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51. 来訪

 焦りを感じる足音が聞こえたと思うと、案内をしたヘレナが開くよりもやや荒く、メアリの待つ応接室のとびらが開かれる。

 慌てた様子のアルトが室内に入ってきたと思うと、すぐに安心したように息を吐いた。


「無事……のようですね。本当によかった」

「ごきげんよう、アルト様。あの、どうなさったのですか……?」


 アルトの反応を見て、思い当たるところがないメアリがアルトに尋ね、内心で首をひねる。直近の出来事を振り返っても、そんな顔をされるようなことは覚えがなかった。

 すると、アルトが痛ましそうな顔をして「貴女が誘拐されたと聞きました」と答える。


「屋敷に押しいった賊に護衛がやられて連れ去られたと聞きました。心配でいてもたってもいられず、こうして来てしまいました」

「まあ! ありがとうございます」

 

 メアリが感激したように口に手をあてる。

 しかし、メアリが《天蜘蛛》らに誘拐されたのはもう半月以上前の話だ。死んだ団員の弔いももう済んでいて、今さらその話をされても、という感がいなめない。

 しかし、おそらく誘拐を直近の出来事だと思っているらしいアルトはそんなことに気付いた様子はない。


「僕が貴女の側にいられたならば、みすみす貴女をかどわかされるような真似はしなかったのに……」


 その真剣な口調と沈痛な表情を見るとアルトは本気で言っているらしく、メアリ誘拐の知らせを聞いて慌てて来たことといい、どうやらアルトのメアリへの想いは本物のようだ。

 残念ながら情報はかなり遅かったようだが。


 しかし同時に、そのセリフはメアリに対しては完全に悪手だ。


 父親のジェフィードと同じように、自警団をもう一つの家族のように考えているメアリのことだ。

 殺された団員に落ち度があったかのような発言は、メアリにとっては落第点どころかマイナスに振りきってもまだ足りないだろう。


 なまじ本気で言っていることがメアリにも分かってしまうだけに、二人の感情の溝はどうしても埋まらない。根本的なところで、価値観がまったく違うのだ。

 スーリヤ家が変わっていると言えばそれまでだが。


「アルト様に守っていただけるのなら安心ですわね」


 そういうメアリの声はすこし硬い。しかし、アルトがメアリの口調の変化にに気付くことはなかった。

 遊び慣れている雰囲気のアルトだが、メアリが普通の令嬢とはズレた感性を持っていることなど思いもよらないからだ。


「この命を賭してでも貴女を守りましょう」

「……ありがとうございます」


 アルトがメアリの手の甲にキスをする。

 その光景はまるで姫に誓いを立てる物語の騎士のようで、当の姫の心情を考えなければ、非常に絵になる二人であった。



 *



「そう言えば」とソファに座り直し、ヘレナが出したカップのお茶をひと口飲んだアルトが思い出したように言う。


「次の春から貴女も学院の生徒となるのですね。魔術科を受験することにしたらしいと聞きました」

「はい。実践的な知識を学びたい、と思ったのです。お屋敷では学べないことを、と。お父様にも許可をいただきました」


 メアリの言葉に、アルトが「そうでしたか」と目を細めて小さく笑う。


「ほんとうは、魔術科などという場所に貴女を通わせたくはないのですが、貴女自身が決めたことのようなので、反対はしません」

「……どういうことでしょうか、アルト様?」

「入学前の貴女でも知っているでしょうが、魔術科というところは、下賤な庶民どもが多いのです。貴女をそんな場所へと向かわせることが心苦しくて……」

「……下賤?」


 アルトの言葉に、無意識なのだろうが、メアリの表情が固まる。

 メアリの表情の変化にやはり気付かないアルトは「はい」と大きく頷いた。


「貴族から生かしてもらっておきながら、その感謝を忘れ、時には僕達に牙を剥くような野蛮な彼らを下賤と言わずしてなんと言えばいいのですか」

「……そう、ですか」


 メアリがそっと顔を伏せる。

 それを自らの無知を恥じているとでも思ったのか、アルトは慈しむような笑みをうかべた。



 *



(うわぁ……)


 影の中で二人の様子をうかがっていたルナは、アルトのまたもやの失言と勘違いに頭を抱えた。

 どうしてこの男はこうもメアリの地雷をピンポイントで踏み抜いていくのだろうか。メアリの思考とまったくかみあっていない。


 しかし、ルナはメアリの考えを理解してアルトの言動に呆れることはできても、メアリの考えに共感してアルトに怒ることはできないでいた。そのあたり、ルナも『暁の槍』時代の影響か、人間社会での弱肉強食を是としているところがある。

 弱いんだから、力を持っていないのだからしかたない、といった感じに。

 メアリにしばらく口をきいてもらえなくなるだろうから口には出さないが。


 異文化交流って難しい、と的外れなようなそうでもないような感想を抱くルナをよそに、アルトの熱弁は続く。


「平民は道具として使うのならばそこそこ役に立ちますが、ややもすればすぐに対等な立場になった気になって途端に図に乗る厚かましい者どもです。決して心を許していい存在ではないですよ」

「そう……ですわね」


 堂々と胸を張ってそう主張するアルトだが、堂々としたままメアリの地雷を次々と踏み抜いている。そしてそれに全く気付かないのもある意味凄い。

 表面は取り繕っているが、恐らくメアリの心中は大荒れなのは想像に難くない。


 何かの間違いがあったときのために備えていたが、その点は部屋にヘレナもいることだし問題ないだろう。

 そう判断して、ルナはなかば現実逃避気味に頭上から聞こえるアルトの熱弁を聞き流しつつ、この後のメアリの機嫌をなおす方法を考え始めた。





今回は難産でした。いろんな意味で。

ちなみに没になったサブタイトルは『未知との遭遇』でした。

さすがに酷いとおもったので投稿前に変更。


このまま一週間待たせてしまうのも申し訳ないので、次の話は書き終わりしだい投稿します。

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