ある月曜日に
「え、沙十美? ……だよね?」
「えぇ、そうよ。久しぶり!」
沙十美の姿を見たつぐみは、動揺で声が上ずってしまう。
引っ越しの日から、二日後の夜。
ようやく朧への招待をされ久しぶりに会えたのはいいが、なんだか沙十美はとても疲れている様子だ。
いや、それすらも超えたげっそりという状態に見える。
「どうしたの? すごく体調が悪そうだけど?」
「そう? そうでもないのよ。ある意味、解放感に満ちてはいるのだけれど」
確かに彼女の顔には、疲れの中にも充実感が溢れている。
「てっきりすぐに連絡が来ると思っていたけど、丸二日も来なかったんだもん。心配してたんだよ」
「ごめんなさいね、ちょっと用事が立て込んでしまって。でも、もう大丈夫。これからはぐっすり休めそうだから」
「ぐっすり休めそう? 連絡が無い間は、休めていなかったの?」
沙十美に疑問を抱きながらも、つぐみは話を続けていく。
「あのね、沙十美。観測者さんとの話なんだけど、来週の火曜日にしたいなと思っているの」
「火曜日? 日にちを指定をしておきたいのね?」
「うん。白日の皆の予定を聞いて、この日が一番成功しそうな日だと思ったから」
「この日を選んだ理由を、聞いてもいいのかしら」
「うん、実はね」
つぐみはこの日までに考えていた計画を、沙十美へと説明する。
「へぇ、凄い強引な方法で来たわね。でもまぁ確かに、この方法ならいけるかも」
「問題は観測者さんとのお話の時間が、長くても二十分位しか取れない所なんだけど。それ以上に長引くと、怪しまれちゃうだろうから」
「確かにね。今の提案を観測者に伝えるわ。返事を貰ったらまた連絡する」
「うん、火曜日までに調整がつくといいんだけど」
「そうね。じゃあ私、取り急ぎ伝えるわ。もしかしたら、またすぐにこちらに呼ぶかも」
「それは問題ないよ。じゃあよろしくね!」
「えぇ。……ふぁあ~。任せて~」
目の前であくびをしながら沙十美が答えてくる。
こんなに気の抜けた彼女が見れるなんて。
珍しい姿にくすりと笑い、目を閉じる。
そうして、自分の眠りの場所へ戻……。
「観測者、火曜日でいいって言ってるわ! 時間も短いけど仕方が無いからいいって」
「うわぁぁ!」
「え? つぐみどうしたの?」
目を閉じており、気が緩んでいたこともある。
去ったと思っていた沙十美からの突然の声かけに、思わず大声を出してしまう。
「いくらなんでも早すぎませんか? 沙十美さん!」
ここと現実とでは、流れる時間が違うということなのだろう。
それにしても今日の沙十美は、妙に機嫌がいい。
「さ、沙十美、何かいいことあったの?」
「そうね、いいことというかノルマ達成というか……。今日は、というか明日ね。ひと眠りしたらつぐみが言ってた、黒金町のタルトを食べに行こうと思っているの」
「わぁ、いいね! あそこのタルトは本当に美味しかったよ! ってあれ? それって、つまり。……室さんが行くの?」
「? えぇ、そうよ」
「さすがに一人ではないよね? あのお店、すっごく可愛らしい外観のお店だよ」
「あら? ……ふふ。そうなの?」
「さ、沙十美。すごく悪い顔になっているよ」
沙十美は品子に寿司を奢らせた時の惟之ような、とても悪い顔で嗤っている。
……どうか、頑張ってほしい。
つぐみはそっとどこかで知らずに、日常を過ごしているであろう室を応援する。
「それでね、つぐみ。話をする場所なんだけど、観測者の方から場所の指定が来ているの。あなたの話した条件とも一致するらしいの。ただ白日の人に気付かれたくないから、その場所には特別に発動が利かなくなるようにしておくって」
「そんなことが出来るんだ、すごいね。発動が利かなくなるのは、私には全く問題ないから大丈夫。場所はどこなの?」
「えっと、ちょっと待ってね。……っていう場所なんだけど、覚えられる?」
「うん。へぇ、多木ノ駅の近くにこんな場所があるんだ。わ、すごい。これは確かに条件ぴったりかも。火曜日までに一度、下調べで行っておかなきゃ」
