魔王になるには
「で、どうすれば魔王になれるんだ? まさか、魔族専用の職業とか言わないよな」
「おにいには言ったと思うけど、私も前世は日本人だからね。魔王になるのは簡単。前世の私の力を取り込めばいいの」
ミリはそう言って、光る玉を取り出した。
あれ? これってどこかで見たことがあるような気がする。
そうだ、シーナ三号が持っていた宝玉だ。レヴィアタンを封印するためにダイジロウさんから預かったって言っていた。
「私は死ぬ前に、自分の力を四つに分けて、ダイジロウに封印を頼んだの。ダイジロウはついでに各地に出没している魔物を封印するためにも使ったみたいだけどね」
「じゃあ、今の魔王はこの宝玉を使って魔王になったってわけか」
俺は宝玉を見つめて言う。
「多分そうね。勇者とつながっているっていうのなら、宝玉を手に入れるなんて簡単だもの」
とミリがそう言ったとき、彼女が持っていた宝玉が粉々に砕け散った。
「……っ⁉」
「ごめん、四つの宝玉のうち二つは、私が力を取り戻すために取り込んだの。宝玉は結界石の役割をしていて、私の力を弱める力があったから破壊するついでに」
ミリの話によると、宝玉のうちもう一つは、どういうわけかジョフレとエリーズが持っていて、それを引き取ったらしい。
「私の命と引き換えに、おにいを魔王にすることもできるけど――」
「お前を女神にしないために俺が魔王になるって言っているのに、それじゃ意味がないだろ。はぁ、四つの宝玉のうち二つは壊れて、一つは今の魔王が使ったとなると、残っている宝玉は一つってことになるのか?」
どうやら、魔王になるのも簡単ではなさそうだ。
「それで、戻ってきたの? 別にいいんだけど……」
鈴木は呆れたように言った。
カッコつけてマレイグルリから旅立った俺だったが、フロアランスに戻る前に準備もせずに敵地に乗り込むものじゃないとミリに止められ、さらに魔王ファミリス・ラリテイの力を封じ込めた宝玉を手に入れるため、俺は、鈴木に頼み、南大陸の最東端を目指していた。
なんでも、そこからさらに東南東に進んだ無人島に、その宝玉が安置されているらしい。
「僕はここまで。クロワドラン王国はシララキ王国やツァオバール王国と友好関係にあるけれど、さすがにワイバーンで空を飛ぶことはできないんだ」
「いや、ここまで来てくれただけでも助かったよ」
「じゃあ、僕はこれから、マレイグルリの南の森で盗賊が現れたそうだから、ちょっと懲らしめにいってくるよ」
そう言って鈴木は歯を見せて笑みを浮かべると、さっそうとポチに乗って消えていった。
相変わらず主人公しているな、あいつ。
同い年とは思えない爽やかさだ。
もしも俺が魔王になっていつか退治される日が来るとしたら、鈴木のような奴に退治されたいものだ……と思ったが、ハルとキャロを残して死にたくないので、やっぱり死なない方向で調整してもらおう。
クロワドラン王国の検問は、シララキ王国の准男爵の爵位のおかげか、楽に通過することができた。
そして、俺はそこから走って海岸を目指す。
「ここが最東端か」
福井県の東尋坊のような崖の上だ。こんなところに連れてこられたら、殺人犯でも簡単に自白してしまいそうになるだろう。
俺はそこで、眷属召喚を使い、ハルを呼び出した。
「きれいな景色ですね」
「ああ。こんな状態じゃなかったらゆっくり景色を眺めたいくらいだが、さっそく頼めるか?」
「もちろんです」
ハルはそういうと、引きこもりスキルを使ってマイワールドへの扉を開けた。
俺じゃなくハルが扉を開けるのは、なにかあったとき、俺のマイワールドへの扉はマレイグルリに繋がるようにしておきたいからだ。
そして、扉が開くと同時に、ミリが現れる。
「おにい、もうついたんだ。あ、綺麗。まるで東尋坊みたい」
さすが兄妹、思ったことが一緒だった。
「じゃ、いっちょ行きますか。距離を稼ぐために、大きくお願いね」
ミリはそういうと、俺の背中に飛び乗った。
いくら小柄とはいえ、中学生の女の子がそんな風に飛び乗るもんじゃないだろ。
俺はミリを背負ったまま、ハルと一緒に崖の先端に行く。
崖の下を見ると、激しい波が打ち付け、崖の下部を浸食していた。
