ミリの冒険②
本日2回目の更新です。
夜分遅くに訪れたというのに、わざわざ夕食を用意してくれ、マーガレットのこれでもかというくらいの歓待を受けた後、ミリは部屋で目を覚ます。
かつて兄が泊まったという部屋。
もちろん、兄が泊まったという痕跡は何一つ残っていないが。
「おはよう、ミリちゃん」
マーガレットがミリに声をかけた。
今後の事を考え、ミリはステータス欄にあるミリュウと名乗ることにしていた。
その渾名がミリになったのはただの偶然だった。このマーガレットという男性は、名前から二文字を取って渾名にするようだ。
ちなみに、昨日、夕食後に仕事を終えて帰ってきたノルンにも同じように名乗ったら、彼女はミリのことをミリュウちゃんと呼ぶようになった。
「おはようございます、マーガレットさん。ノルンさんはどこですか?」
「ルンちゃんなら裏の庭で槍の稽古をしているわよ。彼女は今日は非番だから」
それは都合がいいとミリは思った。
兄に助けられたという彼女とともに行動しなければいけない。これは彼女に課せられた、ひとつの義務であった。
裏庭に行くと、ちょうど鍛錬を終えたところらしく、ノルンはタオルで汗をぬぐっているところだった。
「ノルン、おはよう」
「おはよう、ミリュウちゃん」
「あの、ノルンにお願いがあるの」
「なに? 何でも言って」
ノルンはミリに対し笑顔で言った。
※※※
一時間後。つまりは朝食後、ノルンは自分が言った軽率な発言を後悔することになった。
どうしてこんなことになったのかと、彼女は迷宮の前に立つビキニアーマーを纏った戦いと勝利の女神――セトランスの像の前に立ち、自らに訊ねた。
「じゃあ行きましょう、上級者向け迷宮に」
「ちょっと待って! 危ないよ! 本当にやめよ!」
「大丈夫よ。ノルンが来ないなら私一人で行くけど、いいの? 恩人の妹をひとりで行かせて」
「ね、ねぇ、最初は中級の迷宮から」
「時間がないの。行くわよ」
上級者向けの迷宮は、万が一魔物が溢れたときのために強固な壁に覆われている。
最初、ミリはその壁の中を見てみたいと言って、ノルンを連れだした。
壁の中にはセトランスの女神像があるため、その女神像に祈りたい熱心な信者だと思い、快く了承したのだが、壁の中に入ると同時にミリは女神像に目もくれず、迷宮の入り口にある転移陣へと歩いていった。
しかもそこは、最下層手前に通じる一番危険な転移陣だ。
だが、それが逆にノルンに油断を生じさせた。
転移陣は一度行ったことのある階層にしか行くことができないから、ミリが転移することはない。
そう思ったのだ。
だから、彼女は不用意に、あまりにも不用意に、転移陣に入ろうとしたミリの手を握った。
次の瞬間、ふたりは上級者向けの迷宮の最下層手前にいて、目の前には紫色の鱗をもつ巨大な竜が待ち構えていた。
巨大な竜が上げた咆哮により、ノルンの意識が一瞬のうちに吹き飛ばされそうになる。
それでも彼女が意識を保っていられたのは、ひとえに「恩人の妹を助けないといけない」という気持ちからだった。
「…………ミリュウちゃん……逃げて」
その声にもならないような声は、他ならぬ、ノルンが助けようとしたミリの声によってかき消された。
「暗黒の千なる剣」
ノルンにとってはじめて聞く魔法の名前とともに、竜の周囲に無数の黒い剣が現れた。
ノルンがその魔法を知らないのも無理はない。
闇魔術師がレベル80になることで覚える必殺魔術であり、そのうえ闇と光の魔法はただでさえ修得が難しいのだから。
ヒュームのなかで未だ覚えた者はひとりもいない幻の魔法である。
せいぜい、闇に落ちたエルフ、ダークエルフの族長だった男が使えるといった程度だ。
魔竜の周囲に展開された剣が、一気に魔竜を貫いていった。
そして、魔竜は一瞬のうちにその生命を毟り取られ、絶命し、竜の鱗と肉、そして魔石を残して消え失せた。
魔法に対して強靭ともいえる耐性を持つ魔竜にとっては、おそらく想定していなかった最期であっただろう。
【ミリュウのレベルがあがった】
同時にレベルアップのシステムメッセージがミリの頭に浮かんだ。
魔王のレベルが3に上がったのを確認すると、ミリはその場に倒れた。
「ミ、ミリュウちゃん!」
ノルンが駆け寄ると、ミリは最後に残された力で言った。
「え……MPが切れた」
レベルが上がれば、最大MPも上がるかと思った。実際、彼女が以前魔王だった時はレベルがあがるたびにMPは最低でも500は増えていた。
だが、残念なことに、今回、最大MPは4あがっただけで、彼女のMPは6しか残っていなかった。
何故こうなったのか?
女神が何かしたのだろうか?
とりあえずコショマーレに問いたださないといけない。
ミリはそう思い、ノルンに魔石と鱗と肉を拾わせると、上級迷宮を出た。
昼過ぎになり、ようやくMPがある程度回復したため、ミリはひとまず教会に向かった。
「ミリュウちゃん、職業を変えるの?」
ノルンに訊ねられたが、ミリュウは肯定も否定もしなかった。
ただし、職業はもちろん変更しない。
一度職業を変えてしまえば、普通の教会や神殿で職業を魔王に戻すことはできないから。
ミリが気になったのは、兄――一之丞がどんな職業に変更したかというものだった。
ダイジロウの残した手記では、ここでダイジロウの名前を出せば、無料で職業を変更してもらえるとのことだった。
試しにダイジロウの名前を出したところ、すんなりと教会の奥にある部屋に通された。
そこには、七十歳くらいのお爺さんがいた。
「ようこそ、フロアランスの教会へ。ダイジロウさんの――」
「暗殺者の操り人形」
これもまた闇魔法の一種。
他者を自由に操る能力だ。
もちろん、簡単に覚えられる魔法ではなく、そしてMPの消費も一分に5くらい消費するので、完全にMPの回復していない今なら五分操るのが精いっぱいだ。
だが、五分あれば全て終わる。
「ここに一之丞という男が来たわね。どの職業に変更したか言いなさい」
ミリの質問に、虚ろな顔の神官は、
「イイエ、ココニソノヨウナオトコワキテイマセン」
と抑揚のない声で言った。
来ていない?
「この顔よ……よく見なさい!」
そんなはずはないと写真を見せるも、やはり神父は見ていないという。
どういうこと?
(おにいがこの町に来たのは間違いないのに、職業を変更していない?)
いろいろと推測は立てられるが、時間がないので、最後の用事を済ませる。
ミリは最後に、神官に、彼女が「闇魔術師」であるという冒険者証明書を用意させ、さらに「錬金術師」である証明書、「薬師」である証明書、はたまた「行商人」である証明書まで用意させ、全てを異空間へと収納した。
身分は多く持っていたほうが便利だ。
そして、MPが無くなりそうなので、彼女は魔法を解除した。
「神官様、ありがとうございました」
「え、あ……えぇ。どうか六女神様の加護があらんことを」
記憶がすっかりなくなっている神官は呆けながらも、自らの仕事を終えたのだと勘違いしていた。




