48. ギルドでの再会 2
「オレだって、もうCランクだし、1人でもミドボアー3体くらいなら倒せるんだぞ。もうルナになんて負けねえって」
むすっとした顔をして、不満そうにカイが言う。
ミドボアーは中型の魔物で、その攻撃手段は牙を向いてまっすぐ突進してくるだけという、衝突するぎりぎりまで引きつけて直線でかわすことで簡単に対処できる魔獣だ。
しかし、ミドボアーは単体での討伐は簡単だが、同時に2体以上を相手するとなると難易度は跳ね上がる。 2つ以上の方向からまとめて突進してくる魔物を上手く受け流し捌くのには、それ相応の度胸と技術が必要になるからだ。
それをこの年齢で3体ともなれば、カイの努力と今の時点での強さがどれほどのものかうかがえる。
しかし
「ふうん?『いまさら』? 私『なんか』?」
「な、なんだよ、やるのか?」
威勢のいいことを言ったわりに、にこやかに威圧するルナの雰囲気に腰が引けているカイ。とはいえ、カイにも実践を経てついた実力と自信があるのだろう、同い年最強というところは譲るつもりはないらしい。
そんなカイを見て、ルナがはあと溜息をつく。
「いや、やめとく。カイってギルドじゃそこそこ知られてるんでしょ。ここで勝負なんてして、学院に行く前から目立つわけにはいかないし」
「……そうか」
なんだかんだいってルナと勝負したかったらしいカイが肩を落とすが、すぐに立ち直ってルナに向かいあった。
「ルナ。学院でもどこでもいい。オレがお前との勝負に勝ったら、そのときはオレと……」
「メアリさーん、受付カウンターにお越しくださーい。冒険者カードができましたよー」
カイがルナに何か言おうと息を吸ったまさにその瞬間、受付カウンターからメアリを呼ぶ受付嬢の声が聞こえた。
「あっ、はーい」
「ごめんカイ、ちょっと待ってて。メアリ! 一人でいかない!」
「え? おいちょっと待……」
「続きはあとで聞くから!」
受付に駆け出したメアリを一人にさせては危険だと、メアリを優先させたルナがあとを追い、その場には何か言おうとしたままのカイがあっけにとられた顔で固まっていた。
*
なぜかやたらと受付のお姉さんにカイとの関係を聞かれたが、それ以外はつつがなく登録を終えたメアリ達がカイのところに戻ると、カイがなにやら数人の年上の男女に囲まれていた。
粗野な雰囲気を纏った集団に、さすがのメアリも緊張した様子でルナを見る。
「ルナ、どうしよう」
「うん、放置しよう」
即答であった。
メアリが文句をいいたげな顔をするが、別にルナもなにも考えてないわけではない。苦笑してメアリに言う。
「よく見て、別にカイも嫌そうな顔はしてても普通に話してるでしょ。たぶん、パーティーを組んでる仲間とかじゃないかな。ちょっとからかわれてるんだと思う」
ルナの言葉通り、メアリ達が彼らを少し離れたところで並んで観察していると「お前ら! これは見世物じゃねえぞ!」と若干涙目のカイが叫んだ。
どうやらルナの推測は間違っていなかったらしい。
カイの声の先にいるルナ達に気付いたカイを囲んでいた面々が、面白いものを見た、といったような笑みを隠さず二人を手招きした。
特に拒む理由もないので近寄ると、彼らのなかでリーダー格のような男性が気さくな様子で話かけてきた。
「よう。あんたがルナっていうのか。俺はエバンズ、この《アイゼン》っていうパーティーのリーダーをやってる。そんでこいつらはメンバーの、右からジャネット、ウォード、リヒターだ。カイ坊も入れて七人のパーティーだが、あとの二人は今はずしててな」
「カイと同じ孤児院にいたルナといいます。こっちは私の友達のメアリです」
エバンズとルナがそれぞれの紹介をひと通り済ませる。
「エバンズさんはオレの兄貴分なんだ。王都にも少ないSランクなんだぞ」
「へえ! ってことはカイ君ってSランクパーティーに入ってるんだ。すごいねえ」
「……ええと、メアリ、Sランクパーティーってそんなにすごいものなの?」
個人以外の強さにうといルナがいまいち実感できないようで、メアリに尋ねる。逆に、恋話より冒険譚の令嬢メアリが目を輝かせた。
