カノンのほうが行方不明って、一体どういう状況なんだ?
「カノンは無事なのか?」
「すみません、わかりません。マリナさんの隷属の首輪もすでに外されているそうなので」
「そっか……まぁ、大丈夫だと思うが」
フルートが言っていた。
悪魔族というのは隠れるのが上手な種族だと。
なにかの事件に巻き込まれたとしても、きっとうまくやってるさ。
「それと、お兄さん。いい話もあるんです。確認が取れるまでお兄さんにも黙っていたことなんですが」
ノルンはそう言って笑みを浮かべた。
キャロはハルとともに情報収集をはじめ、そして俺とミリ、そしてノルンさんの三人はフロアランスの郊外にあるとある牧場に向かっていた。
その牧場は現在規模を拡張している真っ最中だった。
なんでも、最近になって移民希望者が殺到し、その全員が牧場に就職。
今の手狭な牧場では大人数を雇っても採算が取れないため、羊のような毛皮を取れる動物を飼って、新たなフロアランスの産業にしようとしているらしく、全員大忙しだった。
だが、そんな彼らの作業の手が止まったのはすぐのことだった。
「フルートちゃん! フルートちゃんなのかいっ!」
杭を打ち込んでいた中年の男性の手が止まり、フルートに駆け寄った。
男性だけではない。多くの人が作業を止めてフルートを囲むように集まってきた
「マウロおじさん! それにラテおばさんも!」
フルートもまた、駆け寄ってくる人たちに涙を浮かべて近づく。
「ノルンさんからフルートちゃんの話を聞いてね。死んだって聞かされていたけど、無事だったのかい?」
「うん。あの人に助けてもらったの。おじさんたちも無事で本当によかった」
フルートは手と手を取り合い、涙ながらに再会を喜んでいた。
なんでも、彼らは先日、突然この町に移住してきたらしい。
しかも、その彼らを連れてきたのが、ジョフレとエリーズだったという。
ジョフレとエリーズが指名手配されたことを知ったとき、もしもふたりがフロアランスの町に戻ってきたら、どうか捕まえないであげてほしいとノルンさんにお願いしていた。
そのふたりが大勢の人を連れて現れたらしい。
ノルンさんはジョフレとエリーズが悪魔族と一緒に脱走したことを聞いていたから、ピンと来たんだそうだ。
「そうならもっと早く教えてくれたらよかったのに」
「すみません。ぬか喜びさせる結果になったら申し訳ないと思い、言えなかったんです。でも本当によかった」
ノルンさんも自分のことのように喜び、もらい涙を流していた。
本当ならマイワールドのことを知ったフルートは解放するべきじゃないんだろうけど、こうして恩を売っている以上、簡単に秘密を漏らしたりしないだろう。
そして、ここに来たのは最も重要なことがあるからだ。
「あんたがフルートちゃんを助けてくれたんだってね」
「礼を言いたい。俺たちにできることがあったらなんでも言ってくれ」
悪魔族の皆が口々に俺に言う。
この言葉を待っていた。
本来なら、お礼なんて結構ですと言うところだが、そうはならない。
「では、お言葉に甘えて。このロバを預かってください。名前はケンタウロスで、メスです。暴れるといけないので、食事はこまめに大量にお願いします」
俺はそう言って、ケンタウロスを連れてきた。
ここまで連れてくるのに苦労した。
畑を食い荒らされ、食糧庫を食い荒らされ、海に生えている海藻まで食い荒らされた。
こいつの食欲は、体の中にメティアス様を封印していたからだと思っていたが、むしろ今のほうが食べている気がする。
「あぁ、メティアス様の聖獣様か」
「もちろん、聖獣様なら大歓迎だ」
悪魔族がメティアス様を崇拝していることは知っていた。一時期ジョフレたちと一緒にいたらしいから、ケンタウロスのことを知っていたとしてもおかしくない。
でも、ケンタウロスが聖獣だということも知っていたのか?
「ええ、この方が教えてくださいました」
「初めまして、昔この子を育てていたミレミアと申します」
ミレミアについては、WEB版では初登場です
書籍版及び、コミック版ではこのミレミアの名前を騙る偽者が登場しています




