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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第二章 10年前の昔話

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10年前の昔話 その6

「おかしいだろう! こんな状況があってはいけないんだ!」


 草木が植わった道を、つまずきそうになりながら仁部は叫ぶ。


「だって、あの方は言ってくれたじゃないか!」


『誰にも邪魔させない。ゆっくりと話してこればいい』


 そう自分に言ってくれていたというのに。


 小屋に着くまでは、その通りだった。

 いつもであれば、本部内を通る際に誰かしら人とすれ違う。

 だがその人物の協力もあり、誰にも会わず彼女を連れ出せた。

 ここまではうまくいっていたのだ。


 ――そう、惟之が来るまでは。


 当初の予定では、謝罪を聞き入れてから品子を始末し、自分は日常へと戻るはずだったのだ。

 だが惟之に居場所を知られたことと、彼女との会話で、根本からそれは崩れてしまった。


 彼女は中級選抜の件は、一切かかわっていないと言った。

 最初は嘘をついていると思っていたが、命が掛かったあの状況で、自らの命の危機よりも自身の潔白を彼女は訴えてきた。

 その姿は嘘をついているようには、とうてい思えなかった。

 逆に言えば、自分は最初に彼女が不正に関わったという話を証拠もないのに鵜呑みにして、確認を(おろそ)かにしてこんな騒ぎを起こしてしまったのだ。

 自分がしてきたことは、いったい何だったというのだろう。


「どうして、だって悪いのは彼女のはずだったのに……」


 思わず漏れた声。

 あろうことがそれに返事が戻ってきた。


「そうなの? それで実際は違っていてどうだったの?」


 ひっ、と仁部は声を出し立ち止まる。


「どっ、どこから声が……?」

「そんなに驚かないでよ。後ろだよ。うしろ」


 恐る恐る振り返る。

 そこには一条の長の息子、蛯名(えびな)里希さときが居た。

 自分の所属の関係者だ、見間違いようがない。

 いや、そんなことより声をかけられるまで足音すらしなかった。

 いつから後ろにいたというのだ。

 何より、どうしてここに彼が居るのかという疑問が起こる。


「里希、様。俺は……」

「あなたに聞きたいことがあるんだけど」


 仁部の言葉を遮り、里希は続ける。


「なぜこんなことをしたのかは、全く興味が無いからどうでもいい。むしろ話さないで。不快だから」


 畳みかけるように話しかけられ、仁部は黙り込む。


「なぜあなたが、発動が利かなくなるこの場所の存在を知っている?」


 ただ問われている。

 それだけのことなのに、この締め付けられるような圧迫感は何なのだ。

 恥ずかしいほどに震えた声が、仁部の口から出ていく。

 

「あ、ある方に教えて頂きました。この場所を使うとよい。ここならば邪魔は入らないからと」

「ふぅん。その『ある方』は、あなたに品子先輩が不正をしていると伝えた人でもあるわけだ? で、それは誰?」

「……」

「答えられないの? つまりは口止めされてる?」


 仁部はその問いに答えられない。

 今回の協力の見返りに、その人物が関わったということを誰にも話さない。

 そう約束しているからだ。


 おかしい。

 なぜ、里希はこの状況を知っているのだ。

 その疑問が、思わず仁部の口から出てしまう。

 

「里希様はこの件の関係者なのですか? だからここに居て、俺に尋ねているのですか?」


 仁部の言葉に里希は、不満そうな口調で続ける。


「やめてよ。僕がこんな下らない話に関わっているなんて思われるのは、すごく不愉快」


 下らない話と言われたことにかちんと来る。

 一条の管轄地とはいえ、ここにはふだん人が入らないようにしていると聞いていたのに。


「ならばなぜ、ここにあなたが居るのですか?」

「僕? そうだなぁ。惟之先輩と一緒だよ。たまたま散歩してたら、君達が変わったことをしていたからさ、君達の後に付いて行って見ていただけ。もっとも僕は、そのまま最後まで見学するつもりだったよ。なのに惟之先輩はいきなり来たかと思ったら、小屋の中に入って君達のお話を邪魔するんだもん。無粋(ぶすい)だよねぇ。全く」


