46. 冒険者登録
「ここが冒険者ギルドね」
「初めて来るけど、想像してたよりも大きくてびっくりした」
「あれ、ルナもギルドは初めてだったの?」
まだぎりぎり朝と言える時間帯、ルナ達二人は冒険者ギルドの前にいた。王都にある冒険者ギルド本部の建物は。歴史を感じさせる石造りのがっしりとした構えで、周囲一帯の建物の中でも一際目立っている。
二人は町娘の服装で、言葉もそれにあわせて変えている。
「孤児院で冒険者に登録してた人とかから、話には聞いていたんだけどね、やっぱり実物はちがうね」
「王城と商業ギルドについで王都で3番目に大きい建物なんだって」
「へえー」
そんな観光客か田舎から上京したてのおのぼりさんのような会話をしながら、二人はギルドの門をくぐる。
ちなみに、数あるギルドの中でも、すべての商人が所属する商業ギルドが政治的重要度や資金面から見て最大規模を誇っているが、単に『ギルド』といったとき、大抵の場合は所属している人数がもっとも多く、市民の生活とのかかわりの深い冒険者ギルドのことを指す。
3階まで吹き抜けになっている開放的で明るいギルドの中央ホールには、朝ということもあってか、依頼書を掲示板からさがしている冒険者がそれなりにいた。 そのテンプレじみたいかにもギルドといった雰囲気にルナは若干の違和感を覚えたが、考えすぎかと頭をふる。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
ふうん、とメアリは返してあたりを見回す。と、すぐにメアリの視線がホールの一角にとまった。
「ええと、登録はあのカウンターだよね」
「たぶんね。あそこの人が並んでいるところはきっと依頼の受注カウンターだと思う」
「ルナは登録しないの?」
「あー、私はほら、なにを見られるかわかんないしやめとく」
「……それもそうだね」
体内に魔法陣やらなんやらを仕込まれ、もはや人間をやめていると言っても過言ではないルナは何を見られるかわかったものではない冒険者登録をするつもりはいまのところはなかった。
また、万が一どうにかして犯罪暦でも見られようものなら、犯人不明のままの暗殺事件がずらりと一覧で表示されることになる。そんな技術はこの世界にはないのだが。なんにせよ、わざわざ冒険者にならなくともルナには十分な技術があるし、ルナは登録の必要性を感じていなかった。
「じゃあ私は付いていくだけにするね」
「わかったわ。人もいないし、今のうちに登録しておこう」
ルナはメアリのあとについて、登録用窓口に向かった。
カウンターには一人の受付嬢が座っていて、メアリ達二人が近付いてきたことに気付くと事務作業の手を止めて二人に笑みをむけた。
「あら、かわいいお嬢さんたちね。二人とも、もしかして冒険者の登録をしたいの?」
「あ、いや、登録はわたしだけよ。この子はわたしの登録に興味があっただけみたい」
「あらそう? じゃあ、あなたはこの紙に名前と年齢、それに出身地を書いてくれるかしら」
「わかったわ!……でもそれだけでいいの?」
受付嬢に元気よく返事をし、渡された紙に言われたことを書き込んでいくメアリ。そしてそんなメアリの手もとをのぞきこむように、ルナがメアリの横に立つ。
受付にいた女性がメアリの疑問に答える。
「ええ、冒険者は基本的にだれにでもなれるようになっているの。だからその人の出自も冒険者になるまでの経歴も、ギルドはいっさい感知しないの。『冒険者は自由であるべきだ』が冒険者ギルドの理念よ」
「自由! すてきな言葉ね!」
目をかがやかせるメアリの言葉に受付嬢は苦笑して、実際はそうでもないと言った。
「確かにギルドは冒険者になるまでの経歴は不問になっているけれど、だからといって登録後に好き勝手されても困るから、登録後の犯罪行為への罰則はきびしいのよ」
「へえー、そうなんだ」
社会からこぼれ落ちた層の受け皿という役目もあるギルドは、どれだけカタギでなさそうな人間でも受けいれるが、そういう人は大抵登録後の罰則規定で処罰されることが多い。
「メアリ……11歳……王都。はい、書けた」
「うん、確かに受け取ったわ。じゃあ冒険者カードを作ってくるから、すこし待っていてね。30分くらいかかると思うけど、依頼掲示板でも見ていれば楽しいと思うわよ」