「それはもちろん! SランクパーティーっていうのはSランクのリーダーがいて、メンバーも強くないと認められないし、そもそもそのSランクだってこの国に5人いるかいないかなんだよ!」
「……は、はあ。メアリ、詳しかったんだね……」
メアリの勢いに若干気圧され気味になるルナ。そうだろうそうだろうと自分のことのように鼻高々なカイの隣で、エバンズが照れ臭そうに頭を掻く。 メアリも大スター予期せず出会ったファンのように、テンションが上がっている。
ただ、とジャネットと紹介された魔術師風の女性が補足するように言った。
「正確には、あたしたち《アイゼン》は今はSランクパーティーとは言わないのよ。カイくんがいるからね」
「それはどういう?」
「……Cランクのオレがいるせいで、パーティーとしてはAランク扱いなんだ。だから早く強くなれば」
ぐっと握る拳に力を込め、俯きかけたカイの頭をエバンズがぽんと叩く。
「カイ坊はまだそんなこと気にしてたのか。それは気にすんなって言ったろうに」
「その歳でCランクってだけで十分おかしいのよ。これ以上頑張っても体を壊すだけよ?」
「大丈夫。俺達、見てる」
「そうですよ。カイくんの頑張りは知っていますから。あせらず着実に、です」
口々にその場にいる《アイゼン》メンバーからたしなめられるカイ。
最後の二人は、それぞれ戦士と回復職の装いをした、ウォードとリヒターと紹介されたメンバー達だ。彼らの苦笑から、このやりとりはいつものことなのだろうと推測できた。
「……でも、まだルナに追いついたかも解らないのに……」
それでもカイはまだ納得しかねる様子だったが、ジャネットの「そこまでよ」という制止にしぶしぶ頷いた。
そういえば、と話題を変えるようにリヒターがルナを見る。
「ルナさんから見て、今のカイくんはどうですか? 私たちが鍛えましたし、強くなっていると思いますが」
「リヒターさん!? 何を聞いて」
「えっと、体の成長もありますし、小さい頃と比べるのはちょっと……。ただ、筋肉の付きかたで言えば、成長の余地を残しつつ、バランスよくしっかり付いていると思います」
「なっ、ルナ、ちょっと待」
「立ち姿もきちんと重心が安定していてふらふらしていませんし、これなら体が成長するだけ筋力は増えるんじゃないかと」
古馴染みのカイに関することだったので真面目に返答し、カイから視線を外して顔を上げる。すると、予想以上に詳細な答えが返ってきたことに、カイを含めた《アイゼン》の面々がぽかんとしていた。
くっくっく、とエバンズの押し殺した笑いが漏れる。
「リヒターが聞いたのはそういう意味じゃねえと思うが……にしてもこいつは驚いた。ルナ嬢も大した知識だな」
「私たちの見立てとも一致します。よかったですねカイくん。ルナさんからのお墨つきがもらえましたよ」
「いやいやいや、なんでそんなことルナが知ってるんだよ! そもそも筋肉の付きかたなんてどうやって見たんだ!?」
「体の使い方を見てればある程度はわかるよ?」
もういっそ開き直ることにしたルナの言葉に、《アイゼン》の面々からほうと感心の声が出る。
感心されついでに気になっていた事を聞いてしまおう、とルナはエバンズを見た。
「エバンズさんは武器は何を使うんですか?」
「ん? 俺は基本剣をつかうが、それがどうした?」
エバンズの返答にやはりと思いつつ、それでも感じる違和をおさえられず、思わずルナは質問を重ねた。
「いえ、エバンズさんから、なんというか、強い人のオーラみたいなものを感じないなあと思っ……」
と、そこまで言ったところで、ルナがぴしりと固まって半歩あとずさった。それを見たエバンズが「お?」と意外そうな表情をする。
ルナとエバンズのあいだにある空気がいまいち理解できない周囲は二人を不思議そうに見ているだけだ。
「ああ、いえ。私の勘違いだったみたいです。はい」
ルナは半歩下がった状態からさりげなく自然な体勢にもどし、明らかにそれとわかる愛想笑いを浮かべた。
お待たせしました。




