最後の成長チート
全員揃っての朝食。
そして、食後は改めて現在起こっていることについて話すことにした。
勿論、話をするのはミリだ。
「私たちの敵は、三柱の魔神、ミネルヴァ、テト、メティアス。そして勇者と現魔王」
どこからともなく取り出したホワイトボードに敵の一覧を書き連ねていく。
「ミリ、勇者を敵と認定しているが、教会とダイジロウさんはどうなんだ?」
「今回の件に教会は無関係。ダイジロウも勇者とは距離を取ってる。どちらかといえば静観する立場ね」
「静観? 手助けしてくれないのか?」
「いまのところは無理ね。ダイジロウの狙いはあくまでも地球に戻るためのルートの確保。その目標はどちらかといえば敵側についたほうが達成しやすい……けれど、私のこの本がある限り、明確に敵対してくることもないはずだよ」
ミリはそう言って、ミルキーの同人誌を手に取る。
そこには、ミリが独自の計算で編み出した地球に帰るための計算式が書き記されているのだとか。
「ミリちゃん。魔王や勇者様はなんでミネルヴァ様やテト様側についてるの? 魔神が勝ったら、この世界は滅んじゃうんでしょ?」
ノルンさんが手を上げて尋ねた。ミリとは友好関係にあり、この中では俺の次に親しい関係にある。ある意味忠臣であるハルよりも距離が近い位置にいるのだろう。
「そのあたりはいろいろ理由がありそうだけど、おにいはなにか聞いてる?」
「魔王とは連絡を取り合っていたが、魔王とは手を組んでいないって言ってたな。そんな八百長、世界は認めないって言ってた。そうだ、タルウィって白狼族が勇者の眷属らしいんだが、ミリは知らないか?」
「タルウィ? 少なくとも私がいた頃の魔王軍にはそんな名前の子はいなかったわよ」
「全員覚えているのか?」
「まぁ、私が考えた名前だしね。白狼族はその種族の特徴として、子供の名前を主に名付けてもらうのよ。ハルワも私が名付けたわ。でも、もしかしたら――」
「もしかしたら? なんだ?」
「……ううん、勇者の眷属なんだから、勇者側の白狼族ってことでしょ」
ミリはそう言って、勇者側のところに新たに名前を書き記した。
その名前を見て、真っ先に反応したのはキャロだった。
「なんで、なんでその人の名前がそこにあるのですか!?」
「知り合いなの?」
「キャロの恩人です」
驚いたのはキャロだけではない。
俺も、そして恐らくハルも驚いていた。
勇者の横に書かれていたのは、クインス。
ベラスラで奴隷商を営み、そして両親を魔物に殺されたキャロを奴隷として引き取り、育て、俺に彼女を託してくれた。
キャロにとっては、恐らく親と同じような存在だったはずだ。
何故、その人の名前が勇者の隣にあるのか?
「おにい。魔王は三大魔王を集めていたのは聞いてたでしょ?」
「悪魔族、黒狼族、夢魔族のことだよな」
その話は、キャロとハルからも聞かされた。
そして、それを二人に伝えたのは、ほかならぬクインスだった。
「魔王の目的を知っていたから、クインスは魔王側だって言いたいのか?」
「ううん、これはあくまでも私の予想だけど、三大魔王は、恐らく魔神候補よ。三柱の魔王を魔神にすることで、六柱を揃えるつもり」
ミリは、ホワイトボードに、悪魔族、黒狼族、夢魔族と書き足し、そしてさらにその夢魔族の部分から線を書き足す。
「そして、その夢魔族の魔王っていうのが、クインスなのよ」
「待て! クインスさんはどう見ても普通の人間だったぞ」
夢魔族というのは、サキュバスというのは
「そう見えたのは無理はないよ。だって、おにい。シーナ三号のこと、普通の人間と見た目でどこが違う?」
そう言われ、全員の視線がシーナ三号に集まった。
「みんなに見られて照れるデスよ」
口調は相変わらずおかしいが、見た目だけは普通の女の子。前は首も外れたが、機械人間となってからはさらに人間となった。
何故ここでシーナ三号の話題になるのか?
