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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第一章 木津ヒイラギの起こし方

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白い蝶と少女

「さ、沙十美っ! あそこに、ヒイラギ君がいる」

「えぇ。彼だけで、毒の気配は感じないわね。近づいてみましょう」


 こみ上げてくる感情が、どんどんつぐみの足を早めていく。

 我慢できず、ついには沙十美の手を放すと、ヒイラギに向かって走り始めた。


「つぐみ、待ちなさい! まだ何があるか分からないのよ!」


 沙十美の声が聞こえる。

 言われたことは理解できているのだ。

 だが、つぐみの足は止まらない。


「ねぇ、ヒイラギ君。皆が、あなたが目を覚ますのを待っているの! シヤちゃん、一人でもずっと我慢して待っているんだよ」


 シヤがヒイラギの見舞いの際に、寂しげな表情で彼の手を握り帰るのを何度も見てきた。


「先生も靭さん達も、一生懸命に調べてくれていたんだよ。井出さんも、病院に何度も何度も来てくれていたの! だから、だからお願い!」


 声を掛けるではなく、もはやこれは叫びだ。

 それなのに彼は、目覚めることはない。

 ようやくつぐみは、彼の元へとたどり着く。

 胸が上下しているので、生きているのは間違いない。

 仰向けで両手は真っすぐに伸ばし、まるで気をつけのような姿勢でヒイラギは眠っていた。

 荒い息を整え傍らにしゃがみ込むと、そっとヒイラギの腕に触れてみる。


『何で? どうして? 悪いことしてないのに……』


 つぐみの頭の中に突然、彼の声が聞こえてきた。

 驚きで後ろへと下がるものの、足がもつれ尻もちをついてしまう。


「い、今のは一体?」

「ちょっとつぐみ! 少しは落ち着きなさい!」


 追いついてきた沙十美に声を掛けられ、つぐみは驚きの表情を浮かべたまま振り向く。


「不用意に近づいたら危ないことくらい、あなたにもわかるでしょう! 何よ? そんなに驚かなくても」

「沙十美、ヒイラギ君が眠っているのに声がするの。彼に触れたら、……私の頭の中で」


 つぐみの言葉に彼女はヒイラギの腕へと触れると、大きく目を見開いた。


「……何て悲しくて、苦しい声なの。この子はこんな気持ちを抱えて、今まで過ごしてきたのね」

「彼のお母さんが亡くなってから、ずっといろいろ周りにひどいことを言われたり、辛いことをされたりしたみたいなの。彼はちっとも悪くないのに」

「なるほどね。こんな声を聞き続けたら、例の毒もこのままでいさせてあげようと思うでしょうね」


 ヒイラギの手を、つぐみはそっと握ってみる。


『何がだめなの? どうしたらみんな、ひどいこと言わないようになる? 教えてくれたらきちんと直すから』


 流れ込んでくる彼の気持ち。

 自分のことではないのに、胸が締め付けられたように苦しい。


『俺が悪かったなら謝るから。だからシヤにはひどいこと言わないで』


「……そうだ、シヤちゃん。ヒイラギ君にとって、たった一人の家族」


 彼女に約束したのだ。 

 ヒイラギを連れて帰ると。


「ヒイラギ君、迎えに来たよ。シヤちゃんがずっと待ってる。だから一緒に帰ろう」


 強く手を握りしめ、つぐみは話しかける。


「あのね、聞いてほしいことがいっぱいあるんだ。今ね、ヒイラギ君のお家で生活してるんだよ。この間は、シヤちゃんと先生と三人で一緒に川の字になって寝たんだ」


 何を話せばいいのかわからない。

 けれども、一緒に帰りたいという気持ちだけは伝えておかなければ。

 手を握ったことで、再びヒイラギの声が頭の中で響く。


『どうしてみんな、俺のこと逃げ(うさぎ)って呼ぶの? 俺の名前はヒイラギだよ』


「大丈夫、私はちゃんとヒイラギ君って呼ぶから」


 つぐみのそばを、一匹の白い蝶が舞う。


『蹴られた足が痛いのはすぐに消えるのに、心が痛いのがちっとも治らない』


 つぐみも、それは知っている。

 心のちりちりとした痛みは、体の怪我と違って、ちっとも治ってはくれないのだ。

 その思いが体に影響しているのだろうか。

 どうしたことか、ちりちりとした痛みが腕に生じていく。


 そんなつぐみの周囲を、数匹の白い蝶が飛びまわる。


「つぐみっ!」


 沙十美の声が響き、つぐみは痛みを感じた腕をゆっくりと見やる。

 そして、そこに「居る」存在につぐみは悲鳴を上げた。

 つぐみの腕に女の子が、しがみついている。

 いや、そうではない、彼女は。 


 ――女の子はつぐみの腕に、噛み付いていた。

お読みいただきありがとうございます。

次話タイトルは「冬野つぐみと少女の場合」です。

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― 新着の感想 ―
[一言] またこの子は暴走して……と思うけれど、この場合は目の前にヒイラギ君がいるし、沙十美には申し訳ないけれど仕方がありませんね。 彼の辛い過去を垣間見て、つぐみが自分の過去を思い出す辺りで、目か…
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