「はーい」
メアリとルナは受付嬢の助言にしたがって、ホールの一角に足をむけた。
「見てルナ、いろんな依頼があるんだね」
好奇心に目を輝かせたメアリが掲示板の前からルナに声をかける。受付嬢の言葉通り、多種多様な依頼が集まる掲示板は、好奇心旺盛なメアリにとって十分すぎるほど楽しめるものだった。
ルナもルナで、はじめて見る創作ではない本物の冒険者ギルドの様子に目を輝かせていた。
「ほんとだね。ええと、『交易都市ハーデルクへの商隊護衛』『王都の南側に出没する盗賊の討伐』……うわあ、なんともありがちな」
「え? なんか言った?」
「いや、こっちの話」
異世界のテンプレとでも言うべき依頼がずらりと並んだ光景に、ルナは感動すら覚えた。
王都という国内最大の都市のギルドだけはあって、主となる依頼は低いランクだと街中のお店の手伝いから、高ランクになると大きな商会の建物の警備といった『人』を対象とした依頼が多く、周辺での採集依頼や魔物の討伐といった依頼は少ない。 そういった物品は流通が整備され、魔物も騎士団が定期的に訓練も兼ねて掃討しているため、わざわざ仲介料と報酬を払ってまで冒険者に頼る必要があまりないためだ。
「こっちは低ランク向けに最近出された依頼かな? 『東の広場にある肉屋の店員募集』……もはや冒険者ギルドがハロワにしか見えないんだけど」
中には臨時ではなく普通に店員の募集をかけている依頼もある。
冒険者ギルドは異世界版ハロワであった。 いくら雰囲気がそれらしく造ってあっても、現実を生きている人々が出す依頼までそれっぽくなるわけではない。中規模以下の街だとまた違うのだろうが、人の多い街での冒険者の需要はそんなものだったようだ。
「そういえば、ルナが言ってた中級冒険者云々はなんだったの?」
しばらくして、ひと通り掲示板を見おえたメアリがそうルナに尋ねた。
どうやらルナがメアリの冒険者登録を思いとどまらせようと言った、登録の際に因縁をつけられるかもしれないという旨の言葉を覚えていたようだ。
「けっこう小さい子向けの依頼も多いし、そんなことはなかったみたいね」
ルナは掲示板を見ながらあっさりと答えた。どうやら冒険者登録が可能になる11歳になって早々に冒険者として登録することも珍しくないようで、二人が受付に立ってもおかしな目で見られることはなく、掲示板には煙突の掃除やちょっとした手伝いなど、小さな子供向けの依頼もちらほら見られた。
もともとルナも――ルナにしては珍しく――独断と偏見でものを言っていたので、前世で少し読んだ異世界ものの小説ぐらいしか根拠はなかった。
ようはメアリの暴走を止められればそれでよかったのだ。止めらなかったからここにいるのだが。
「まあ私が目立つような結果にならなくてよかったよ……ってなんでそんなに残念そうなのよ」
ルナが何事もなかったことに安堵しながらメアリを見ると、なにやら不満そうな表情をしていた。好奇心のかたまりのメアリとしては、事件も何もおこらずにルナの活躍の場がなかったことが残念らしい。
「だって……」
「いや、あのね? 私は一応目立っちゃダメなんだよ? メアリとは無関係な平民のフリをして学院に行くわけだし」
「そうだけど……少しだけならよかったんじゃない?」
「おい、そこの女」
「え? わたし?」
そんな微妙に未練が残っていたらしいメアリだから、ルナは突然後ろからかけられた不機嫌そうな棘を含んだ少年の声にメアリが喜色満面で振り向いたように見えたのは、気のせいだと思いたかった。
「い、いや、お前じゃない。黒い方だ」
「なんだ……ルナ、お客さんみたいだよ」
予想していた反応と違ったのか、何かトラブルを期待しているようなメアリの目線にたじろいだ少年は、メアリではなくルナのほうを向いて声を掛けた。
残念そうにしつつも早くも状況を傍観して楽しみ始めたメアリが、掲示板を見ていたルナの肩を叩くと、ルナは観念したように肩をおとして渋々といったように振り向いた。
「……はあ。声変わりでもした? 全然気づかなかったよ……カイ」
休暇が終わって忙しくなってきたので、またしばらく更新が止まるかもしれません。
せめてネット小説大賞の応募期限ぐらいまでは投稿していたかったんですが……
できるだけ早く復帰できるよう頑張ります。