シーナ三号が人間に見えたからどうなのか?
……まさかっ!?
俺はある推論に辿り着く。
「クインスさんも、機械人形だったのか?」
「正解。私が作ったの。クインスとは古い知り合いでね。普通の人間として生きたいという彼女の願いをかなえるため、魂と記憶を人形に移したのよ。夢魔の女王としての彼女の力は強力だったからね。もちろん、試作品のその子とは違って、クインスの身体になったのは完全版ってところかしら?」
魂と記憶を移す。
そんなことが簡単にできるものなのか?
そう思ったが、シーナ三号は元々魂のない機械でありながら、その内に魂を宿した。
それは逆説的に言えば、機械人形の身体に魂を宿すための機能があったということにある。
シーナ三号は、最初からクインスさんを移すための実験体だったのか、それともシーナ三号という機械人形を元にクインスさんの記憶と魂を宿すための機械人形が作られたのかはわからないが。
「彼女が煙管を使って魔力を補給し続けていたのは見ているでしょ。そして、冒険者ギルド経由で確認したけれど、クインスは現在行方不明。十中八九勇者に連れていかれたと見て問題ない」
「それでも、敵じゃないだろ。あの人なら話せばこっち側についてくれるはずだ。だって――」
「いえ、イチノ様。ここは憶測で話すのはやめましょう。ミリ様、ありがとうございます。話を続けてください」
「わかったわ。本来、ここで私たちがするのは女神たちに頼って静観すること。しいて言えば、勇者とか魔王とかは相手できるけれど、女神と魔神の戦いに影響を与えることはできない。女神と魔神に対抗するには、こちらも神に対抗する力を手に入れる必要がある。魔王が使えるスキルにそれがある」
「魔王が使えるスキル……なら、ミリのレベルを上げたら――」
俺の呼びかけにミリは首を横に振った。
「無理よ。私はそのスキルを覚えるのに八百年の時間を必要としたの。だから、おにいに魔王になってもらいたい」
「待て、ミリが八百年かかったのなら、俺が頑張っても二年の時間が必要になるってことじゃないのか?」
俺の成長チートは四百倍の速度で成長する。
他には方法はないだろ。
「方法はあるよ。魔王のスキル、魔王の権威。これは本来は眷属の経験値を配分できるってスキルなの。ランクを上げれば上げるほど、自分の経験値にできる量が増える」
「それでハルたちの経験値を自分のものに?」
確かにそのスキルは便利そうだ。
ラストアタックを決めた者に過半数の経験値が入るという世界のシステムを考えると、どうしてもサポートの人間はレベルが上がりにくくなる。
パーティの経験値の配分でもめる原因にもなりかねないが、このスキルがあれば経験値を平等に分配することもできるし、やろうと思ったらパワーレベリングだってできる。
だが、今回に限ってはあまり意味はない。
ハルが魔物を倒した場合、その経験値は二十倍の適用外になる。
それなら俺ひとりで戦った方がまだ効率がいい。
「違うよ。おにいは、自分の経験値――魔王以外の四つの職業の経験値を全て魔王の経験値とすればいいの」
四つの職業の経験値を魔王の経験値に?
確かに、それだと二千倍の速度でレベルが上がることになる。
「だが、それでも二カ月以上必要になるんじゃないか?」
「当然だけど、私も魔王をやってたからずっと経験値稼ぎをしていたわけじゃないよ。ほとんどは執務ばっかり。だから、おにい。本当に成長チートで、その二カ月を一週間に変えればいいんだよ」
「本当の成長チート? まだ裏ワザがあるのか?」
「いやいや、そんなものはございませんよ。先人の時代から伝わる当たり前の方法です」
ミリはここで茶化すように、そして面白そうに笑って言った。
先人の時代から伝わる当たり前の方法?
それって、まさか――
「根性によるレベルアップ! おにいには一週間、高難易度迷宮に籠もってひたすらレベルアップしてもらうの。もちろん、魔王になってから」
最後は根性!