 里希はうんざりといった口調で話している。

 つまり彼は、自分をとがめるつもりではないということか。

 惟之が今回の件を、後から来る二条の人間に報告した時点で、自分は何かしらの処分を受けることになる。


 もし、里希に全てを話したら、自分は助かる余地はあるだろうか。

 里希は一条の長の息子なのだ。

 ならば全てを話して心証を良くすれば、何かしらの口添えをしてもらえるかもしれない。


「あの里希様、実は……」

「里希さん。こんなところに居たのですね。あら、そこに居るのは誰ですか?」


 後ろから聞こえた声に、はっと息をのむ。

 仁部の後ろにいる人物に向けて、里希は淡々とした口調で答えていく。


「高辺さん。あなたこそどうしてこんなところに?」


 高辺(たかべ)七名なな

 一条の発動者であり、一条の長の秘書。

 そして……。


「里希さんを探してここまで来たのですよ。どこかに出かけるなら一度は家に帰って来てからにして下さい。おかげでこんなところまで、私が来るはめになるのですから」


 仁部はゆっくりと振り返る。 

 ローレイヤーのロングヘアに、赤みのある明るめのブラウンの髪。

 鮮やかな髪色は、整った彼女の目鼻立ちを一層くっきりとさせている。

 すっと上がった目元からは、落ち着きと色香が感じられる。


「そちらの方は、一条の方かしら? ごめんなさいね。暗くて顔が見えないものだから」


 悠然(ゆうぜん)と微笑み、歩んでくる彼女の姿に、仁部は何も言えなくなってしまう。


「そういえば、里希さんと同じように三条の人出品子さんも、まだ家に戻っていないという話を聞きましたよ。里希さんはこうして見つかりましたけど、人出さんはどこに行ったのでしょうね?」

 

 その問いかけに、仁部はうつむくことしか出来ない。

 黙りこくった自分とは正反対に、里希はすらすらと答えていく。


「さてねぇ、知らなーい。高辺さんが探しに来たから、僕は帰らなくちゃね。じゃあ行こっか、高辺さん」


 ひらひらと手を振りながら、里希は去っていく。

 一方の名前を呼ばれた彼女は、仁部をちらりと見て口を開いた。


「ええ、そうですね里希さん。ではあなたもいつまでもこんなところに居ないで、早く帰られた方がいいですよ。……どうか、お気を付けて」


 笑顔でそう言うと、彼の後を追うように去って行く。

 取り残された仁部は、しばらく動くことも出来ずその場にしゃがみ込んだまま、ただぼんやりと小屋の方向を眺めていた。


 確かに、ここにいつまでも居てもしょうがない。

 仁部は立ち上がり、重い足を引きずるようにして数歩すすんで耳を澄ませる。

 聞こえるのは、自分のものではない草を踏む複数の足音。


『……どうか、お気を付けて』


 先程までここに居た、彼女の言葉の本当の意味を理解する。

 抵抗したところで無駄だ。

 自分の発動は不意打ちで使うもの。

 ましてや周りの相手は、仁部の発動能力を把握済みであろう。


 両手を上げ、膝を付き目を閉じる。

 足音が近づき、自分の後ろでその音は止まった。

 耳にしゅるりと布が擦り合わさる音が届いた後、(まぶた)に布が触れる感触。

 同時にそのまま両手は後ろで縛られる。


 人出品子にした行動が、まさか自分にかえって来るとは。

 次第に芽生えてくるのは、二つの強い感情。

 こんなことになるならば、逃げることなく人出品子にせめて一言、詫びておけばよかったという後悔。


 そして二つ目は。

 自嘲(じちょう)の笑みをうかべ、仁部は強く願う。

 自分にこの行動を(そそのか)してきたあの女。

 高辺七名に、ぜひ同じ目に遭っていただきたいものだ。


「……どうせそれは叶わないだろうけどな」


 ぽつりとこぼれた言葉。

 その答えを聞くことなく、仁部は体を引きずられるまま歩みを進めていった。

お読みいただきありがとうございます。

次話タイトルは「10年前の昔話 その7」です。

短めのお話ですが、楽しんで頂けたらと思います。


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