途端に、補強もなにもされていないこの場所がひどく不安に感じる。
「そうね、あそこにちょっと出ている白い岩の向こう側、五メートルくらいの場所に跳べる?」
ここから二十メートル以上先だ。
走り幅跳びの世界記録が何メートルかは知らないが、高低差に鑑みても、金メダリストでも不可能な提案を当然のようにしてくる。
「では、ご主人様。一緒に参りましょう」
「ハルも一緒に跳ぶのか? 俺一人でいってから眷属召喚で呼べばいいんだぞ」
「ご主人様一人を危険な目に合わせられません」
「ハルワ、おにい一人じゃなくて、私もいるの忘れてないよね」
「申し訳ありません、ミリ様」
忘れていたんだな。
でも、まぁ勇気が出てきた。
「よし、じゃあ一緒に跳ぶか」
「はい」
俺とハルは後ろに十メートルほど下がると、目で合図を送って頷き、同時に走った。
踏み切る場所を間違えたら崖の下に三人そろって真っ逆さまだというのに、俺とハルは、まるで遊園地のオープン直後に園内に入り、目的のアトラクション目掛けて進む小学生のような気分で走った。
そして、崖の上から盛大にジャンプをする。
マイケル・ジョーダンをも遥かに上回るであろう盛大な跳躍を見せた俺とハルは、放物線というには緩やかな弧を描き、そのままゆっくりと落ちていく。
ミリが俺の背中から海面に向かって手をかざした。
すると、目の前に大きな帆船が現れた。
ピオニアが新たに作った帆船の甲板に、俺とハルは着地する。
「しかし、こんな無茶しなくても接岸できる場所があるんじゃないのか?」
「このあたりはこんな崖が多くて、接岸できるような場所にはたいてい港が作られているの。さすがに無許可で港を使用することはできないし、許可を取るのは面倒だし、それになにより、おにいにとってこの程度余裕だったでしょ?」
まぁ、さっきは崖からの盛大なジャンプという経験に対して思うところはあったが、実際に跳んでみれば余裕だった。というより、少し楽しかった。
ハルが引きこもりスキルを使い、航海に慣れているシーナ三号とニーテ、さらにキャロを呼ぶ。
「大海賊時代デス! キャプテンシーナについてくるデス!」
海賊のコスプレをしているシーナ三号は以前にもましてテンションを上げて言った。
「誰がキャプテンですか、シーナさん。船長はイチノ様に決まっています」
「遊んでないで出航の準備をするよ、シーナ」
キャロとニーテがシーナ三号に対して冷たい視線を向けながら、それぞれ準備を始めた。
それぞれ、いつものメイド服とドレスではなく、動きやすいズボンとシャツ姿だ。
「私もここにいていいの?」
フルートが尋ねた。彼女はいつも通りの修道服を着て、俺に尋ねた。
彼女はマレイグルリではすでに死んだことになっている。
そして、マイワールドの秘密を知ってしまった以上、マイワールドの存在を秘密にしておくという女神様との約束のせいで自由にはさせられなかった。
「まぁ、マレイグルリじゃお前の顔は結構知られているけど、ここだと大丈夫だし、海の上ならさすがに逃げられないだろ?」
「私、意外と泳ぎ得意だよ」
フルートはそう言って甲板の柵から身を乗り出し、そしてすぐにひっこめた。
「なんて嘘。本当は泳ぎ方もしらない。川遊びとかもあんまりできなかったし。疲れて魔法が切れたら、隠していた角や翼が見えちゃうもの」
そう言ったフルートの頭には黒い角が、背中には黒い翼が現れた。
「まぁ、せっかくだし気分転換させてもらうよ。あ、船酔いしそうになったら戻してね」
フルートはそう言って、船の後方部に向かった。
一応、見張りとしてニーテがついていくが、悪魔族が教会から脱走してしまった以上、彼女が無理に逃げ出すことはないはずだ。
しかし、いったいどこに逃げたんだろうな、悪魔族のやつらは。
フルートが言うには、悪魔族は隠れて過ごすことが得意らしく、一度逃げたら簡単には捕まらないだろうって言っていたので、俺も探すのは難しいだろう。
「ここから一日で着くんだよな?」
「そうだね。明日の昼には目的地だね。それが終わったら、フロアランスの上級迷宮最下層で特訓するよ」
上級ダンジョンの最下層か。
まぁ、マレイグルリの上級ダンジョンも結構余裕だったし、大丈夫かな?
