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47. ギルドでの再会

「嘘つけ、声変わりも何もしてねぇよ。お前が無視してたんだろうが」


 振り向いた先にいたのは、明らかに棒読み調子のルナの言葉に不機嫌そうな顔をしたカイだった。ところどころ傷つき汚れた革の防具を身に着け、体の成長を見越したのであろうまだ不釣り合いに大きめの剣を腰に下げている。


「ルナの知り合い?」

「うん。同じ孤児院のカイ。冒険者になってから忙しくしてたし、メアリは会ったことなかったかもね」

「お前がメアリか……ルナから話を聞いたことがあるな。カイだ、よろしく」

「メアリよ。よろしくね、カイ君」


 ルナはてっきりもう面識があると思っていたが、なんだかんだで初対面だったらしい2人が簡単な自己紹介をする。とりあえずどこかに座ろうというメアリの提案で、3人はホールのテーブル席の一つに座った。


「それにしても久しぶり。一年ぶりくらい? 元気にしてた?」

「元気にしてたもなにも……孤児院に帰ったらルナが勝手にいなくなってて驚いたんだぞ! オレが依頼に出てる間に消えてたとか、ほんとやめろよ……」


 最初カイを無視したことから話をそらそうと近況を尋ねたルナだったが、どうやら裏目に出たようだ。 カイは苛立ったように声を荒らげたあと、急に声のトーンを落としてがっくりとうなだれた。

 そのどことなく哀愁をただよわせる姿にメアリが同情の目を向ける。


「リリィも元気そうに見せてたけど、しばらくはちょっと目を離したらぼーっとしたり、大変だったんだからな」

「うわ……それはほんとにごめん。リリィはしっかりした子だし、私がいつか孤児院を出ることはわかってたから大丈夫かなって思ってた」


 カイの言葉に、ルナはやってしまったといった顔をする。ルナは孤児院を出るとき、リリィならなんとかするだろうと思っていたのだ。実際に、女子のまとめ役として積極的に動いてくれていたらしい。

 しかし、いくらリリィがしっかりした子供であっても、まだ10にも満たない子供だということをルナは失念していた。リリィの頼もしさに甘えてしまっていたようだと反省する。


「ルナが院を出るなんて、ずっと後でよかったんだよ……結婚とか」

「結婚?」

「なっ、ななな何でもないぞ。気にすんな」


 ルナはカイが最後に小さくぼそりと呟いた言葉をきっちり拾ったが、その真意がわからず聞き返す。 しかし、カイが話題を変えようと放った衝撃の一言によって追求するどころではなくなった。


「そ、そういえば俺、次の春から学院に通うことになったんだぜ」

「え? カイが学院に? なんで?」

「ギルドの新人育成だってよ。若くて才能ある人材を囲っておこうっていう」

「才能あるとか自分でいうなよ」


 ルナが思わずカイにツッコミを入れる。

 カイが言うには、学院に通う年齢以下で将来有望な冒険者は学院で教育を受けないかと誘われるらしい。

 無自覚ながらもルナに鍛えられていたカイは、王都でもそこそこ名の知れた実力あるパーティーの目にとまり、孤児院のために商隊や旅人の護衛という実入りのいい仕事を多くこなしていた。そのうち、将来有望株としてある程度知られるようになっていた、らしい。


「騎士科ってとこに入ることになるんだと。そのあいだの金は全部ギルドが出してくれるんだってよ。すげえだろ」

「おおー。特待枠ってやつだね」

「そういやギルドのおっさんもそんなことも言ってた気がするな。ところで、ルナがこんなとこにいるってことは、ルナを連れてった貴族様から追い出されたのか? やっぱり乱暴なルナに貴族様に仕えるなんて無理だったんだな」


 ほれみろ、とカイが何故か勝ち誇ったような顔をするのを、ルナは複雑な気持ちで見る。 当の『貴族様』であるメアリを横目でちらりと見ると、気まずげに目を反らしてルナの後ろにこそこそと移動しているところだった。

 その様子を不審に思ったのか、カイが「どうしたんだ?」と二人に尋ねた。


「ええと……ああもう! 仕方ないから全部言うけど、このことは他言無用だからね」

「お、おう」

「え? 言っちゃうの?」

「そうするのがベストだと思うから。……カイ、この子が私のご主人様よ。今日も、メアリがギルドに行きたいっていうから来たの」


 ルナは自分の後ろに隠れていたメアリを示して、カイだけに聞こえるように言った。

 メアリが、カイにあっさりとメアリのことを話したことに驚いた目を向けるが、ルナはカイの人柄を信用しているし、学院でばったりと会って騒ぎになるくらいなら、今ある程度の事情を話して口止めしておくほうがいい。


「…………は?」

「あ、あとメアリは当然として私も学院に行くから。もし会ったりしたときはその辺りよろしく」

「……え?」


 理解が追いついていない様子でぽかんとするカイに、ルナはやれやれと肩を竦めるとテーブルに身をのり出し、向かいに座るカイの耳元に口を近付けた。


「お、おい、なにするん……」

「(だから、ここにいるメアリは伯爵令嬢で、私もメアリに付いて学院に行くから、学院では余計なことを言わないように、ってことだよ)にぶいなぁ、もう」

「わかった! わかったから、離れろ!」


 突然顔を寄せられたカイは赤面して思わず声をあららげる。

 ルナはそんなカイの様子も気にはなったが、にぶいと言われて怒ったのだろうとひとり結論し、気にしないようにして言葉を続ける。


「学院で私と会うことがあっても、同じ孤児院出身だとは言わないようにね」

「あ、ああ……」


 ジェフィードが作ったルナの『経歴』では、ルナは自警団員の娘ということになっている。カイと学院内でばったり遭遇するなどして、その経歴と齟齬が出るのはまずい。


「なら、学院では知らないフリしてればいいのか?」

「いや。昔からの知り合い、くらいなら大丈夫だよ。びっくりしたけど、カイが学院に通えるのは素直に嬉しいし」


 平民が学院に通うというのはほとんどの場合、教養やきちんとした行儀作法を身につけて、それなりの将来を約束される出世コースである。

 普通科は貴族限定だが、騎士科は基本的に騎士団に入ることになるし、魔術科を出るとエリートである王宮魔術師への道だけでなく、王国内の各地でも魔術師の需要は高い。


 さらには、この場にいる誰も知らないことだったが、ギルドの特待枠というのは、学院で教養を身に着けたあと、10年単位で冒険者としての経験を積み、その後は問題がなければギルドの幹部クラス職員、最終的には一つの支部のギルド長すら視野に入る出世コースである。

 そんな学院に実力で通うことになったカイは、間違いなく孤児院の出世頭であった。


「カイのほかにもギルドの特待生はいたりするの?」

「いや、オレだけらしい。つまりオレくらいの年齢だったらオレが最強ってことだな」

「最強!? カイ君ってすごいんだね!」


 おおーと目を輝かせるメアリに、カイがまんざらでもなさそうな顔をする。と、そんなメアリの脇腹をルナがつついた。

 うん?とメアリが振り返ると、どことなく不機嫌そうな顔をしたルナがいた。


「……あ、最強はカイ君じゃなかったね。ルナがいるもん」

「なっ!?」


 視線を戻してあっさり手のひらを返したメアリに、カイがショックを受けたような顔をする。メアリの後ろでは、ルナが満足そうにうんうんと大きく頷いていた。




難聴系にはなれないルナさん

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