「じゃあ了解したことを伝えるわね。詳しい時間とかの調整は、火曜日までに済ませるようにするから」
「ありがとう、沙十美。ごめんね。いろいろお願いしてしまって」
「いいのよ。私、今日はすごく気分がいいから」
実に楽しそうに、沙十美は笑った。
よほど明日が楽しみなのだろうと、なんだか自分まで嬉しくなってくる。
「明日、何のタルト食べたか教えてね」
「わかったわ。うぷぷ。楽しみだわぁ」
徹夜明けの人間は不思議なテンションになるというが、今の沙十美はまさにそれだ。
つぐみはそう考えながら目を閉じると、今度こそ自分の眠りの場所へと戻っていくのだった。
◇◇◇◇◇
「あの、私! 今日なんですけど、個人的な買い物に多木ノ駅に行きたいのですが」
月曜日の朝。
朝食を食べながら、つぐみは皆に予定を伝える。
数日前の倉庫での事件や落月の件もあり、誰かが同行できるように、行動は逐一つたえるようにしているのだ。
「そっかぁ。私は今日、駄目なんだよなぁ。ごめんね、冬野君。ヒイラギ、シヤはどう?」
品子が、ヒイラギ達を見ながら尋ねている。
「俺は別にいいぞ? シヤは?」
「私も問題ないです。では三人で出掛けましょうか?」
「ありがとう、でも実は今回の引っ越しで、思い切って自分の部屋の小物とかを買ってみたいんだ。だからヒイラギ君には、ちょっとつまらないかも」
「……うっ、そうか」
ヒイラギは、シヤをちらりと見る。
「では、つぐみさんと私の二人で行きましょうか?」
「ありがとう、シヤちゃん。じゃあご飯を食べたら行こうか? 急がなくていいからね」
「はい、準備が出来たら声を掛けます」
「さとみちゃ~ん、どうする? 一緒に行く?」
両手でコップを持って、ごくごくとお茶を飲んでいたさとみはつぐみを見る。
「私は、今日は大きな私と話をする。だから行かない」
「わかったよ。暗くなる前には、ここに帰って来てね!」
「うん、大丈夫だ。大きな私が、時間を教えてくれるから」
――よし、第一段階は成功だ。
ご飯を食べ終え洗い物を済ませた頃に、シヤから声を掛けられる。
そうして出掛けた二人は、多木ノ駅近くの雑貨屋などを巡り始めた。
可愛いものを見つけては、買おうかどうか相談しながら周辺を歩きまわる。
そんな中、沙十美に教えてもらったビルの方へと、シヤを誘導しながら歩いて行く。
指定されたビルは一階が喫茶店、二階には観測者の言っていた店がある。
確認を終えたつぐみは、シヤに声をかけ帰路につく。
隣を歩くシヤは、先程の雑貨屋でプレゼントをした、赤い花のチャームが付いたヘアピンを髪に挿している。
そしてそれを嬉しそうに撫でては、つぐみへと感謝の言葉を述べて来るのだ。
そのつど、シヤにこのピンがどれだけ似合っているかを話していく。
一緒に居られる幸せを感じながら、その思いを互いに何度も伝える。
ふとつぐみは、今日は二人とも両手が空いていることに気づいた。
「シヤちゃん。今日は荷物も無いから、手をつないで歩いていい?」
思い切ってシヤに聞いてみる。
「駄目です」
なんてこった、今回も即答だ。
そんな無念を抱え、うつむく自分へとシヤから声が掛けられる。
「心の準備が要ります。その後なら、いいで……」
話の途中で、つぐみはぎゅっと手を握る。
準備などいらない、そう思ったのだ。
シヤは何も言わず、手も振りほどかない。
そのまま二人は大きく手を振って歩く。
優しい優しい時間。
一歩進むたびに一個幸せが増えていくような、ゆっくりとした時間。
つぐみはこの幸せな時間を握り締めて、落とさないようにしながら二人で家へと帰っていく。
そんな穏やかな月曜日を過ごし、来るべき火曜日に心を向ける。
シヤの手をぎゅっと強く握り、つぐみは自分のやるべきことを思うのだ。
さぁ、はじめよう。
自分の出来ることを。
――私にしか出来ないことを。
お読みいただきありがとうございます。
次話タイトルは「ある火曜日に」
観測者とつぐみのご対面はなるのか?