いい加減に真里菜たちとも合流しないといけないだろうし、女神様の影響が、どこまで各地の迷宮に出ているかも心配だ。
だからこそ、この一日という時間が少しもどかしくも感じる。
「おにい、慌てないでね。というより、体を休める時間はあっても、心を休めることができる時間は今日この一日くらいしかないんだから、少しはゆっくりしたら?」
ミリに言われて、俺の心は少しだけ落ち着きを取り戻した。
そうだよな、俺がこんな状態だったら、ハルたちも落ち着かないよな。
「この船って寝る場所はあるのか?」
「帆船内の家具の配置はニーテがしたデス! 食料の補充はシーナ三号がしたデスよ!」
シーナ三号が舵を取りつつ俺に教えた。
どうやら、ピオニアがするのは造船までで、その他はニーテとシーナ三号が担当したのか。
「ニーテ、寝るところは」
「大きいのが一つだけあるよ、マスター」
ニーテが意味深な笑みを浮かべた。
「あたしとシーナは一日中働けるから、たぶん甲板から離れないと思うぜ」
「私はしばらく潮風に当たってるわ」
「……おにいはゆっくり休んでいいわよ」
ニーテ、フルート、ミリがそれぞれ、なにか俺に気を遣っている。
ミリは少し拗ねたような表情をしているが。
「では、私はミリ様のお世話を――」
ハルがそう提案したが、のけ者にされて拗ねていたはずのミリは、
「ハルワは休みなさい。キャロさんも」
「しかし、ベッドはひとつしかないのでは?」
ハルが純粋な疑問をするが、キャロがハルの足をツンツンと指でつついた。
ハルが屈み、キャロが背伸びをして、こそこそと内緒話をする。
こういう話だけなら、キャロのほうがハルより精神的にお姉さんだな。
見た目は反対で、実年齢はほぼ同い年だけど。
あぁ、だいたい何を話しているのか想像がつく。
「……ミリ様、よろしいのですか?」
「別に、休息は戦士の義務よ。肉体を休めるのも、精神を休めるのもね」
ハルの質問に、ミリはため息をついて答えた。
実の妹に見送られて寝所に向かうって、少し変な気分だ。
嫁を連れて実家に帰ったとき、家族が布団を並べて敷いているところを見た息子はそういう気分になるのだろうか?
「妹さん公認ということでよろしいですね」
「……キャロさん、あまり調子に乗らないでね」
「はいぃっ! 申し訳ありません、ミリさんっ!」
キャロがただでさえ小さいのにさらに縮こまって言った。
一応、俺がハルとキャロと結婚したら、キャロはミリにとって義姉になるはずなのだが、この状態だと立場は完全にミリのほうが上になりそうだ。
ここは兄として、ミリにがつんと説教を――
「おにい、しっかり休んでね。明日まで疲労を残したら、ただじゃおかないから」
「……はい」
考えてもみれば、日本でもミリの立場のほうが上だった気がしてくる。
ハルは最初からミリに忠誠を誓っているし、俺たち三人、一生ミリに頭が上がらないんだろうな。




