白い場所で
「えっと、千堂君。今から私は冬野君を眠らせればいいのだね?」
「はい、お願いします」
「では冬野君、失礼するよ」
品子がつぐみの額に触れるのを、惟之は見届ける。
「……おやすみ。君に任せてばかりですまない。どうか、ヒイラギを頼む」
こくりとうなずき目を閉じたつぐみは、そのままゆっくりと前へ倒れこんでいく。
つぐみを抱きかかえた品子に代わり、惟之は沙十美へと声を掛けた。
「千堂君、彼女をどうしたらいいのかな?」
初めて見る品子の発動に驚いたようで、慌てぎみに沙十美は答えてくる。
「あっ、……ええと、はい。彼女をヒイラギ君のそばに座らせてもらっていいですか?」
指示を聞き、足早に惟之はベッドへと向かう。
説明は聞いていたものの、惟之としても、どうも頭がついていかない。
ベッドのそばに椅子を置き、そこにつぐみをもたれかかる体勢にして座らせる。
穏やかに眠る彼女は今、何を思っているのだろうか。
惟之が離れるのと入れ替わりに、沙十美がやって来る。
静かに眠る親友の髪を優しく撫で、彼女は惟之へと振り返ってきた。
「では私は、つぐみを迎えに行きます。驚かせないように先に言っておきますね。今から私の姿は突然に消えると思います」
品子と惟之の顔を交互に見据え、沙十美は話を続ける。
「そしてお二人にお願いがあります。つぐみの体に何か異常が起こっても、私がここに戻ってくるまでは、絶対に起こさないでください。お願いします」
惟之がうなずくと、ほっとした表情を浮かべ彼女は目を閉じる。
次の瞬間、彼女は目の前から忽然と消えた。
理解していたはずなのに、惟之はつい周りを見渡してしまう。
「おいおい惟之、さっき彼女が言ってたじゃん。消えますよーって」
「いや、分かってはいるんだ。ただ頭がついていけてないというか」
「まぁね。お前が私以上に驚いてくれたから、こちらは冷静でいられたというべきかな」
つぐみを見つめながら品子は呟く。
「私達に出来るのは信じて待つこと、だよな? 惟之」
「あぁ、今回は俺達は欠席だ。あとは彼女達に任せよう」
もどかしい思いは、もちろんある。
だが、約束したのだ。
「千堂君は待っていて欲しいと言った。だから帰ってきたら、二人をきちんと褒めてやれるように。頑張ったなと言ってやれるように。俺達はここで待っているとしよう」
◇◇◇◇◇
「つーぐーみー。おーきーてーよ」
聞き覚えのある声が、つぐみの名を呼んでいる。
「つーぐーみー。……っていい加減に起きろって言ってんのよ!」
「え、痛い痛い! 耳っ、耳を引っ張らないで―!」
ヒリヒリと痛む耳を押さえながら、がばりと起き上がる。
目に映るのは一面の白色。
足元の感触は、コンクリートとは違う土のような少し柔らかめの固さの地面だ。
地面に触れてみるが、指には何もつかない。
まるで粗目の紙の表面を撫でているような、少しざらざらとした感触があるのみだ。
木や建物といったものも無く、ただ白い空間だけが自分の周りに存在している。
「え、何? ここは一体」
「やっと起きたわね。ちょっと寝過ぎよ」
呆れながら話す沙十美を見つめ、ようやく状況を思い出す。
つまりここは……。
「ここが、ヒイラギ君の心の中?」
「そう、あまりのんびりするつもりもないわ。探しに行くわよ」
沙十美はつぐみの後ろの方向を指さす。
「あっちに気配を感じるわ。行くわよ、つぐみ」
「うん。あ、あのね沙十美。迷うと困るから。……手を繋いでもいいかな?」
「まぁ、確かに。ここでは何があるか分からないわね」
差し出された沙十美の手は、とてもひんやりしていた。
何となく、自分の熱が彼女の中に届くようにと、少し強く握りながら歩き始める。
「怖いかもしれないけど、私のそばにいれば大丈夫だから」
力を入れた理由を、彼女は違う意味で捉えたようだ。
その言葉で、自分を思う彼女の心の内を知る。
こんな時でありながら、少し幸せを感じてしまう。
もう二度と触れることが出来ないと思っていた彼女。
自分のことを、最期まで大切に思っていてくれた大切な友達。
普段は室の体の中にいると聞いているが、これからもこうやって会うことは叶うのだろうか。
「沙十美。気分が落ち込まないように、話をしていてもいいかな?」
「いいわよ、少しくらいは付き合ってあげる」
「あのね、黒金町に美味しいタルトのお店があるの見つけたの。「あいらん」って名前のカフェでね。ヒイラギ君が起きてくれたら、沙十美と一緒に行けたらいいなって思ってるの」
「……そう、チョコタルトはあるのかしら?」
「うん、あったよ。そこのお店のタルトは種類がいっぱいあるから、一緒に行っていろんな味のものを食べたいんだ。だから……」
そこでつぐみの言葉は、止まってしまう。
先程まで何も無かったはずの視界の先、そこに見えたのは。
何もない白い場所で、ぽつりと一人で眠っている男の子。
ずっと求め続けていた彼の姿に、つぐみは叫ばずにはいられない。
「沙十美っ! あっ、あそこにヒイラギ君がいる!」
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次話タイトルは「白い蝶と少女」です。




